まっくろのろぼっと
ぱぁん、と。破砕音のようなもの。
後は聞こえない。風を切る、風が巡る、ぐるぐると回る景色。
何も力は要らない。全身に走る衝撃が、祐一の身体をねじ曲げ、踊らせた。
人形のように。
肩に、足に、再び肩に、腹に、胸に、あ、これはヤバそう、再び腹。
最後に肩を撃たれ、身体が回る。左足を軸として、きりきりと回転する。
そのまま勢い良く身体を打ち付ける。壁か?弾んだ。
教会の扉。逆さまに見えた。ああ、何だ、床だったのか。そして落ちた。
上手い具合に仰向けになった。ステンドグラスから差し込む、暗い光。紅い。朝日だ。
ステンドグラスの向こうは、雲があるだろうか?それとも、晴れているのか。どっちだろう。
何故かどうでもいい事ばかり思い浮かぶ。何か思う事があるだろう?何だっけ。
ああ、そうか、茜だ。茜。そういや、よく見えなかった。どうなったんだ?
起き上がる。動かない。おかしい。動かそうとしても、動かない。動いていない?
参った。せめて首だけ動いてくれりゃ良かったのに。
詩子の顔。驚きと、哀しみと、苦痛に歪んだ顔。素材は良いはずなのに、何だか可愛く見えない。
もったいないな。お前は、そんな顔じゃなくてだな。そう、小悪魔的な?よく分からん。
ふと、詩子の顔が変わった。いつもの顔。笑顔だ。そう、それだ。口から血が垂れてるが、まぁ合格点だ。
だけど目が違った。哀れむような目。悲しむような目。もう、どうしようもないとでも言うような目。
何だ?どうしたんだ。どうしてそんな目で見るんだ。
口が動いていた。何かを言っている。何だ。よく、聞こえない。
「――鹿ね―祐――」
聞こえない。もう少し、大きく言ってくれ。そう思った。
その時、不意に、音が戻ってきた。まるで、テレビの音量が大きくなっていくように。
その代わり、足の感覚が無くなった。まるで腰から先が無くなったように。
「茜を、助け――ったんでしょ?それで、それなのに、そん――撃たれて」
所々、聞こえない。一瞬、電波が途切れるように。
次は、腕。指先から、まるで溶けていくように。床から伝わる冷たさが、消えた。
今度は、はっきりと聞こえた。
「――へへ。あたしたち、バカみたいだよね、ずっと、がんばって。でも、あかねに」
「―――」
分かる。今、祐一は、確実に喋る事が出来る。間違いは無い。感覚で、分かるのだ。
ぽかんと開いていた口は、今は閉じられていた。それは、もう一つの確信。
次に口を開けば、自分は、消えてしまう。そうだ。迂闊に、口は、開けない。
両腕の感覚が消えた。残るは、胴と頭。待っていても消える。口を開いても消える。
どうせなら、茜に何か言っておきたかったんだけどな。まぁ、無理な話か。
「あかね、どうしてるのかな。見える?みえないか。へへ。だいじょうぶ、あたしも見えない」
「―――」
詩子は、壊れたロボットのようだった。光を灯さない眼。開かれたままの口。泣いていた。
泣きながら。いや、泣きつつも、すぐ側にいる"筈"の、旧友に話し掛けている。酷く、酷く悲しい光景。
彼女は、もはや、何も見えていないのだ。
「ゆう、いち。あたし、たち、いっしょに、なれ、る、かな?」
「―――」
「私と――祐一と、茜で。三人――一緒――死んでも――だよね?」
妙に、明瞭な声。言い終えた途端、すぅ、と。詩子の身体から、まるで、何かが抜け落ちるような。
口を開く。胴が、消えていく。腰。腹。もう数秒と無い。
詩子。まだ、聞こえるか?聞いてろよ。聞き逃すなよ。これが、最後だ。
「――ああ、みんな一緒だ」
ふっ、と。全てが消えた。
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