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深い森。


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「――目が覚めた?」
声が聞こえた、と言う事は、わたしはまだ、死んでいないのだと言う事だ。
少しだけ、穏やかな光がまだ微睡みから覚め切らぬわたしの目を刺激する。
腐った樹のような匂いと、自分が寝転がっている蒲団の、ほんのりと甘い匂いが対照的で。
硝子の張られていない窓から差す光。そして、枕元に置かれた、氷水。
横で座っているのは、自分に差してくる、あの朝日のように、眩しい、穏やかな笑みを見せる――
「お早う、長森さん」
住井護は、そう云って――笑った。

ひんやりと冷たそうな雫が、ぽたぽたと音を立てる。
腕まくりをした住井は、それを力強く絞る。その雫の音色が、ひどく心地よい。
そして、住井はわたしの額にそれを乗せた。
「あんまり冷たくないかな。氷、あんまりなくてさ」
申し訳なさそうに言う住井に、しかしわたしは素直に感謝の言葉を述べる。
「ううん、すごく気持ちいい。ありがとう、住井くん」
言うと、照れくさそうに住井は鼻の頭を掻きながら、
「あはは。それなら良かった」
本当に、嬉しそうに笑った。
その笑顔は、いつもの教室で、浩平と共にいる時に見せる笑みと、なんら変わりない。

ここは何処だろう?
わたしは、強くソレを思った。
少し古い建物だけど、見ようによっては何処かの教室に見えなくもない。
匂いも臭いし、ベッドもあるけど、保健室だと思えば。

思えるわけがなかった。



その、目の前の彼の制服が――真っ赤な血で汚れていたのだから。

眩暈がした。
目の前の人は、人殺しなのだ。
自分とそう変わらぬ年代の娘を、殺した――。

わたしの顔色で、きっと――悟ったのだろう。
「――ごめんね、あんな場面、見せて」
少し悲しそうに、自嘲気味に、住井は笑った。
慌ててわたしは否定する。少なくとも自分を守ってくれた人に、見せる顔ではなかった。
人殺しの是非はさておき――彼は、わたしを守ってくれたのだから。
「ううん、判ってる、判ってる、住井くんがわたしを守るために」

「判ってないよ、長森さん」



がちゃり、と――機関銃を手に取った住井護は。
「住井、くん?」
本当に、悲しそうに笑う。
「オレが、この人殺しゲームに乗ってる、っていう可能性は考えなかった?」
引き金に、指をかけた。
「長森さんが寝てる間に、全員殺しちゃった。後は長森さん一人だけ」
首を少し傾けて。
「これで、オレが生き残り。皆、死んだからね」
泣いていた。

きっと、わたしは――心底、おかしな表情をしていた筈だ。
きっと、訳も判らず殺される時には、こんな顔をするのだろうと思う。
ああ、しかし何故だろう、今すぐに死ぬのだと思うと、別に怖くもなかった。

ただ、少しだけ、――寂しかった。

ばあん。

けれど、その音は――住井の口から発せられただけ。
「――冗談だよ、長森さん」
意地悪をしたかっただけだよ、と、――心底、自虐的に、笑った。
涙を――流しながら。声をあげず、泣きながら。
「――最悪だよ、住井くん」

わたしも、――泣いていた。歯を食いしばって、どうしようもない怒りに耐えながら。
悔しかった。ただでさえ、このゲームがまだ夢の中みたいに思えているのに、
まだ、この現実を受容できていないわたしに、どうして、そんな!
「ふざけないでよ! ねえ、住井くん、どうしてそんな冗談言うんだよ!
 こんな、誰も殺し合わないよ! こんな馬鹿げたゲームに乗らないよ、絶対、絶対!
 泣かないでよ、ねえ! 自分で泣くような事、言ってどうするんだよ!」

「七瀬さんが死んだ」

わたしの怒りを覚ますには、充分な一言、だった。



「――え?」

「折原も、死んだ!」
浩平が? 七瀬さんが?

「里村さんも、広瀬も、皆、死んだ! オレが殺したんじゃない! 誰かに殺された!」
「何、言ってるの? すみい、くん」
「長森さんは、半日も、一日近く眠ってた。余程疲れていたか、ショックだったか、それは判らないけど」
その、長森さんが眠っている間に! 住井は、頭を抱えて。
ぽろぽろと、涙をこぼしながら――言葉を吐いた。
「本当に、もう、何十人も殺されたんだ! こんなくだらないゲームに乗って!
 何処にも帰れない、そう判って、皆、開き直って! 銃を手にとって、人を殺したんだよ!
 見ただろ、あの女の子が長森さんを殺そうとしたの、皆狂っちゃったんだよ!」
「冗談は止めてよ、ねえ、住井くん! そんな事言って、わたしは、騙されないよ、ねえ!」

嘘じゃない事が、なんとなく――分かった。

「嘘、だよ――浩平、七瀬さん、――嘘、だよ」
「――畜生、畜生、ちくしょうっ! もう、帰れないんだよ、何処にも帰れない!」



「ごめんね、銃口なんて、向けて」
泣きじゃくるわたしの背中に、思い出したかのように、住井は――心底、申し訳なさそうに、呟いた。
「オレも、混乱してて……本当に、ごめん」
返事はしなかった。
「でも、でもね、オレだって、もう、狂いそうなんだよ! どうして? どうしてオレ達は殺し合ってる?」
その言葉はわたしの心の奥には届かない。

わたしの心の中で呟かれている言葉を聞いたら、彼はどう思うだろう?
いっそ、引き金を引いてくれた方が良かった。
どうせ、生き残れたとしたって。
誰も、いないのだから。
わたしが大切だと思っていた場所には。



深い森の奥で――わたしは、初めて放送を聞いた。
それが、第何回目の放送だとか、そういう事には、わたしは興味がなかった。

あと、20人。

たった一晩かそこらの内に――殆どの人間が、死んでしまったのだ。
その生き残りの中に――浩平の名前は、本当に、なかった。
結局、会えないまま――わたしたちは、永遠に離ればなれになってしまったのだ。
本当に好きだった人。大切だった人。

どうして、わたし達が、こんな、訳の分からない殺人ゲームに巻き込まれなければいけないんだ。



えらく、長い時間が流れたような気がする。
ベッドの上で住井に背を向けて、泣きじゃくり。
何時間も泣き続けて、漸く枯れてから。

やがて太陽の光は、赤く、重苦しい匂いになり。
夕焼けが輝き、そして――また、夜が訪れる。
ひたすらに静かな夜。
銃声もしない。本当に、今、人が死んでいっているのか。
そう疑うのも当然なほどの、静かな夜。

住井くん、と、わたしは――呟いた。
わたしの後ろで、ずっと、一人、座っていてくれた彼に、わたしは、話しかけた。
「何? 長森さん」
いつもと変わらない、少し軽い調子で住井は、返事をした。

「どうして、わたしを助けてくれたの?」

それが、すごく疑問だった。
わざわざ機関銃を相手に、ナイフで戦う事も無かっただろうに。
それに、わたしが気絶している間に、わたしを殺してしまえば良かったのに。
少なくとも、わたしの事を犯してしまっても良かった筈なのだ。
それなのに、住井は、何もしなかった。
それは、今、この時間にも。
無力なわたしを、暴力で以て制する事も出来るのだ。
なのに、ただ、泣きじゃくるわたしを。

闇。
このどうしようもない深い森の中で、
けれど、美しい月の光が差してくる。

――蒼い蒼い空の色も気付かないまま、
――過ぎてゆく毎日が変わってゆく。

青く染まった空と、明るく照らし出された自分たち。
血の匂いのしない世界と、何処かにある悲しみ。



心底、不可思議そうな顔で。
「どうして、って? 長森さんが危なかったから、に決まってるじゃないか」

そうじゃない、と、わたしは呟く。
皆狂っているんだったら、住井くんだって、狂ってしまった方が楽だったろうに。
わたしを犯すなり殺すなりすれば良かったんだ。

わたしは、そんな内容の事を、呟いたのだと思う。
すると、住井は、少しだけ、呆れたような顔で言ったのだ。

「馬鹿だなあ。好きな人を傷つけようと思う馬鹿がいるもんか」
少し、照れたような顔で、言った。

「オレは折原ほど愉快な奴じゃないし、オレみたいな奴の告白受けても嬉しくはないかもしれんけど」

きっと、自分を励ますために、言っているのだと思う。
わたしの事を好きになる物好きなんてそうはいないだろう。
涙は枯れるほど流したから、逆に、今度は自然に笑みが零れた。

「また、そんな冗談ばっかり。わたしなんかの何処が良いの?」
「全部。長森さんの事、知ってる事、知らない事含めて、全部」
真顔で言う。
「だから、長森さんに、死ぬ前に会えて良かった。出来たら、死ぬ前に告白出来たら、って思ってたから」

この、どうしようもない悲しい状況で、どうして、彼はそんな事を呟くのだろう。
わたしだって、反応のしようがないじゃないか。
「だから、オレと長森さん、二人きりになったら、オレは迷わず死ぬよ。機関銃はあるから、
 これで頭打ち抜いて死ぬ。もう、告白したわけだから、未練はないわけよ」
住井はそう云って、笑った。
わたしも、笑った。
「そんなコトしたら、わたしだって死んであげるよ。住井くんまで死んだら、わたしはどうしようもないよ」
「あはは、嬉しい事言ってくれるね、長森さん。――あれ? もしかして、オレの告白、受けてくれるとか」
「……ごめんなさい」
「ぐはぁっ!」
「――冗談だよ」
自分をここまで、温かく見守っていてくれた視線。
今までの日常の中でも、きっと、ずっと、見守っていてくれた視線。
気付いてあげられなかった自分は、なんて愚かだったのだろう。
ずっと、浩平の事が好きだった自分は、盲目だったんだ。
だから、きっと、住井の気持ちを知ったとしても、答えられなかっただろう。

浩平が死んだから、わたしは、代わりを見つけようとするのかな?
――わたしは最低だな。
「キスして良い?」
わたしは、目を細めて、頷いた。

「別に、折原の代わりでも構わないよ」



代わりでも構わないよ。
折原の代わりに、君の望みを聞いてあげるよ。
折原の代わりになってやる。

判ってる、君の望みは。
一緒に帰れないのなら、
あいつと、心中するつもりだったんだろ?
だから、
オレが折原の代わりに、死んであげるよ。
一緒に、死んでやるよ。

最後まで生き残って、それで心中っていうのも、馬鹿らしいけどね。


――僕たちは 生きるほどに、失くしてく。
――少しずつ、偽りや嘘をまとい。
――立ちすくむ。
――声もなく。





あっという間に、わたし達が何もしない内に、人は死んでいく。
遂に、何度目かの放送で――

「色々あって、後二人だ。住井護 長森瑞佳 
 ……何もしてない二人だな。――まあ、最後だから派手に同士討ちしてくれ」

――そして、その放送で、わたし達は、決意した。



どうして自分たちが生きているのか、
その意味を考えた事が、なかった。
だらだらと流れていく日常の中で、
永遠に続いていくかも知れないと思っていた日常の中で、
永遠に、自分たちは、生きていけるはずだったのかもしれない。

悲しい物語。
それは、
生きていると言う事を知らなかったのだから。

けして、この殺し合いゲームの事だけを指して言うわけではない。

たぶん、日常が壊れた瞬間に、初めてわたし達は考えるのだろう。

どうして生きているの?

そして、壊れた日常に違和感を感じなくなった瞬間に、わたし達は思い至るのだろう。

意味無く生きているんだと。



住井が、わたしのこめかみに、銃口を向けた。
「これで、終わりにしよう」

もう、何処にも日常はないからね。生きていても、意味がないと思うんだろう。

住井は、機関銃を右手で持ち。
そして、左手にはナイフを。

そのナイフを、住井は自らの頸動脈に、突き刺した。

溢れ出る血。

そして、住井は、真っ赤な姿で。
笑って、
引き金を引いた。

「さようなら」

さようなら、日常。

わたしも笑った。
「さようなら」

笑ったのだろうか?



結局、どうしてこの殺し合いは起きたのだろうか?
その答えは、結局明かされる事がなかった。
ただ、なんとなくわたしには判った。
たぶん、駄々っ子の我が儘か、誰かの退屈しのぎが、発端なのだろうと。

そうでもなきゃ、むざむざ人の日常なんて壊しちゃいけないものなんだから。





「――きろ、起きろ、長森っ!」

――目を開けたところに立っていたのは――
「浩、平?」
不満げな顔をしてそこに立つのは、紛れもなく。
「ああ、オレだ、折原浩平だ! 珍しくオレがお前を起こしに来てやったというのに、
 なんだその寝ぼけたまなこは! この寝ぼけまなこ星人めっ!」
「どう、して……」
べっとりと汗を掻いている。
まさか、今のは全部夢だったのだろうか?
「どうしても何も、お前はなんだ、本当に寝ぼけまなこ星人かっ!
 昨日、ほら、約束破ったから、その罰としてお前がオレに起こしに来いって命じたんだろうが」
「そう、だっけ?」
「くっ……乳ばかり大きくなりやがって、そういうところは割と昔から変わってないよな、お前」
「ち、乳ってなんだよ、ばかっ!」
「もう、判った判った、ともかく今はどうでもいい! 早く行くぞ、遅刻するっ!」
「判ったよっ」
――わたしの姿を見て、浩平はぽりぽりと鼻の頭を掻く。
「つーかお前……汗でびしょびしょじゃないか! オレが見ててやるから、早く着替えろ!
 シャワーを浴びたいなら、オレの手で浴びさせてやるぞ!」
「ば、ばかっ! あっち向いててよ!」

「――卒業も近いのに、はぁ、どうして、はぁ、こんなに走らなくちゃ」
校門を抜ける。
「それは、今日ばかりはオレの台詞だっ! ねぼすけめ、寝顔を写真にとって見せてやりたいくらいだっ」
階段を一段飛ばしで駆け、
「そんな事言うなら、わたしだってっ!」
ばたばたと教室に駆け込んで――
「おはよー、長森さんっ」
はぁはぁ息を乱すわたしに、優しそうに微笑むのは、いつものように、住井くんだった。
あんな夢を見たから、彼の顔を真っ直ぐ顔を見る事も出来ない。
「おはよ、瑞佳」
佐織も笑う。
「ぎりぎりだったね。また折原が起きなかったの?」
「まさか! 今日のオレは六時に目が覚めた! 聞け七瀬、今日のねぼすけはこの牛乳星人だっ!」
ぎゅうにゅうじゃないぞ、うしちちだっ! 浩平はまた恥ずかしい事を言う。
「下品な事ゆってるんじゃないよ、朝っぱらからっ!」
七瀬さんが大辞林で浩平にツッコミを入れる。

いつもの風景。

良かった。あんな事が、夢で。
わたしは、本当に安心して、ほっと、息を吐いた。

日常はあるじゃないか。

永遠は、あるじゃないか。

――永遠は。



否定したんだね。

死の、その瞬間に、

もしかしたら何処かに、自分が望む世界があるかも知れない、って。

住井くんは、君を撃たなかった。

撃ちたかったのかも知れなかったけど、きっと、喉を切って、すごく痛かったから、

撃てなかったんだね。

君は、何処かに縋りたかったんだね。

だから。

住井くんが、

君を思う人が、いなくなったから、

君を縛るものは、こちらの世界にはなくなった。

だから、君は。



――管理者が、その小屋に入ってきた。

倒れている死体――住井護が、喉からだらだらと血を流して。
完全に、死んでいた。
右腕には機関銃。

「住井護、自殺か――最後の一人まで生き残ったというのに、どうしてだろうね」

「気が狂ったんでしょう」

「ふん。狂わせたのは私達じゃないか」



「意味がないなら、生きていてはいけないと言うのですか?」



――僕たちは、さまよいながら生きてゆく、どこまでも。
――振り返る道をとざし、歩いてく。
――永遠に。

[End]