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聖潔


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「やだよぅ、祐一! 捨てちゃ、ヤダぁ!!」
 教会全体にその声は響く。
 悲しい、咆哮。


 全ては一瞬だった。
 そう言うのが正しいのか、嘘にあたるのかわからない。

 ただ言えるのは事態は都合が良いように動いていたことだった。
 繭が思ったよりも早く目を覚ましたこと。
 晴香と秋子の斬撃の音に気がついたこと。
 繭が反転した性格を持っていたこと。
 そのアイテムを持っていたこと。
 そして教会の裏に回った方がいいと判断したこと。

 晴香となつみは秋子と対峙していた。
 秋子にとってみれば晴香はホンモノの祐一を助けるべく、殺さなければならないニセモノの前に立ちふさがる障害だった。
 そしてなつみが晴香の危機を救い、共に立ちふさがったことで障害が増え、より一層に慎重にならざるをえなかった。

 逆に晴香は秋子に圧されている自分に焦燥を覚えざるを得なかった。
 このまま戦い続けても勝てる見こみがないように感じてしまっていた。
 諦めたわけではない。
 だが、自分を客観視してみると、ただ生き残ることさえも困難に思われた。
 それでも抵抗を止めるつもりはない。
 祐一を救うためでも、彼女を倒すためでもない。
 理由はない。
 でも、自分の為にもこうすることが今は一番正しいと胸をはって言えると思う。
 考えるのは終わった後でいい。

 加勢に入ったなつみはもっと怯えていた。
 晴香がピンチに陥らなければきっと震えたまま最後まで見ていただけだったかもしれない。
 それだけ秋子の底知れない力とその不気味な状態に恐れ続けていた。
 それでも強がりを武器にして、彼女は対峙していた。
 さいは投げられたのだ。
 開き直るぐらいの覚悟はできている。

 そんな三人がそれぞれを意識して、動けなくなっていたのは僅かな時間だった。
 だが、その僅かな時間を無駄にするような少女ではなかった。
 椎名繭という存在は。

「やあっ!!」
 掛け声と呼ぶにはあまりに無様な声をあげながら、繭は無防備だった秋子の背中に飛びかかり、はりついていた。
 その背中に刃を突き刺す為ではない。
「は、はなしなさっ!! …んっ、ぐっ!?」
 秋子は背中の繭を振りほどこうと必死に身体を揺らす。
 が、繭は両足を腰に回して挟みこんでそれを耐える。
 そしてその開け放った口にハンテンダケを放りこみ、確実に飲ませるために指で喉の届く範囲まで押し込んだ。
「………んぐっ!!」
「いたっ!」
 直後、繭の人差し指と中指は秋子に強く噛まれた。
 噛みきれたかもしれない。
「はぁっ、うあっ!!」
「きゃっ!!」
 そして勢い良く繭は秋子の背中から振り落とされた。
「げほっ、ゲホゲホッ!!」

 四つん這いになって激しく咳きこむ秋子。手で口元を抑えて嘔吐に耐えているようだった。
 指を抑えてうずくまる繭。
 晴香となつみはそこでようやく、慌てて二人の元に駆け寄った。
 なつみは繭を気遣うように彼女の元に屈む。
 晴香は秋子の手から離れていた鉈を取り上げ、思いきり遠くへ放り投げた。


 教会のステンドグラスが、激しく割れた。


「これで……もう、……だいじょうぶのはず、……です」
 繭はダラダラと脂汗を流し、指を押えながら息も絶え絶えになつみに言う。
 その指からは血がドクドクと流れ続けていた。
「一体、何をしたの?」
 晴香は未だに激しく咳きこんでいる秋子の方を警戒するように見ながら、繭に尋ねる。
「キノコを、食べさせました」
「そのキノコって……」
 晴香となつみは繭を見て、キノコの効果が切れた本来の彼女のことを思い出す。
 そして、咳きが収まり、激しい呼吸をしている秋子の方を見た。

「……いちぃ…だぁ……」
 秋子の声。
 顔はうずくまっていてよく見えない。
 その身体は、震えていた。

「やだ、やだ、やだ……ゆういちぃ……いやだよぉ………」
 見詰める三人に声はない。
 静寂の中、聞えるのは彼女の声だけだった。

 泣きじゃくる、彼女の声だけが教会に響く。

「わたしのどこがわるいの!? どこがいけないのっ!!
 待ってたのに! ずっとずっと待ってたのに!!
 はじめて会った時からずっと…… ずっと…… ずっと好きだったのに!!

 祐一! 答えてよっ!!
 ひどいよっ!! いつもいつもいつも逃げてばっかりで!
 ごまかしてばっかりでっ!! わたしの気持ちなんか全然知らないでっ!!
 いつもいつもいつも!! わたしのこと振りまわしてばかりでっ!!
 ひどいよっ!!

 ずっと見てたのにっ!! ずっと見つめ続けていたのにっ!!
 答えてっ! 答えてよ祐一っ!!」

 その声は教会に響く。
 その隅々まで届きそうなほどの悲痛な思いがにじむ。
 一番聞いて欲しい人には届いているのだろうか。

 ずっと好きだった……
 誰よりも どんな人よりも
 わたしは………わたしは好きだったっ!!
 あの人よりもずっと、ずっと!!
 誰よりもあなたを愛していた。
 あゆちゃんよりも!
 真琴よりも!
 栞ちゃん達よりも!」

 意味がわからない。
 晴香も、繭も、なつみも何もわからなかった。
 彼女が何を咆えて、何を泣いているのか。
 何を訴えているのか。
 だけれども、その言葉は全て真実だと思った。
 その言葉を祐一はどう聞くのだろう。どう思うのだろう。

「名雪よりも……ずっと ずっと好きだったのっ!!
 だから答えてっ!!

 答えて頂戴、祐一さんっ!!」

  バンッ!

 その言葉と同時に、祐一がいなくなってから閉じたままだった扉が勢い良く開く。
 慌てて晴香達はそっちの方を向いた。

    主よ、終わりまで 仕えまつらん、
      みそばはなれず おらせたまえ、

        世の戦いは 激しくとも、
         御旗のもとに おらせたまえ。

「祐一……わたしを、捨てないで…… すてないで………
 す、捨てないでよぅ……わたしを捨てないでよぅ……」

 顔を床につけて泣き続ける秋子以外は。

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