ポケットの中の戦争


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「れっつ! もずくズた〜いむっ!!」 
 一休みするには、ちょうど良い木陰の下でレミィが叫んだ。
「この辺で腹ごしらえしようヨ、ジュン」
 俺たちが歩き出してから程良い時間が過ぎていた。
 確かに、ここらで一息入れるのも悪くない。
「ラジャー、レミィ大佐! 今から一時休憩の準備に入りたいと
 思います!」
 北川はしゃっちょこばって答えた。
 レミィを軍曹呼ばわりしていた北川の姿は、もう見る影もない。
 あんな事──PCの件だ──をしてしまった後では、それも
まぁ仕方のないことではあった。
 北川はただただ人間の、いや男としての尊厳をギリギリ守る
ところで踏ん張っていた。
(実際にはそれほど堅く考えていたわけでもないが)
 そんな北川の葛藤(?)も知らず、にこやかに鞄を下ろすレミィ。
 しかし、その手がポケットに入ったと思われる瞬間、レミィは
叫び声を上げた。
「ノオオオォォォ!!!」
 魂も凍るような絶叫。
 目を離していた北川には何が起きたのか分からなかった。
 しかし、何か大変なことが起こったのだということは理解した。
「ど、どうした、レミィ!! 敵襲か!?」
 北川は慌てながらも手近の武器を右手で握りしめて、姿勢を
低くする。そして姿勢をそのままにしてレミィに駆け寄り、手を
引いて木の反対側に回りこんだ。
「レミィ、無事か!? 何があったんだ!?」
 表情を歪めてレミィは呟く。
「折れちゃっタ……。折れちゃったみたいだヨ。……ジュン」
「なんてこった! こんなに見通しの良いところで、敵に気が
 付かないなんて!! 俺はバカだ!!」
 泣き出しそうにも見えるレミィを見て、北川は左の拳を木の幹に
叩き付けた。
 北川はほんの少しの間だけそのままの姿勢でいたが、やがて気が
付いたようにレミィに声を掛けた。
「レミィ、ちょっと見せてくれ。まだどうにかなるかも知れない」
 北川の言葉に、レミィは『もうどうにもならないヨ』といいながら、
その手を臀部に持っていく。
「良いから見せてみろって……」
(む? 今まで胸にばかり気を取られていたが、こっちもまた……
じゃなくって!! いや、しかし、外傷はなさそうだ……。ン? 
あの立ち位置で尻をやられたのか?)
 北川の思考をよそに、レミィは後ろポケットに手を突っ込んで、
中にあったものを差し出した。

「……は?」
 それを目にし、間抜けな声を上げる北川。
「コレハ何デスカ……?」  
 レミィの手に乗っているのは、透明なプラスチックスプーンの
数々であった。 
「折れちゃったヨ、ジュン。ゴメンなさい……。これで仲良く、
二人でもずくを食べようと思って持ってきてたのに……」
 レミィの言葉を聞いて、北川は納得すると共にあきれた。
「……はあ? えっと、なんだ。折れたってのはそれのことか。
 吃驚させるなよ、レミィ」
 レミィはスプーンの山を持ったまま言葉を返す。
「吃驚したのはワタシの方だよ、ジュン。血相変えてジュンが
 走ってくるから、 ワタシ……」
 うつむいてしまったレミィ。
 それを見た北川は『だってレミィが……』という言葉を飲み込んだ。
「早とちりして悪かったよ、レミィ。だけど、この話はここまでに
 しようぜ。そして休憩にしよう。もずくはパックから直接すする
 ことになるけど、 そんな食べ方もたまには乙ってモンだろう」
 北川は、しぼんだ雰囲気を追いやるように言ってやった。 
「うん、分かったヨ。ジュン」
 レミィに笑顔が戻る。
「よし! レミィはそうでなくっちゃな!!」
 二人は元気に木の反対側に回り込み、荷物を開き始めた。
(……良かった。何事もなくて。だけど、それなのにこんなに
 取り乱しちまうなんて……。本当にレミィの身に何かがあったら、
 俺……どうなっちまうんだろ?)
 そこまで北川はその考えを振り払った。
(何かがあったらじゃない。そうさせないために俺はレミィと
 一緒に行動してるんだろうが! もっと自覚をもて北川潤!
 自分がしっかりしないで、誰が彼女を守ってやるんだ!?)
 荷物を解いていた手で、ぴしゃりと自分の顔を叩く北川。
「どうしたの、ジュン?」
「いや、何でもない」
 そういいながらも、北川の顔はどことなく頼もし気な笑みに
彩られていた。
(やってやるさ! 女の子一人守れないで、何が男だ!!) 
 決意は内面に隠し、元気に振る舞う北川。
「さあて、もずくズのお出ましだ〜ッ!!」
 二人の行く先は、未だ輝いているように見えていた。

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