嘆きの森


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 名雪は走った――――
 あふれる涙を堪えられず、いつしか嗚咽混じりになりながらも名雪は
森の中をただひたすら走り続けた――

『もう、いい。俺の前から消えてくれ。
 でないと、俺、おまえに何するかわからない…』

名雪は必死に振り払おうと走り続けるが、祐一に言われた言葉をがどう
してもリフレインし続けてしまう。
「ゆういち………」

どれぐらい走り続けただろう、気が付いたとき名雪は息を切らせながら
大木に寄りかかり座り込んでしまった。

「ゆういち………、なんで………」(グスッ

 真琴ちゃんに首を絞められていた祐一を助けようとしただけなのに…

 祐一を助けたかったから咄嗟に体がうごいて、それで祐一と一緒
にいたかっただけなのに
 祐一を失いたくなかっただけなのに…

 名雪は膝を抱え込んでうずくまる。

「ゆういち………」
 名雪はうずくまって泣くことしか出来なかった

『ガサガサッ』
 名雪の耳に、草むらをかき分ける音が聞こえてくる。
 それは間違いなくこちらに向かって迫ってきており、名雪は震える
体を押さえながら必死に息を整えようとした。

 草陰からチラッと見えたのは、腕に怪我をした女性であった。
 女性。母に近しい年代の女性。
 腕の切り傷を押さえながら少しずつ近づいてくる。

 そして、名雪の目の前でその人はドサッと倒れ込んでしまった。

「お姉さん、大丈夫ですか!?」

 名雪は必死に問いかけるが回答は帰ってこなかった。

 怪我をしている人を放って置くわけには行かない。
 名雪は急ぎ、この女性の応急手当を始めた。

 名雪は自分の服の両袖をナイフで切り裂く。
 止血のため、上腕部分に切り裂いた服の片袖をきつく縛り付ける。
 そして、傷口に支給されている水をかけ、そっと拭いたのち、水が
染みている部分を傷口にあてがいながら、今度は多少緩めに縛り付けた。

 そんなおり、きよみ(白)の放送が流れたが、手当に集中していた名雪は
右耳から左耳状態であくまで手当に集中した。
 どこかいつもの放送と違うとは思ったけど、今はけが人を助けるのが先!


「どうにかして一度目を覚まして貰わないと………」

 名雪はあたりをキョロキョロ見渡したが、特に役に立ちそうな物は
なにも無かった。
 しかたなく、名雪は女性の頬を叩いてみたり、揺さぶったりしてみた。

「…………ん、ううん………」
「あさだよ〜。お姉さ〜ん、あさだよ〜〜おきて〜〜〜」
 気の抜けるような声で、名雪は必死に女性に叫び続けた。

「………、ん」
 ガバッ!

 天沢未夜子は目を覚ましたと同時に起きあがり、そして一気に後方へ
飛びすさると、名雪に対して問いかけた。

「あなた誰!!」
 名雪は必死の形相な女性を諭すように、お母さんの表情を思い出しながら
女性に話しかけた。
「私は水瀬名雪と言います」

 未夜子はその名前を聞くと、とたんにクスクスと笑い始めた。
 そう水瀬名雪――――
 私を傷つけた憎い女水瀬秋子の愛すべき娘が今私の目の前にいる――

「お姉さん、怪我大丈夫ですか?」
 名雪は心配そうに女性――――未夜子に問いかけ続けた。
「ええ、おかげさまで多少痛むけれど大丈夫そうよ。
  名雪さん――――」

 名雪は、ぱっと顔を綻ばせ、本当に嬉しそうにほほえんだ。
「よかった。最初見かけたときは本当に大丈夫かと思ったんですよ〜」
「本当にありがとう、名雪さん」

 未夜子は名雪にそう言うと、プチ主をいつでも出せる様に身構え
始めた。
 一撃で殺してはつまらない。
 この子には苦しんで、苦しんで死んで貰わないと――――
 未夜子の微笑はそれと分かる人間なら、即座に逃げまどう様な殺気
だったが、この場に至ってさえ平和ぼけしていた名雪は、そんな未夜子
の表情と気配を察する事は出来なかった。

「ところで、でお姉さんのお名前はなんて言うのですか?
 『お姉さん』ってちょっと呼びにくいですから、お名前教えていただけ
 ませんか」
「――――私の名前?私は天沢未夜子と言うのよ名雪さん」
 そう言って、未夜子はプチ主を名雪の左腕に解き放つ。
 名雪は、攻撃された事も気が付かず、いきなり吹き飛んだ。

「あぅ!!」
 名雪は左腕を押さえ、小夜子を見つめる。
「さっきね、あなたのお母様にお会いしたのよ」
 未夜子はプチ主を名雪の右足に解き放つ。
 激痛のせいで力が入らない右足のせいで、名雪は地面に倒れ込んだ。
 目の前に広がるのは土と草だけ。
 名雪は何が起きているのか全く分からないという表情で未夜子を見る。


「そのとき、あなたのお母さんに切られてね――――」
 今度はプチ主を左足に解き放つ。
「え、何でお母さんがあなたと殺し合ったりしたの?何で?」

「それはね、名雪ちゃん。私が主催側に付いている人間だからよ。
 あなたのような平和ぼけした子を、1人1人殺していくための存在だから」

 未夜子は名雪の喉元に対して指さす。
「――――私の痛み――秋子も感じるといいわ。
 ふふふ。そういう訳で名雪ちゃん。さようなら――――」

「お母さ――――――――」
 未夜子はプチ主を名雪の喉へ解き放った。
 名雪の言葉は途中で途絶え、地面を赤く染め上げる。

「ふふふ、これであなたは守るべき物が無くなったわけね。
 水瀬秋子――――今度会った時、あなたは私にどういう表情をするの
かしら。
 ホント楽しみだわ」


091水瀬名雪 死亡
【残り57人】

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