聖母


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相沢祐一は、逝った。

「相沢……!?」
返事は無い。必死に揺さぶる、が、その目が再び開く事は無い。
撃った。自分が。それは、認めざるを得ない罪。
だが、その為に祐一は死んだ。深い、深い、喪失。
畜生。涙が出た。だが、レミィが逝った時、俺は泣いたか?泣いてないだろう。何故?
違う。俺は、"殺すこと"に逃げていた。哀しみも、辛さも、狂気に変えて。
くそ。どっちがヘタレなんだ?くそったれっ!
俺はどうすればいい。レミィを失って。相沢を殺しちまって。俺にどうしろっていうんだ!
「……相沢ぁっ……」
「………」
既に亡き友人の名を叫ぶ。遠く、消えて行くその言葉。
スフィーは、止まっていた。へたり込んだままで。その目から、未だに止まらぬ涙を流して。
それを、彼女は。芹香は見ていた。
スフィーに近寄る。ぽつり、と名を呼ぶ。だが、彼女は振り向かない。
グロック17を拾い上げる。それでも、彼女は、止まったまま。
ふぅ、と息を吐いた。しゃがみ込む。その耳に、語りかけた。スフィーさん……。
それで、ようやく彼女は振り向いた。
「芹香さん……」
はい。
「あたし……あたし、何て事しちゃったんだろう」
………。
「………。あの人、殺そうとして……。……でも、結花はそんなこと望んでないよね」
………。
「酷いよ。こんな、酷い。死ぬなんて。違う……違うのに……」
………。
「……違うのに。本当に、死ぬんなら……」
首を振った。そこから先は……言わせない。

口を開いた。放つ言葉は、少しいつもより強く。
……違います。それこそ、そんな事は結花さんは望みません。
「……でも」
結果はこうだったかもしれません。でも、貴女は結花さんの為に、撃ったんです。
それを間違った事だとは、思いません……。
「………」
気を、強く持って下さい。妹さんの為にも。結花さんの為にも。
……あの男の人の為にも。
「………」
返事は無い。だが、涙は止まっていた。
芹香は、ほっ、と安堵した。それでも、その表情こそ変わりはしない。
そして、北川を見た。未だ、その亡骸を抱え、泣いている。
近付いた。グロックをその手に握って。
「芹香さん……?」
……大丈夫です。そう言った。でも、聞こえてないだろう。
近付く。泣き声は止まる。隣に立った時、北川が呟いた。小さな声で。
「俺を、殺す気か?」
……いいえ。
「………」
少し大きめな声で言った。聞こえているだろうか?
いや、聞こえている。自分に向けられた、釘打ち機。それが放たれなかったのだから。
グロックを放り捨てる。殺さない、意志表示。暫し間を持って釘打ち機は下に下ろされた。
少し安堵。この男は、まだ、生きようとする心を捨ててはいない。
まだ、
助かるのだ。
……大丈夫ですか?
「おいおい。これが、大丈夫に見えるってのか?」
……いいえ。
「………」
何も語らない。空白。
そっと、芹香は、祐一の身体に触れた。北川は何も言わない。
少し動かす。ごろりと、祐一は地に横たえられた。その身は、既に冷たくなっている。
北川は、祐一を抱えた時のままだった。片手は上を向き。そして目は虚ろ――。
何を言えばいい?いや、言う事など無いのだろう。何を聞くのだ。
語る事は無い。全ては、失われた。今の彼には何も無い。
何も無い。
悲しかった。他人の哀しみを、自分も感じる。それはエゴなのかもしれない。
それでも良かった。癒せるだろうか。分からない。やってみるしか、無いのだ。
そっと、手が触れた。


何も考えてはいない。感ずる事は無い。いや、考えてはいるのか。どっちでもいい。
己の罪を。己への罰を。失った人を。殺した人を。
ただ、それを思うのみ。延々と続く、ループする思考。
永遠に出口の無い、繰り返す――哀しみ。
このまま壊れちまうのか?そりゃ無いだろ。相沢にあんだけ言ったんだぜ?
俺が壊れるわけにはいかないんだ。そうだろ?
……だけど、立ち上がれない。
何をすればいい?俺は、俺は、レミィを失った。そして、相沢を、撃った。
俺は、これから、誰と。何を?………。何の為に?
ぐるぐると。ぐるぐると。ぐるぐると。……少しずつ歪んでいく。
もはや前など見えていなかった。何もかも。
だけど、触感だけは残っていたらしい。
ぽす。
何か当たった。いや、載せられた?何だ?
なでなで……。
ああ、手か?誰だ?……さっき隣に居たヤツだよな。何してんだ?
なでなで……。
……撫でてんのか。変なヤツだな。
なでなで……。
………。
なでなで……。
……何だろうな。懐かしい気がする。そうだな。オフクロみたいな感じだな。
なでなで……。
はは。オフクロか。そういや俺のオフクロ、今頃何やってんだろうな?
………。
おい、どうしちまったんだ?勘弁しろよ、俺。はは、参ったな?
おい――何で泣いてんだよ、俺――。


空白。
スフィーは、ただ見ている。二人の姿を。
泣きじゃくる、男の姿。まるで子供の様に。芹香は、それを、静かに抱き留めて。
スフィーは、ただ見ている他に無い。何もする事などない。全ては終わっていた。
男は未だに泣いたまま。それでも、芹香は、動かない。
心なしか、笑ってるような気がした。はは。まさか、そんな。
………。
でも、なんか、ね。似てる。あれに。


そう、それはまるで――



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