分かれ、戻る者達
窓の無い部屋。その中に、彼女、鹿沼葉子は居た。
部屋は暗い。差し込む光の無いそこは、一寸先すらも見えぬ程に。
幸い、電灯は近くにあった。紐を引くと、部屋が白い光で照らされる。眩しい。
蛍光灯――電気は、通じているのだろうか?しぱしぱと、まばたきを繰り返す。
しばらくして、目が慣れてきた。ともあれ、これで部屋の中が見える。
着替えがあった。あの"誰か"が置いていったのだろうか?
それにしても、あの人は何をしてたんでしょうか。
……知る由もない。七瀬自身も分かっていない事なのだから。
ドアを開ける。僅かに、傷が痛む。流石に完治はしていない。
部屋は広い。大きめの机に、多数の椅子。
こんな細かいところまでFARGOは用意したのだろうか?全く、ご苦労な事だ。
椅子は使う者の無い物が多かった。だが、使われているものもある。
人が居た。その中には、自分を救おうとした少女の姿も――。
「あ、起きたのか」
ほっ、とした様子で男が呟いた。妙な服だ。いや、妙すぎる。……変態さん、なんでしょうか。
嘆息。とりあえず、変態さんに頷き返す。葉子の様子に、首を傾げていた。
続いて別の男が立ち上がった。
鋭い眼差し。鍛え抜かれた体付きは、軍人を思わせる。いや、そのものだ。
「起きたようだな……気分の方は?」
「そんなには。多少、傷が痛む程度です」
うむ、と頷く。
「とりあえず、席に着いてくれ。俺達は君の名前を知っているが、君は俺達の名前を知らない筈だ」
「……はい」
言われる通り、席に着く。隣に座る少女は、あの時の少女か。
「無事、だったんですね」
「……うん。……でも、私なんかよりずっと、お姉さんの方が大変だったよ」
そう言った。近くで見れば、なんて優しげな少女。見たところ、傷は受けていない。安堵する。
しかし、あの時の影。気を失う前、一瞬だけ見えた影。"あれ"が、彼女を救ったのか?
"あれ"は何だったのか。
思い出す。……寒気がした。"あれ"は、一体。
――葉子の思考をよそに、自己紹介は始まった。
「有り難う御座いました」
そう言って、頭を下げる葉子。その前に居るのは……マナだ。
彼女が手当をした、という蝉丸の言葉を聞いての行動である。感謝されるのは、もちろん嬉しい。
しかし――何となく、落ち着かない。
こうやって直々に感謝されるというのは、あまり慣れていなかった。
「ま、まぁ……気にしなくていいわ。大した事はしてないから」
「ですが……」
「それに、怪我人を手当てするのは"医者"の務めよ。どんな人でも、ね。気にしなくてもいいわ。
……まぁ、本当の医者ってわけじゃないんだけど」
「……はい」
改めて、葉子は席に着く。それを見つつ、何故か一瞬躊躇したが、とりあえずマナも席に着いた。
こんこん、と指で机を叩く。やはり落ち着かないらしい。……無理もないが。
――マナは気付かない。いや、知らない事なのだから当然だ。彼女は、それを聞いていないのだから。
そう。今マナが言った台詞。それはまさしく、あの人の。
軍人さん、否、蝉丸が席を立つ。机の上に広げられているのは地図。
自己紹介に続き、これからの行動についての説明。今、それが行われているところだ。
施設への侵入。強力なロボットによって守られていた施設らしい。
危険な行為ではある。……だが、脱出への糸口が見つかるのならば。
その為ならば、多少の危険も厭わない。それは葉子も同じだ。
無論、賛成する。一同は、ほっとしたような表情を見せた。しかし、会議はこれでは終わらない。
続いて、侵入口。基本的に入り口と言えば正面の入り口しか確認していない。
だが、予想だが確実に裏にも入り口がある。そこから侵入するのが望ましいのだが。
問題は――
「侵入する時の人員だ」
地図を叩く。こんこん、という音。机は鉄製だった。
今のところ、蝉丸達は六人しか居ない。その内、男が二人だ。
七瀬留美や、巳間晴香。女でも、確かに戦力になる者は居た。だが、それももはやここには居ない。
まさか月代や初音に戦闘を強いるわけにはいかない。だが……。
「……あの」
葉子が口を開く。先程から考え込んでいた蝉丸が、顔を向ける。変態さん――いや、柏木耕一も、それに続く。
「ひょっとしたら、私も戦力になるかもしれません」
「……無理を言うな。君は怪我人だろう」
「いえ」
首を振る。彼等が、彼女と、巳間晴香と共に居たなら。これで分かる筈だ。
「私も、不可視の力が使えます」
「む……」
引き下がる。なるほど、どうも不可視の力の存在は知っているらしい。
心の中で、晴香に感謝しておくことにした。力の使えない今、あれの説明は厄介だった。
「……ですが。今は不可視の力が完全に使えないんです」
「完全に……」
今度は耕一が唸る。結界の効力に関しては、彼自身もよく知っていた。
鬼の力。結界によって封じられたそれは、しかし、僅かにとはいえ引き出す事は可能な筈だ。
現に――僅かな間とはいえ、鬼と化したのだから。
「私が倒れていた所に、力を封じた機械があります。恐らく、それを破壊すれば」
「……なるほど。よし」
耕一が、立ち上がる。話の通じやすい人だ。葉子もそれに続け、立ち上がる。
「行くのか」
「あの場所に居たのは、俺と初音ちゃんと葉子さんだけですから。一人で行かせるわけにはいかないし」
「それなら、私も――」
咄嗟に、初音が口を開いた。しかし、耕一が止めるよりも前にそれは途中で切れる。困ったような顔。
「……ううん。私は、ここに残るね」
そう。彰を待たねばならないから。必ず帰るといった、あの人を。
無論、それは耕一にも分かっている事だった。
「……分かった」
それだけ言った。
「武器はどうする?そんなにたくさんは残っていないが、流石に手ぶらで行くわけにもいくまい」
「銃を……貸していただけませんか」
「俺も、銃を貸ります。使った事無いから不安だけど……
……そうだ。一応、そのナイフも貸してもらえたらいいかな、なんて」
「……武器が、無くなるな」
蝉丸が、苦笑する。無理もない。結局残る"武器"など、銃一丁にダイナマイトくらいだ。
敵が攻め込んできたら、恐らく戦う術は無い。室内でダイナマイトを使うわけにはいかないだろう。
だが。今更戦いを挑む者が居るのだろうか?
ましてや、ここは比較的裏の方。わざわざ攻め込んでくる事もあるまい。そう思った。
だからこそ、蝉丸は銃を貸したのだ。少し甘いかもしれないが、丸腰で行かせるよりは、いい。
「すいません」
「……出来れば、使う事無く済ませたいですね」
そう言って、葉子はグロック26をしまい込む。ベレッタは、耕一が持つ事となった。
……使う気が、しなかった。高槻の武器など。
【残り23人】
[←Before Page] [Next Page→]