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この状況で再び彼女達がめぐりあったのは、単純に運が良かっただけなのかもしれない。
なんにせよ社の攻防からいくらか経って、リアン・綾香組とスフィー・芹香組(こちらは途中で
結花も合流した)はなんとか落ち合う事が出来た。

「―――ってことがあったの…」
うつむき加減でスフィーはリアンや綾香に事の次第を話した。
普段の元気を知っているリアンにとっては、そんな姉の姿が痛々しかった。
「…姉さ……っ!!」
スフィーに呼びかけようとしたリアンが、いきなりうずくまる。
「リアン!? 大丈夫?」
隣にいた綾香がリアンに駆け寄って背中をさする。
「…また、ちょっと具合が悪くなって……少し休めば大丈夫だと思います」
「そんな、リアンさっきより悪くなってるじゃない。 こんな所じゃなくてもっときちんとした所で休まないと…
舞さんや佐祐理さんには悪いけど、このままじゃリアンがもたないわ」
「でも、この島ってそういう施設ってあるの?」
スフィーの疑問に、結花や来栖川姉妹は頭をひねる。
「………」
「え? なに姉さん? …学校? 学校行って何するのよ。 …保健室? あぁ、保健室ね!」
「確かに保健室ならどこの学校にもあるわよね。 でも肝心の学校があるかどうか…」
結花の当然の疑問に、スフィーは人差し指をびしぃっ! っと立てた。
「だいじょーぶ! それっぽい建物、あたし見たよ。 グラウンドがあって4階建てぐらいの建物でしょ?」
「嘘っ? それで場所は?」
「あっちのほうかな? いろんなところ逃げてきたからよくわからなくなっちゃったけど、方向は
合ってると思う」
「よしっ、それじゃあそっちの方角に向かって出発しましょう!」
「……あの…」
立ち上がって今にも歩き出そうとしている結花に向かって、リアンが不安げに言う。
「どしたの? リアン。 もう少し休んでく?」
「…あの、そうじゃなくて。 私、足手まといになっちゃうっていうか…」
「何いってるのよ。 そんなこと思ってるわけないじゃない」
「結花さんの言うとおりよ。 ここまでいっしょに行動してて、足手まといだなんて言わせないわよ」
「……綾香さん…」
「姉さんだってそう思うでしょ?」
「……こくり」
「だってさ」

悪戯っぽい笑みを浮かべ、綾香は言った。
「ほ〜らっ、可愛い妹をこんなところに放っておけるような姉じゃないの。 皆こう言ってくれてる
のに、これで行かないほうが悪いってものよ」
「姉さん…」
「リアン? 立てる?」
結花の問いに頷いて、よろよろしてはいるもののなんとか立ち上がった。
「歩けないならおぶっていこうか?」
「…っ…大丈夫だと思います」
「無理しないでね。 リアンはHoneybeeの看板娘なんだから」
「…ありがとうございます。 結花さん」
リアンの目の端には、少しだけ涙が溜まってきらきらと反射していた。
「よぉっし! それじゃしゅっぱつしんこーー!!」
「おーっ!!」
「………ぉー…」

もしこのとき、チームの中の誰かが他の治療施設を知っていたら、もしかすると運命は変わっていたのかも
知れない。
しかしそのことを知るものは誰もいなくて。
蜘蛛の糸は確実に彼女達に絡み付いていた。

もう、逃げられない―――。

――――きぃぃぃんっ――――
まるで音叉を叩いたようなその音を聞き、なつみは目を覚ました。
獲物がかかったことを知らせる合図。
精神を研ぎ澄まし、数の確認をする。
「……4・5人かな? 十分にマナが無いからよくわからないけど」
だが、まぁまぁの人数だ。
かき集められるだけかき集めたマナ。
一人二人に使うのは惜しすぎる。
そしてなつみは学校全体に張り巡らした結界を教室のみに集中させ、少しだけマナを消費して
来訪者たちをこの教室に導くよう細工した。
「あくまで無意識下でこの教室を注目させるだけだけど…」
耳を澄ませば、もはや音としてこの学校に侵入したのがわかる。
なつみは昂ぶる神経を、ココロを抑え、かすかに呟いた。
「いらっしゃい…歓迎するわよ、お客さん」


「意外と近くにあったものねぇ」
「早く見つかって悪い事はないんだから、いいじゃないの」
スフィー達一行は校門をくぐり、グラウンドを抜け、今正に昇降口の手前までやってきていた。
「さて、それじゃ中に入りましょうか」
綾香が皆を促す。
考えてみれば保健室は一階にあるのだから、礼儀正しく昇降口から入る必要はない。
しかし現役の学生である綾香や芹香はそのことについて考えもしなかった。
行儀のいいリアンも特にどうとは思わなかった。
ただ一人スフィーが『窓から入ったほうが近いのになぁ』と考えもしたが、こっちの世界の
学校を見てみたいという気持ちがあってか、そのことは口に出さなかった。
「私とした事が…不覚だわ」
「……」
見れば来栖川姉妹はあるはずの無い上履きを履くために靴を脱ぎ、手に持っていた。

場の空気がすこしだけ緩んだ。

「……ん? あの教室…なんかあるのかな?」
スフィーがそういって指差したのは『1−A』というプレートのかかった教室だった。
そして全員が特にどうとも思うことなく、ごくごく自然に教室に吸い込まれていった。

がらがら、という音とともに一行は教室へ足を踏み入れた。
辺りに漂う奇妙な感覚。
それをはじめに感じ取ったのは芹香だった。
「………」
「え? 何? 姉さん。 この教室、なんかヘンだって?」
しかし周りを見回してもただの教室。
何の変哲も無い。
「特に変わったところもなければ、何があるってわけでもないわね。 早く保健室に…」
言いながら綾香はドアに手をかけ―――
「!!」
「…どうかしましたか? 綾香さん?」
尋ねるリアンの声も、綾香には左から右へ素通りするだけだった。
「…夢でも見てるのかしら」
視界の先には、今自分達が入ってきた教室が全く同じように広がっていた。
「ふふっ、どうしたの? そんなに慌てちゃって」
前方から声。
全員がその方角を向くとそこには、教壇の上に足を組んで座っているなつみの姿があった。
「なつみっ!!」
「なつみさんっ!!」
「なつみちゃんっ!!」
スフィーとリアン、結花がほぼ同時に歓喜の声をあげる。
「何? あなた達、あの娘と知り合いなの?」
「うん、牧部なつみっていって、私達の友達だよ」
「あら、そうなの? だったら一緒に行きましょうよ」
綾香が提案する。
「うん。 ねぇ、なつみちゃん。 私達といっしょに行動しな――」
結花がそう言い終えるか終わらないか。
「っ!? ……かはっ…ご…っあはっ…」
たらたら、と。
結花の口もとからは鮮血が溢れ出していた。
そして腹部からもじわりとした朱がにじみだしている。
「…な…に……なんな…の…?」
なつみはその様子を見てくすくすと笑っている。
心のそこから可笑しいというように。
「なつみっ!! なにがおかしいのっ!」
怒気の含まれたスフィーの叫びをなつみはあしらうと、
「―だって、わたしがやったんだもん―」

にやにやと唇に笑みを絶やさず、なつみは告げる。
「そんな!だってなんにも――」
「スフィー、ちょっといいかしら」
「え?」
ずいっと綾香がスフィーを押しのけて一歩前へ出る。
手には拳銃。
銃をスライドさせて弾丸を送り込む。
そしてなつみの方向へかまえた。
「えーっと、なつみさん…年は同じくらいだからなつみってよぶわね。 ねぇなつみ、あなたの言った
ことって本当なの? 言っとくけど冗談抜きでよ。 こんな状況で冗談言われても困るから。 正直に
答えて。 私も手加減できないから」
なつみはやれやれ、という意味のジェスチャーをして綾香に向かって言う。
「ええ、そう、本当よ」
あいかわらずなつみはにやにやと笑みをたたえ、くすくすと笑っていた。
「……迷ってる暇はないの。 皆を守らなくちゃいけないから。 最期にもう一度だけ聞くけど、
本当にあなたなのね」
「何度も言わせないで。 わたしが、牧部なつみが、結花さんを、やったのよ。 OK?」
綾香は後ろを向き、
「…目、つぶってて」
静かにそう言い放つと、色々な感情を捻じ曲げ、抑えつつ引き金を引いた。
ぱぱん。
なつみの体が反り返る。
ぱん。
がたんと派手な音を立てて教卓から床に転落する。
綾香の放った弾丸は誰の目から見てもあきらかなほど、なつみを捕らえていた。
冷静を保とうとすると余計に心臓が破裂しそうなほどばくばくして、マラソンの後のように息ができない。
「ごめんね、スフィー、リアン、結花さん。 大事な友達撃っちゃって。」
綾香は後ろを向かずに淡々と告げた。
「…なつみ」
スフィーは呟いた。
何かが引っかかる。
何かがおかしい――
そして教卓まで近づく。

「……あぁ、痛かった」
「!!?」
少しも痛くなさそうな声。
気づけば、なつみはさっきと同じ状態で座っている。
「ふふ、どうしたの? もうこれでおしまい?」
あせりつつも再び銃をかまえる綾香。
それを手で制してスフィーがなつみに話しかける。
「なつみ…いや、ココロ。 大体仕掛けがわかってきた。 この教室は『夢』ね。
範囲は教室の中だけで、夢の支配者はココロってとこね。 つまりなつみが現実にいて、
ココロは私達を閉じ込めておく役割。 そのあいだ無抵抗の私達をなつみが襲うっていう事ね。
……随分好き勝手やってくれるじゃない」
「さすがはグエンディーナの皇女サマ。 そこまで言い当てられるなんて驚きだわ」
「ねぇ…なんでこんなことするわけ?」
その言葉を聞いて、一瞬にやついていたなつみの顔が暗くなる。
「だって、店長さんは…もういないじゃない」
なつみの言葉はスフィーやリアンや結花にぐさりと刺さった。
自分達の好きだった、大好きだったひとはもういない。
「健太郎が死んじゃって悲しいのはなつみだけじゃないよ。
私だってリアンだって結花だってみどりさんだって、皆そうなんだよ!」
「…ふふっ、確かにそうね。 でも、でもねスフィー。 私にはもう居場所が無いのよ。
私がいてもいいところ、いるべき場所はもう無いの。 わかる? 空っぽになっちゃったの。
あなた達にはまだ残ってるけど、私にはもうそれが無いのよ。」
「…そんな…だからって人を殺していいわけ……」
「あるの。 だって店長さんも苦しくて痛くてもうどうしようもなかったはずなのに、
なんでのうのうと生きてられるの? みんな共犯! そんなの悪いから。
店長さんと同じ苦しみがなきゃ悪いに決まってる!!」
「だからって…健太郎はそんなの望んじゃいないよ!!」
「…ねぇスフィー、店長さんはもう死んじゃったの。 望む望まないさえも決められない。
殺す殺さないの選択権までないの。 何も無いの。 店長さんをそんなふうにした人間を、
私は許しておけないだけなの。 そしてその人間がこの島にいる全員っていうだけなの」
「なつみっ!!」
「もう話すことは無いから。 スフィー達も、ここで死んでよ」
「なつみぃいっ!!!」

時間はほんの少しさかのぼる。
ここは現実の教室。
ドアのあたりに五人が倒れている。
「どうやらココロはうまくやっているみたいね」
無防備な五人。
それもそのはず。
ここに倒れているのはただの肉体だけなのだから。
なつみの採った作戦は、ココロの『夢』のなかに獲物を閉じ込め、その間になつみが
その肉体を殺すというものだった。
多量のマナを消費するため、二度とはできない戦法だったが、誰一人として殺せないうちに終わるよりか
遥かにましな事に思えた。
短刀を抜き、近づく。
どうせ全員殺すのだからと、一番手前にいた結花の胸に刃を振り下ろす。
彼女とも色々な事があった。
でもそれは今では霞がかってよくわからないにせものの記憶のようだった。
くさり。
短刀が刺すと、弾力のある豆腐に粘土を混ぜたものを突いたような感触を手に感じた。
刺した部分からは血が服にしみこんでにじみ、口の端からだらだらと血が流れ出てきた。
なつみは一刺しではまだ足りなさそうだったので、もう一回短刀を突き刺した。
でもやはりそれは豆腐と粘土のミックスにすぎなかった。
しばらくその光景を眺めていたなつみだったが、時間があまり無いという事を思い出し
短刀を引き抜くと、次の相手を隣りに横たわる黒髪の少女に定めた。

「さて…それじゃぁさようなら、結花さん」
その一言を合図にしたかのように、結花の口からは大量の血液がこぼれだしてくる。
「……がっ……はっ…!」
「結花さんっ!!」
「…り……あン……ごめんね…いっしょに…かえれな…くて」
「ゆかさぁん、もうしゃべっちゃ!」
そういうリアンを結花は手で制す。
「……リア……ン…すごく…すごくたのしかったよ…また…いっしょにおふろ……はいろう…ね」
「…ゆか、さん」
「……ありがと…」
「……ゆかさぁぁぁんっ!!」
「…ゆか…」
「…ふふ、きっと痛かったろうね、結花さん」
「……結花さぁん」
亡骸となった結花にしがみつくリアンの肩にスフィーが手を置く。
「…大丈夫、リアン。 私がなんとかするから」
スフィーの言葉には様々な意味が込められていた。
そしてそれはリアンだけでなく、3人全員に向けられたメッセージだった。
「なんとか? スフィー、今のあなたになんとかできるってホンキで思ってるの?
確かに万全な状態だったら私じゃスフィーに勝てはしない。 でも今、この状態で私の魔力
を超える事ができるの? できると思ってるの!?」
「さぁ、どうでしょうね。 勝てるかどうかはわからないけど、やってみなきゃわからないでしょ?」
「!! …スフィー、あなた……もしかして」
「そう、そのもしか」
途端、スフィーの周りに強力な魔力が渦巻く。
「はああああっ!!」
その顔には珠の汗が浮かび、血色もみるみるうちに悪くなっていた。
スフィーは自らの命を消費して、魔力を発生させていた。

「信じていたかったけど……結花をこんなにされて…許せないっ!!」
「ふふ、そうやすやすとやられないわっっ!」
同じくなつみの周囲にも密度の濃い魔力。
ふたつの力は互いにぶつかり合い、弾け合う。
しかしそれでも優勢なのはなつみだった。
「…しょせんは無理なの! だからここでおとなしく死んでっ!」
悔しいが、スフィーはもう立っているのがやっとの状態だった。
しかしそれでもスフィーは魔力を放出をやめない。
「姉さんっ、やめて! そのままじゃ死んじゃう!」
リアンもスフィーに加勢したかったのだが、毒がまわってきてそれどころでないのが現状だった。
「…妹のために体張んなくて、なにが姉なもんよ!」
「だからって!」
「いいの!! たまには姉さんにもいいところ見せなさい!」
「ねえさぁん!」
叫ぶリアンの横から、すうっと芹香がスフィーに近づく。
「………」
「え? 何、芹香? 私も手伝う?」
スフィーの元に近寄った芹香はこくりと首を縦に振る。
「……妹のために体張らなくて、なにが姉ですか」
耳を澄まさなければ聞き取れないほどの小声、だがしかしはっきりと芹香はそう言った。
「…わかったっ、それじゃあ私と同じようにして。 でも、絶対無理はしないでよ」
その問いに芹香は頷かず、スフィーにならって魔力を放出する。
状況を五分のところまで戻されて、なつみの顔色にも焦りが浮かぶ。
「こんなものっ……店長さんの苦しみに比べればあぁっ!!」
なつみが全魔力をもってスフィー達を止めようとする。
「芹香…あなたって凄いわね。 私だってこれでも結構凄いもんなのよ。 本格的な特訓をしたら、
シロナガスクジラも夢じゃないわよ」
「………」
「…いくよっ!! うわああああぁぁぁっっ!!!」
「………っっ!!」

二つの巨大な魔力が爆ぜた。

「…ここは…」
それぞれが目を覚まし始める。
「なんで…なんでよっ!! 店長さんの仇をとらなきゃいけないのに…なんでなのよっ!!」
全員の覚醒に気づいたなつみは目に付いた武器―機関銃を持って、走り去った。

そしてあとに残されたのは、傷ついた姉妹達だった。

「姉さん、姉さんっ、しっかりして!」
リアンは泣きじゃくりながらスフィーに呼びかける。
「…なぁに泣いてるのよ、リアン。 顔色悪いのはリアンのほうじゃない」
「そんなのいいの! ねぇ姉さん、もう喋っちゃ駄目」
「…えへへー、どう? カッコよかったでしょ、さっきの姉さん。」
にんまりと、その衰弱を感じさせない笑顔でスフィーは言う。
「……うん、すごく格好よかったよ。 だから、だから死んじゃわないでよ」
「……ふふ、そぉ? …良かった。 ねぇリアン、今度さぁ、けんたろーとかといっしょにさぁ、
結花の所でホットケーキ食べようよ。 いつもは十枚だけど、もっともっと焼いてもらってさぁ…」
「…うん…うん、そうだね。 一緒に食べよ? ねぇ、姉さん」
スフィーの耳にはもうリアンの言葉は、雑踏の話し声のようによくわからないものになっていた。
「皆で、みんなでさ、おなかいっぱいでもうだめだーってくらいに…」
「…姉さん…」
「きっと……きっとさぁ…楽しいと思うん…だ……」
スフィーはまるで眠りにつくかのように、自然に目を閉じた。
「…姉さん? 姉さん!? 起きてよ。 ねえ、起きないと、風邪ひいちゃうよ。 ねえ、ねえったら、
起きてよ、起きてよおぉっっ!!!」
リアンは、スフィーを抱きしめると、縮んだその背中を撫でさすった。

――せめて、天国では健太郎さんと楽しく過ごせることを祈って。

「姉さんったら、本当、馬鹿なんだから」
そう言って瞳を潤ませる綾香を、芹香は優しく抱きとめる。
「………」
「…馬鹿でごめんなさいって? …嘘よ、そんなの。 姉さんは私の自慢の姉さんなんだからね」
「………」
「…最期に姉らしいこと、出来ましたか? 何言ってるのよ、姉さんは姉さんじゃない。
姉らしいも姉らしくないも無いわよ。 それに、最期だなんて縁起の悪い。 まだこの島に来て
浩之にも逢ってないじゃない。 ここであきらめたら、自縛霊になっちゃうわよ」
「……」

顔の辺りがかぁーっとなって。

しゃっくりをしたみたいにうわずって。

両の目からは。

ぽたり、ぽたりと。

姉さんに、こんなみっともない姿見せたくないのに。

ぽたり、ぽたり。

止まらない。

涙が、悲しみが、どうしようもなく止まらない。

ごめん、姉さん。

姉さんを守ってあげられなくて。

「……泣かないで…」
いつものように小さな小さな声だったけど、はっきり姉さんはそう言ってくれた。
そして姉さんはぺろりと涙の跡をなぞるように頬を舐めてくれた。
姉さんの肌は、ひんやりと冷たくて。
そのこともたまらなく悲しくて、また涙が溢れてくる。
「……泣かないで。 …あなたは、私の自慢の妹なんですから……」
私の頭を撫でて、姉さんは続ける。
「……セバスチャンによろしく言っておいて。 …それと浩之さんを守ってあげて……」
「…っくっ、うん。 わかった。 わかったわよ。 だから…」
芹香は何も言わず、ただ綾香の頭を撫でる。
ほどなく薄紙に水が染み込むように、芹香は息を引き取った。
その顔は、どこか満足げなものだった。

深い悲しみの中。
一番始めに動き出したのは綾香だった。
手にはナイフが握られていた。
「綾香さん、どこに行くんですか?」
気づいたリアンが問い掛けるが、綾香は答えもせず教室を出た。
姉さんを、仲間を殺した張本人、牧部なつみを追いかけて。


綾香は廊下を音もなく駆ける。
校舎全体をくまなく回るのは骨が折れる作業だったが、今の綾香にはさしたる問題ではなかった。
ちょうど三階の廊下の50メートルくらい先、そこでふらふらと歩いているなつみを発見した。
「…いた……!」
だんっ!!
と床を蹴り、距離をつめる。
なつみが気づいて振り返るときにはすぐそこまで綾香が寄ってきていた。
「はあああああぁぁぁぁっっ!!!」
しゅんっ!
風を切って瞬速の蹴りがなつみの胴体に向かってくる。
なんとか避けようとするも、格闘技の心得の無いなつみには到底無理な話だった。
2,3メートルほど吹き飛ばされる。
「くあっ。 ……ふふっ、なんだ、やる気になればできるじゃない」
綾香はすかさず第二撃へ移る。
なつみも機関銃を構え、応戦する。
「うわぁぁぁっ!!!」
しかし機関銃は狙いどおりの所に当たらず、ばらばらな方向へ弾丸を吐き出していた。
「そんなものおぉっ!!」
すかさず間合いを詰め、跳躍し、のしかかってなつみの喉にナイフを当てた。

「…はぁっ……はぁっ……」
「…どうしたの? 殺さないの? 早く殺したらいいじゃない」
そう、既に生きようが死のうがどうでもよかった。
結局はこんなゲーム、人を生かすように作られてないのだから。
むしろ他の者を殺す力がなくなった今、もう死んでもかまわないとも思っていた。
なつみの挑発はそういう意味を含んだものだった。
「…ねえさんは…」
静かに綾香は言う。
「…姉さんは、あなたのことを…憎まなかった。 あなたが私達をあんな目に遭わせたのに、少しも
そんなこと言わなかった。 姉さんは許していた。 だから……私は、あなたを…許す」
「……笑わせ、ないで」
「…!?」
「笑わせないでって言ったのよ。 これは私がただやったことなの。 許すも許さないもない。
私がしたいようにやっただけ。 わかるでしょ?」
「…このっ…!」
「――だから、これも私がこうしたいから、するだけ」
そう言ってなつみは自分の喉元に突きつけられているナイフを、ずぶずぶと喉の奥まで突き刺していく。
「かはっ…あ…」
綾香が急いでナイフを抜こうとしても、なつみは手が切れるのも構わず力を込めて離さなかった。
なつみはその独特の人の顔を覗き込むような、怪しくて、魅力的な笑みを浮かべ、
声が出なかったので唇の形だけで綾香に話し掛けた。
「ごめんなさいね」
そしてなつみはごぶごぶと血を吐いて絶命した。

綾香はしばらく動けなかったが、思い立ったかのようにすぅっと立ち上がると、
なつみに刺さっていたナイフを引き抜いて、目を閉じさせると、持っていたハンカチをそっと顔にかけた。


少女達は、あまりにも深く傷つきすぎた。


【009江藤結花 037来栖川芹香 050スフィー 079牧部なつみ 死亡】

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