Farewell-song/別れの詩
「詩子っ!」
駆け寄る。親友の下に。
大好きな幼馴染み。
そして、今、彼女の命は失われようとしていた。
「詩子! 詩子!
ごめんなさい、私……私は……っ!」
茜は詩子の体を起こし、支えた。
言葉はもう、言葉にならない。
狂っていた自分自身に気付き、それでも甘んじて、彼女を撃った。
撃ってしまった。
撃ってしまったのだ。
いっそのこと祐一まで撃ててしまえば、完全に振り切ってしまえば。
ここまで苦悩することはなかったはずだった。
だが自分は、銃を取り落とした、撃てなかった。
一番辛い状況を、図らずとも自ら招いてしまった。
それが、彼女に与えられた罰なのだろうか。
現実はどこまでも深く、暗く、切なかった。
「……あ、かね?」
詩子が目を開く。
「詩子! 詩子!」
「おい詩子、しっかりしろ!」
「茜、祐一……あはは、目が、見えないよ。
そこに、いるんだね?」
体を血に染めて、何も写さない瞳で、詩子は喋った。
「詩子、喋るな!
今助けてやるからな!」
祐一は叫ぶ。
その言葉に何の説得力もないことを、この場にいる誰もが悟っていた。
「……詩子……私、ごめんなさい……。
……ごめんなさい……」
何人もの命を殺めてきた自分が何を言うのだろうと、茜は思った。
それでも、救いを求めずにはいられなかった。
詩子が何を言うかはわかっていた。
ずっとずっと、親友なのだ。
誰よりも共にいた、親友なのだ。
「……気にしちゃだめだよ、茜」
思った通りの言葉だった。
その言葉が更に、茜の心を傷つける。
悲しみの環は回りつづける。
窓から差し込む朝日が、三人を包んでいた。
「……あかね、ゴメンね?
あかねの苦しみを、包み込んであげたかったのに……
……ごめん、ね……」
「……そんなことないです!
……詩子がいたから、詩子がいたから!
……あの人が消えてしまっても、私は私でいられたんです!!
……そんなこと、言わないで下さい……」
溢れる涙は止まらない。
詩子はその涙を拭おうと手に力をいれようとする。
動かなかった。
「あかね、あたしを撃って苦しんでるよね。
……あたしの言葉に傷ついてるよね?
悔しいなぁ……肩代わりできないんだ……」
力なく、笑う。
「……そんなこと、言わないで下さい……」
詩子の温かさが伝わる。
彼女は決して、本気で茜を苦しめる為に言ってるわけではなかった。
そんなことは茜にもわかっていた。
だから余計に、痛みを伴う温かさが辛いのだ。
「……ねぇ、あかね……今までいろんなことがあったよね?
公園で始めて会った日のこと、まだ覚えてるよ。
幼稚園に入る前の話なのにね」
「……そうですね。次の日、同じ幼稚園に詩子がいるって知った時は、驚きました」
「……あかね、あの頃から、不思議な女の子だったよね?」
二人の昔語りは続く。
それはまるで詩のようで。
少しずつ「終わり」に近付く、別れの詩のようで。
祐一は二人の横で、晴香は離れたところで。
深い絆で結ばれた二人の詩を、静かに、静かに、心に刻んでいた。
昔語りは教会を包み。
茜の心を、祐一の心を、少しずつ癒してゆく。
終わりは必ずやってくる。
そう遠くない未来に。
「……あかね……?」
「……何ですか?」
「……あかねは、ずっとずっとあかねのままだから。
……だから、あたしはずっと、あかねが大好きだよ」
「……私もです……」
「今は辛いかもしれない、けど。いつか必ず……救いはやってくるから。
それまで、頑張ってね……」
「……はい」
「……祐一、よろしくね?」
「あぁ、あぁ任せておけ」
「……あかね、あかねが何に捕われているかは、わからない、けど。
……それだけは、だめだから。
……いつか、想い出かえないと、捕われたままなんて、そんなのだめだから」
「……はい……」
「……祐一が、手伝ってくれるよ。ね?」
「あぁ。ずっと、茜の側にいる。今度は絶対に約束する。
最後まで、茜を守ってみせる。だから……」
「……あたりまえ、だよ。
……疲れちゃった、かな。
……ねぇ、あかね、祐一?」
―――ずっとずっと、一緒だよね? 私達―――
羽音が響く。
飛び去った鳩達が集う。
握った詩子の手から、力が失われた。
想いは受け継がれる。
これから先、無限の罪の十字架を抱えながら「生きていく」のだ。
そう、「生きていく」。
それは茜の背負う罰。
それでも最後には救いがあることを願って、詩子は逝ったのだ。
終わらない苦しみの中で、どんなに辛い旅かわからないけれど。
祐一も側にいる、詩子も応援してくれる。
歩き出そう、ここから。
生きて帰ろう。
あの空き地に、いつの日か、笑って立てるように。
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