最初の銃声は、お互いの命を奪わなかった。
北川は脇腹に、スフィーは利き腕に。
それぞれ被弾した。
痛みにお互い一瞬気がそれ、次の攻撃へと繋がらなかった。
「……」
「……」
「利き腕撃ったんだぜ。銃、持てるのか?」
北川の声にスフィーは軽く笑う。
「結花の命は、そんな安っぽいものじゃない」
真昼の太陽の下、膠着状態が続く。
(銃向けあって、こんな漫画みたいなこと俺はやってるのか。
現実感なんかねぇよ。相沢。お前もこんな苦しみを味わって、心をふさいだってのか?)
香里の死は、まだ耐えられた。
それはきっと、目の前で散った命ではないから。
リアリティがなかったから。
(結局、目の前で死を見るまでは、どこか安心してたんだ。
一晩寝て、覚めたら、既に全部が解決してるんだと。
どこかで、そんな気持ちがあったんだ。
本当の実感を、今まで味わったことがなかった。
ぬるま湯につかってただけだったんだ、くそっ!)
祐一の声は、もう聞こえない。
諦めたのだろうか。わからなかった。
次の合図を待つ。
ただひたすら、きっかけを。
何かが起こる瞬間を。
遠からずして、それはやってきた。
『これから定時――』
お互いが銃を上げる。
最後の一撃を加えるために。
大切な人の死を、全く関係のない相手を殺すことで、晴らすために。
狂った世界で、狂った自分を、抑えるために。
「待ちやがれぇぇぇぇ!」
一瞬早く、小屋のドアが開く。
中から飛び出してきた祐一が北川を押し倒し、その上をスフィーの銃弾が貫く。
小屋から出てきたもう一つの影。芹香。
銃を手に構え、スフィーに向かって撃つ。
揺るぎのない視線と手付きで放たれた弾丸は、正確にスフィーの拳銃を弾き飛ばした。
放送が流れ始めている。
全ては一瞬だった。
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