生者の叫び声
乾いた銃声。
その残響が収まると共に、タタ・タ・タという電動音が聞こえた。
銃弾は北川の頬をかすめ、釘はスフィーの首筋を逸れながら胸元へと立て続けに吸い込まれる。
「あくっ!」
苦悶の声は一つ。胸元に七本の釘を突き立てたスフィーが、一歩、二歩と後方によろけた。
異物を柔肌へとねじ込まれた痛みに、一度は止まった涙が再びあふれ出す。
しかし、視線は北川からぴくりとも外さない。その瞳から光が失われることもない。
――このくらい! 結花はもっと、もっと痛かった!
よろけた足にぐいっと力を込め、精一杯の気力を込めて両腕を前に突き出す。
そして再びスフィーの拳銃が、銃口から灼熱の塊を放った。
「……ちぃっ!!」
舌打ちしつつ、ギリギリの所でその銃弾を回避する北川。
横っ飛びをした方向が悪かったか、受け身に使った腕が酷く痛んだ。
――構うかよ! レミィに比べれば俺の傷なんか屁でもねぇ!!
スフィーの胸に突き立った釘の周辺の衣服が、じわじわと紅に染まっていく。
痛みを押し殺し、身を屈めたまま北川が再び釘を放つ。
タ・タ・タ……タ……と、釘が飛び出す度に手に届く反動が、じわじわと弱まっていく。
――電池切れかっ!!
自分の運の悪さを呪いつつ、威力が低下していく電動釘打ち機を捨てようかと迷う北川。
その一瞬が仇となる。
ダンっ!!
銃声と共に北川の足元の地面が弾け、その破片が瞳に叩き込まれた。
「――っっっ!!」
咄嗟に目を閉じたが時は既に遅く。
北川の視界はその時、完全に暗闇に覆われた。
痛みで開くことの出来ない瞼からは、とめどなく涙があふれ出している。
「く……くそっ、くそーっ!!」
北川が、釘打ち機を四方に振り回して盲撃ちを始める。
だがそんな攻撃がそうそう当たるはずもない。
スフィーは釘打ち機の射界から逃れつつ、斜め後方から釘打ち機を蹴り飛ばした。
釘打ち機は手から離れ、北川本人もその衝撃と痛みでもんどりうって地に倒れる。
「かはっ!」
そして、そのまま動けない。
身体が動かないわけではない。傷だらけの腕が砂にまみれ、瞳に土が入って酷く痛む。
だからといって決して、我慢できない痛みではないのだ。
「………………」
「………………」
後頭部に押し当てられた、熱を持った金属。
傷だらけの腕と、無防備な背中を踏みつけた足。
そして何より、そのあまりの軽さに――。
北川は、動くことが出来なかった。
「……撃つ、のか?」
「撃つわよ」
北川の問いに、惑うことなく即答するスフィー。
そりゃそうだ、間抜けな質問だ――と、砂を噛みつつ自嘲する北川。
ぽたり、と土に、雫の落ちる音が聞こえる。
「けんたろも、結花も、リアンも、みどりさんも……みんな、死んじゃった」
また、ぽたり、と音。
「みんな、殺されちゃった……誰が殺したかなんて解らないし、そんなのどうだっていい」
ぽたり。ぽたり。
雫が土に落ちる音、そして北川の傷だらけの腕にも、雫。
「ああ、死んださ……美坂も、美坂の妹も、水瀬も、住井も……殺されて、な」
涙で洗われた北川の視力が、ぼんやりと回復する。
その瞳に映るのは、衣服を七本の釘で真っ赤に染め、涙をこぼしたスフィーの姿。
「みんなを殺したのは、この島だもの……こんな島にさえ、こなければ、みんな……!!」
「言うなよ……それを言ったら、俺達のやってることは何なんだよ……?」
動けない。
「解らないわよ! 結花が死んでて、あんたが立ってた! だからあんたを許せないのよ!」
動けない。
「レミィが死んだ! お前が撃った! だから俺だってお前は許せない!」
動けない。
スフィーも、北川も、自分の激情を口を通して紡ぎ上げる。
それが、一片の脚色も入れない、心からの言葉だから。
その重さに、その痛さに、心が悲鳴を上げるから。
だから、動けない。
動くのは……ただ、口だけ。
「……あんたへの逆恨みが、こんな風に叶っていいわけないじゃない……」
ぴくりとも動けないまま、スフィーの声のトーンが落ちる。
「未練だぜ。これが俺が選んだ道……ドジった俺が悪いだけさ」
北川も瞳を閉じ、そして来るべき瞬間に備えた。
その顔が一瞬、今は亡き健太郎のものと、かぶって見えて。
涙の雫が、より一層量を増して北川の腕に降り注いだ。
……ダメ。私の、わがままで、こいつを……撃っちゃ、いけない。
スフィーが、銃口を外そうとした瞬間。
「北川ーっ!!」
ひときわ大きな叫び声。
顔のあちこちに青痣を作りつつ、縛られたままの祐一が、小屋の戸口から顔を出して叫んでいた。
びくり、とその声に驚いたショックで、スフィーの身体が強ばる。
「――!!!!」
硬直寸前に反応する身体は、手の中の拳銃の引き金に掛かった指すらもやはり例外ではない。
引き金が引かれる。
かちり。
一瞬の絶望、そして後悔、止まらない涙。
北川の倒れている場所の土は、染み込んだ血液で湿り、黒ずんでいた。
「……あ……ああ……」
拳銃を取り落とし、その場に膝をつくスフィー。
……と。
「痛ぇっ! 膝を、膝を肘の上に落とすなっ! 乗せるなっ! 体重を掛けるなっ!!」
「……え?」
その声に呆然とスフィーが目を向けた先。
肘関節を見事にロックされた北川が、逆の腕でばんばんと地面を叩いている。
落とした拳銃からは、煙の一筋すら立ちのぼっていない。
「弾……切れ……」
呆然と呟くスフィー。
彼女はそのまま、何かにほっとしたように、すっくりと仰向けに倒れ、気を失った。
【スフィー、胸に七つの傷を受け気絶】
【スフィー&北川、それなりに吹っ切ったらしい】
【芹香の動向はいまだ不明】
【残り24人】
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