赤い花


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2度目の放送。
それの真偽はどうであれ、一人と一匹は動じなかった。
「関係ねぇよ……目標に出会いさえすればいつだって仕留められるしよ。」
仕損じたとき=自らの死を意味する。
「ニャウ」
「当たり前だこの野郎、この御堂様が三下相手にくたばるはずはねぇだろ?」
まるで独り言のように呟くと、御堂は眼前に広がる大河を眺めていた。
「……」
川幅約10メートル、川の流れは結構速い。御堂にとってはマリアナ海溝のように深い溝。
「俺ぁ河が苦手なんだよ(;´Д‘)」
(たとえ水風船に入れられた水が顔にひっかかっただけでもひるんじまうこの俺だ。
渡ったら死ぬかもしれねぇな。)

途方に暮れて約一分。
「お前、泳げるか?」
「にゃあ。」
「よし、お前が俺の船になるんだ!」
「にょっ!!!」
ばしゃっ!
「さて、出発だ(´ー`)気張って泳がんと殺すぞ。せっかく生かしてきたんだからな。
このぐらいは俺様の役に立てよ。」
ぴろを水に浸して、その上にドカリと座りこむ。
「にゃぁぁぁーーーっ!!にゃごぼぼぼぼぼ……」
御堂は気がつかなかった。この猫に御堂の体重を支えるだけの筋力が備わっていないことに。
「ば、ばか、沈むげげっ、俺がこんなところでゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボゴボ……」
「ゴボゴボ(にゃあ)」

「あら?」
高倉みどり(054)が河口の淵で見つけたのは、御堂と、その上に覆い被さるように倒れている
一匹の猫だった。
「た、大変!!」

生来、お嬢様として育ってきたみどりにとっては、今の孤島で行われている殺戮ゲームが
未だ夢物語であるようにしか思えていなかった。
幸い、目の前で凄惨な光景が繰り広げられたことは、まだ、ない。
そのせいか、みどりは明らかに場の緊張感を欠いていた。


「うん……ぁあ…」
御堂が目覚めたのはそれからまもなくのこと。
「あ、気がつかれましたか?」
みどりはそう言って、微笑みかける。
「なんだてめぇはぁっ!!」
御堂はすかさず距離をとると、腰にある銃の有りかを確かめる。
濡れている。恐らく使用したとしても不発、あるいは暴発は間違い無いだろう。
(ちっ!)
どの道しばらくは使えまい。
慎重に間合いを計りつつ、御堂が口を開く。
「誰だ、てめぇ。」
聞かずとも分かること。
「えーと、このイベントの参加者の方ですか?
私もなんです。私、高倉みどりと言います。」
あなたは?と聞き返される。
「…御堂…」
相手は目標の的か……銃が使えないことを心底悔やんだ。
「御堂さん…ですか。」

みどりは御堂の無事にほっとしたのか、
これまでの経緯を小さなリアクションつきで説明してきた。
(ちっ!)
忌々しげにだが、それでも耳を傾ける。
情報は大事だからだ。もちろんその間も、女の些細な動向や、あたりの気配の探りも忘れない。

御堂にとって有用な情報はたった2つ。まあ、自分なりに解釈しての話だが。
1つは、このゲームに乗り気な人間がまだ少ないこと。
これは、スムーズに事を運ぶにはやりやすい。
即座に仕留めれば反抗=リスクも少なくて済む。
2つ目は、この女の持つ武器がちゃんとした武器だということだ。
アイスピック。
殺傷力は少ないが、きちんと人体の急所に打ち込めば確実に仕留められる上級者向けの武器だ。
スパナ。一応調整ネジ付。
……まあ、無いよりはマシだろう。御堂のそれから、超人的な速度で殴れば
致命傷だって期待できる。

「なあ、ねぇちゃんよ……何故仕留めなかったんだ、俺を。」
気付かれないように相手のバックからアイスピックを奪い取る。
相手のスキをついてスる芸当は御堂の十八番だ。それは強化兵として動けなくとも
いささかも変わらない。
……もう、この女は用済みだ。
だが、どうしてもそれだけが気になった。

御堂にとって戦場で気を失うことは死を意味する。
先程がまさにそうだ。
発見されたのが蝉丸や岩切であれば、間違い無く消されたであろう。
だがこの女は……
「え?だって倒れてる人を助けるのは、人として当然でしょう?」
「戦場ではな、弱い奴から死ぬんだよ。
そして、死ぬような奴が弱いんだよ……」
御堂が声を絞り出す。なんなんだ、こいつは。
戦場で人を助けるだと!?
「そんなことないです。それに、死だとかそういうことは軽々しく口に出すものじゃない。
私はそう思います。」
凛とした表情でみどりが言いきる。その表情に迷いはない。
「けっ、お前、真っ先に死ぬぜ…」
背中のアイスピックがキラリと光る。

「そんなことないです。そんな悲しいこと、言わないで下さい。」
みどりが顔を伏せる。
「私には、今ここで何が行われているのか分かりませんけど、行くんですね。」
「ああ。」
お前を殺してな…
その言葉を御堂は飲みほす。
「お気をつけて……」
少し寂しそうにみどりが笑う。

「いや、まだやり残したことがあるんだ…」
御堂がみどりを一瞥する。
「あの……何か?」
「お前は弱い奴から死ぬんだって俺が言ったとき、否定したよな…」
「はい…」
神妙な面持ちで御堂の次の言葉を待つ。
「証明してみてくれよ……なぁっ!!」
「え?」


みどりにはなにが起きたのか理解できなかった。
首筋に生える太い針。御堂が刺したアイスピックだった。
「……ふんっ!」
御堂が一瞬の溜めのあと、それを一気に引き抜く。

赤い水滴が舞った。
そして、噴水のように後から後から流れ出る血。
「…(どう……して……)…」
みどりの言葉はもう口から出ることはなかった。
(お父様……健太郎さ……ん)

スローモーションのようにみどりが地面に倒れる。
そして、数刻と経たないうちにそこが血溜まりへと変わっていく。
「ふんっ!!」
そして、御堂がすぐそばの藪の中に向かってアイスピックを投げつけた!
「げはっ!!」
そこから出てきたのは黒ずくめの男。額に深々とアイスピックが刺さっている。
――即死だった。
「主催者連中はこうやって参加者の死亡確認をとってるわけかぃ?
伝えとけ。俺様の後をつけるならもっと戦闘に長けた奴をつけたほうがいいぞってな。
まあ、そのナリじゃむりか……」
男の額からアイスピックを引き抜く。
そして、血溜まりの中に沈むみどりをもう一度見やる。
「これで分かったろ?弱ぇ奴から死ぬんだよ……」

「にゃあ……」
今までどこにいたのか、ぴろが御堂にすり寄ってくる。
「今までどこにいやがった……」
ぴろの足には包帯が巻かれていた。
おそらくは水没騒ぎで怪我をしたぴろを、みどりが手当てしたのだろう。
「けっ!」
御堂はアイスピックで乱暴にそばの花をむしり取ると、
血溜まりに向かって投げつけた。
「弱い奴ぁ死ぬんだよ…。」
苦虫を噛み潰したような表情でその場をあとにする二人と一匹。

あとには血溜まりのなかで花が寂しそうに浮かんでいるだけだった。


054 高倉みどり 死亡
  【残り080人】

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