運の尽き_改


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 喫茶店を出た後、弥生は次の獲物を捕らえるため、そして
 隠れ場所を探すために、適した場所を求め歩いていた。
 いつしか山道に差し掛かり、上り坂で鞄の紐が肩に食い込んできた。
 さっき荷物を整理したばかりなのに、やけに荷物が重い。
(何か重いものが入っていたんでしょうか……)
 鞄の一つをまさぐると、分厚い本が見つかった。
(これ……ですね)
 弥生はそれを引っぱり出すと中身に軽く目を通し、現状では役に
立たないものだと判断するや足下に放った。
(それにしても鞄が多すぎる。自分の貼った警戒装置の中で、充分に
 休んだつもりだったのに、その後で荷物整理をした私がこんな無駄を
許しているなんて……。やはり疲れているのかしら)
 鞄は2つだけ残すことにして、その鞄に武器を放り込む。
 銃は手持ちの機関銃を含めて5丁。
 もう一丁はエアガンが紛れ込んでいたので、以前の荷物整理をした時に
置いてきていた。
 さらに、さっき置いていったニードルガンの代わりに、その中から
1丁をベルトに差した。
「これで、しばらくは大丈夫でしょう」
 確認するようにそれを声にすると弥生は立ち上がり、再び歩き出した。
 
 
 
 東の空からゆっくりと朝日が目の前の道を照らす。
 その中を、スフィー達は黙々と山道を行く。
 相変わらず神社は見つからない。無論、往人にも出会ってない。
 そんな時だった。
 山道を曲がった先、2,30メートルの所に人影を見た。
 女性のようだ。
 服や顔は血に染まり、鬼気迫るものがあった。手には機関銃を持ち、
さらに服のベルトには別の銃身がのぞいている。
 先頭を歩いていた結花は、とりあえず後ろの二人を手で制した。
 瞬間、いきなり銃声が響くと、結花たちの頭上を弾道が通り抜けていった。
 曲がり角から結花達が出てきた時、弥生も少なからず動揺していた。
 今までは大抵、こちらが待ち伏せするなどして、絶対的に有利な状況を
作り出していたが、今回のような出会い頭で相手に遭遇するケースは、
多分これでまだ2回目だった。
 それでも弥生は、すかさず機関銃を構え引き金を引く。
 しかし運の悪いことは重なるもの。
 機関銃は数発発射されただけで、次弾の発射を拒んでしまった。
(ジャムッッッ!?)
 現代の機関銃がそうジャムるものではない。
 それが今この時点で起こった不運に、弥生は舌打ちしたい思いだった。
 弥生はすかさず機関銃を放り投げ、ベルトから別の銃を抜こうとした。
 さらに重なる不運。
 抜こうとした銃はその銃身の凹凸がベルトに引っかかり容易には抜けて
くれなかった。
 躍起になって銃を引き抜こうとした弥生の脳裏に『一度退くべきでは
ないのかという』選択肢がわずかに浮かんだ。
(私は殺すために殺しているのではない。私は生き残るために殺している
のだから。だから自分が死んではどうにもならない。生きて、生き残って、
このようなゲームを実行に移した者達に復讐をとげる。その時まで……、
私は絶対に死ねない!!)
「抜かないでっ。撃つのをやめて!!」
 そう叫びながら、相手(結花)は弥生に向かって駆け出してきた。
 弥生は先に浮かんだ手段が現実的なものであるかどうかを数瞬で検討した。
(逃げられるでしょうか、この重量で……? そして、その後に、これだけ
の銃器を再び集められるでしょうか? 否! ならば今、やるしかない……)
 やっと銃を引き抜き、正面に向けようとしたところで、弥生は右脚に激しい
痛みを覚え、引き金を掛けたまま地面に突っ伏した。
 何が起こったのか、すぐには理解できなかった。
 機関銃による数瞬の連射は何とかあたらずにすんだようだった。
 しかし、向こうはさっきの銃を捨て、新しい銃を抜こうとしていた。
 結花は慌てて自らの銃を構えた。
 そして説得するかのように叫びつつ、距離を詰めようとした。
「抜かないでっ。撃つのをやめて!!」
 それでも相手は銃を抜こうとするのをやめない。
 警告の意味を込めて相手の足下を撃つ。
 射撃時の衝撃に改めて驚きつつ、相手を見やる。
 そして自らの銃から放たれた銃弾が相手の脚に命中したのを見た
ところで、 結花はようやくスフィー達の無事を確認する。
 当ててしまったことに罪悪感を覚えながら。
「大丈夫?」
「こっちは二人とも大丈夫」
 後ろから聞こえてきたスフィーの返事を聞いて安心し、結花は銃を
構えたまま、今度はゆっくりと前に進みだした。
 
 
 
相手の銃弾に屈した弥生は、それでも反撃の機会をうかがっていた。
ベルトから引き抜いた銃─―グロッグ17──をもう一度構え直そうと
ゆっくり手を伸ばす。
 相手は少しずつこちらに近づいてくる。
「もう銃を持たないで」と叫びながら。
(私には、こうするしか生きる術がないんですよ……)
 弥生はようやくグロッグを掴んだ右手を結花に向け、引き金に指をかけた。
 だが、発射しようとした瞬間、脚の痛みが再び弥生を苦しめた。
 グロッグから発せられた銃弾は結花の横をそれ、後方にいたスフィーの
前で砂煙を上げた。
「ス、スフィーになんて事するのよ!」
 反射的に引き金を引いてしまった結花。
 もう一度、結花のデザートイーグルが火を噴いた。
 再び飛んでいった銃弾は、相手の左胸を正確に射抜いた。
「ウソ!?」
 結花自身が一番驚いていた。
 
 
 
 左胸を打ち抜かれた瞬間、弥生は自分の中で決定的な何かが失われた
ことを悟った。
(こ、こんなところで、私は、私は……)
 体の力が抜ける。目の前に血の流れが見える。
 何とかもう一度銃を持ち、構えようとするものの、手が言う事を聞かない。
 それどころか、弥生は自分の体を支えられず、仰向けにどうと倒れた。
「終わり。ゲームオーバーですわね……」
 弥生は、絞り出すような声でつぶやいた。
(どこで、歯車が狂いだしたんでしょう……)
 
 
 
「ちょっと、まだ生きてる!?」
 結花が、弥生のを抱き起こす。
「どうして、どうして人を殺そうとするんですか!」
「……そうすることしか、私には残されていないからです」
弥生は、息も絶え絶えに語りだした。
「……私の大切な人は、もう死んでしまいました。私には守るべき人も、
守りたい人ももう、残ってはいません……」
「……」
「けれど、私は決めたんです……。最後の一人になって、生きてこの島を
出ようと。そして復讐を。高槻や長瀬達を、ゲームに関わった全ての者達に
死を……。今となっては、もう……無理、みたい、ですけど……」
 弥生は結花の後方を見遣りつつ、
「スフィーさん、でしたか。あなたの……守るべき人は。まだ生きているの
 ですね。しかし、この後、どうやってあの人を守りますか? 最後の3人に
 なるまで殺し合って、最後にあなたは自殺でもするのですか……? 私には
 できない。だから、私はあの条件に乗るしかなかった……」
「そんな! だけど……」
 結花には弥生の言う条件とはなんのことか分からなかった。しかし、それ
以外の言葉が重すぎて、意味を問うことまでには気が回らなかった。
 その時、二人のやりとりを遮るかのように、放送の声が辺りに響いた。
『おはよう、諸君。これから定時放送を行う。』
 死んだ者の名前、生存者の名前。
 次々と読み上げられる名前を、みんな黙って聞いていた。
 
 
 
「私が殺した人の名前もあります……」
 弥生が口を開いた。
「いったい何人殺したんですか?」
 結花が問うた。
「……8人。参加者以外を含めれば10人以上。そして私が目を離したばかりに
 亡くなった由綺さん、藤井さん……。私はこれまでに人を殺し過ぎました。
 今のこれは、その報いかもしれませんね……」
 息をのむ、結花。
「あなた……達は……生きています……。どうか生き延びて……。私と……私に
殺された人たちの復讐を……」
 そこまで口にすると、弥生はその気だるげな瞳を結花に向けたまま、身動きを
しなくなった。
 
 
 
 薄れ行く意識の中で、弥生の脳裏にあの二人の顔が浮かぶ。
――由綺さん、藤井さん。こんなにも早く、そちらへ行けることになろうとは
 思いもよりませんでした……――
 幸か不幸か弥生のその思いは、二人の殺戮を知ったが為に浮かぶモノだった。
 これだけ多くの人を殺しておいて、安穏としたところにいけるはずがない。
――それでも、二人のいない世界で生き続けるよりも良いかもしれない……。
 仮に、死後の世界などというモノがあるのならば……――
 
 
 
 後には、結花の嗚咽の声だけが響いていた。
「私……殺してしまった……」
 泣いている結花の元へ、スフィーと芹香が歩み寄る。
「……」
 芹香のささやかな慰めの言葉に、結花はようやく泣き止む。
「この人、マネージャーさんだって」
 参加者名簿を見たのか、スフィーが告げた。
「普通の人なのに、ここまで変われるんだ…」
「私、わたし、どうすればいいの? この人みたいに、最後の一人に
 なるまで殺し合いするの?」
「落ち着いて! それをしないで済むために、そのために私たちは結界を
 なんとかするんでしょう!!」
「……」
「……ごめん」
 
 
  
「そう、弥生さんが言ってた。あなたには守るべき人がいるじゃないかって」
「それって、私たち?」
 結花は小さく頷いた。
「私たち、何があっても一緒にいよう。リアンや綾香さんだって、
そう願ってるんじゃないかな」
「……」
「うん」
「じゃ、指切りしよう」
 そういって指を出そうとした時、
「でも、3人同時に指切りできないよ」
 スフィーの言葉に、結花は思わず吹き出した。
「あっ、そうだね」
 結花はスフィーと、その後に芹香と指切りをして、3人の絆を誓い合った。
 しばらくして、結花が歩き出そうとした時、
「……」
 芹香が結花の裾を引っ張る。
「?」
「……」
「武器? もういいわ。あまりたくさん持ってても仕方ないし」
「……(ふるふる)」
 芹香の懸念は、このまま武器を残しておくと誰かに使われる、という事だった。
「…そうね」
 結花は、弥生の手元に落ちていたグロッグ17を拾い上げ、
「スフィー、これ持ってなさい」
 と手渡した。
 残りの武器は鞄にまとめて、そばの茂みに穴を掘って埋めた。
 他の誰にも見つからないように。

 そして、3人は歩き出した。結界の待つ神社に向かって。


 【047 篠塚弥生 死亡。残り32人】

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