ああ、美しき獣よ
彰は混乱する。
彼の本来持つ自虐性が、自身を狂気へと誘う。
銃声。
確かな銃声が町に響く。
「彰さん!?」
マナの耳がその音を確かに捕らえた。
今の彰を放っては置けない。
彼女はがむしゃらに走った。
ただでさえ大きかった疲労が、再び拡大していく。
見えた。
視界の中に、初音と……、耕一の姿が見える。
初音はしばし目線を耕一と森で往復させる。そして意を決したように森へと駆け出した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…。は…はつ……。はぁ…」
止めようと思っても声が声にならない。
それでも歩みを止めず、少しでも近寄る。
開け放たれた金網。
倒れている耕一。
金網の向こうへと消えた彰。
その彰を追いかける初音。
何もかもが象徴的だった。
(僕は結局何がしたいのだろうか……)
彰はゆっくりと歩みを進めながら、答えの出ない問いに考えをめぐらせた。
記憶は過去へと遡る。
――初音との出会い――
――彼女への思い――
――初音との別れ――
――施設での戦い――
――施設での出会い――
あの頃の彰には目的があった。
あの頃の彰には夢があった。
だが、それは『目的』によって否定され、『夢』によって否定されてしまった。
そしてそれは『彰のとった行動』によって無へと消え、『彰のとる行動』によって無へと消える。
いまさら否定が覆されたとしても、無が有になろうか?
(僕は消える。かすかな望みを夢として抱き。そして俺になる……)
天を見つめるその瞳から、おそらく『彰』の最後の涙がこぼれた。
「彰お兄ちゃん!!」
初音が彰を目にした時、彼は空を見つめていた。
後ろから駆けより、抱きつこうとする彼女。
初音は彰を愛していた。
初音は彰を救いたかった。
だが、初音が彰を思うために作られた推論。
それは全てが正しく、しかし一部は致命的に間違っていた。
ゆっくりと振り向く彰。
穏やかな顔を初音へと向け、その右手をふるう。
その腕は初音の左胸へと刺しこまれ、左手は倒れていく彼女の身体を支えた。
それは血塗られた花嫁を抱く花婿のよう。
「はつ! ああ…あきら!!」
息を切らしたマナの言葉。
「あんた…! はぁ…。こん…なの! 理不尽よ!!」
(この女は何を言っているんだ…? 理不尽でない死に方など、あるわけねぇだろ?)
【柏木 初音 死亡】
【七瀬 彰 半鬼化】
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