雨と、風と、涙と、温もり


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 光と音の間隔が、徐々に狭くなってゆく。
 雷鳴が、次第に大きくなってゆく。
 そして強くなる嵐の中、二人は無言で対峙する。
 雨と風は彼等の体を激しく打ち、地面には波紋を走らせる。
 無限にすら等しく思える時間。
 それもいつか、終わりが来る。

 近付く雷の気配。
 散弾銃を持つ手に汗が滲み、やがて雨へと溶けていく。
 すぐ近くで雷が落ちた。
 これがきっと、戦いの幕を開ける合図に違いなかった。
 闇を光が照らし、その一瞬だけ、はっきりとお互いの姿を見ることができた。
 往人の顔はどこまでも険しく、少年の顔はどこまでも無邪気で。

 雷が落ちた。
 どこからか異様な音がする。近くの木に落ちたようだった。
 そしてまた、光が照らし。
 少年の姿は消えていた。

 咄嗟に前に跳ぶ。
 理屈は後回しの、全くの直感だった。
 すぐ後ろの空間を、少年の撃った銃弾が貫く。
 少しでもタイミングが遅れたら、貫かれたのは間違いなく往人だった。
 転がりながらわずかに影の見えた方向へ散弾銃を発射する。
 当たった気配は微塵もなかった。
 すぐさま体制を立て直し、起き上がろうとする。
 その時、何度目にもなる雷が闇を切り裂く。
 だが往人の目の前には、『銃口』という名の、闇が広がっていた。

 首を思いっきり右に傾ける。
 左耳を何かが掠めたような気がした。
 散弾銃を放り出し素早くナイフに持ち変える。
 しかしそれは振るわれることなく、少年に蹴り飛ばされて高々と舞い上がった。
 それでも諦めない。意識を散弾銃に集中させる。
 持ち前の『能力』を使い、手を触れずにトリガーを引いた。

 少年は既にその場におらず、往人の左側に回りこんでいた。
 闇の向こうで確かに笑っているのが見えた。『同じ手は通用しない』と。
 それが……油断だった。

 少年に蹴り飛ばされて空中に舞っていたナイフ。
 握っていた時間は僅か。それでも、出来ないことはなかった。
 散弾銃に集中させていた意識の流れを切り替える。
 すると、ナイフ突然軌跡を変え、加速をつけて少年に向かっていった。
 そのまま彼の腕に深く突き刺さる。
 何が起きたか理解できずに、大きな隙が生まれた。
 往人はもう一本のナイフを投げて、それは綺麗な軌跡を描きながら、少年の首を裂いた。

 少年は最後の力をこめて、ベレッタを往人に向け直す。
 対する往人は腰にさしていたシグ・ザウェルを抜きはなっていた。
 狙いは少年の顔……ではなく、銃だった。
 このタイミングで少年に止めをさしても、彼の最後の一撃が同時に自分の命を奪うかもしれなかった。

 誰も助けられなかった。
 晴子も、佳乃も、聖も。
 そして……美凪もみちるも。
 あの放送を聞いたときのことを今でも思い出せる。
 結局あれから、自分は何が出来ただろう。
 彼女達に恥じない行動をとれただろうか。
 そんなことは決してないような気がした。
 自分は何も出来ていない。
 だから、まだ、死ねなかった。
 観鈴を守り、諸悪の根源を断つ。
 それで彼女達が喜ぶわけではないだろうが、笑って、許してくれるだろう。
 彼女達に会いに往くには、まだ早すぎる。

 決意をこめて、引き金を引く。
 弾丸は少年のベレッタを弾き飛ばし、『力』を使って撃った散弾銃は、今度こそ少年の頭部を吹き飛ばした。

 赤い血が、雨に流されてゆく。

 階段を駆け上がってきた少女に向かい、往人は優しく笑いかけた。



 冷たくなった晴子を抱きかかえ、神社の中へ。
 雨に晒しておくには、あまりにも辛すぎる。
 観鈴は改めて晴子の死体と向き直り、
 そして、往人の胸の中で、涙枯れるまで泣き腫らした。

 泣き声は雨に溶けてゆく。
 泣き声を風が攫ってゆく。
 どこへ辿り着くこともなく。
 ただ、流れてゆく。

 観鈴が泣き止んですぐ、往人は観鈴の肩にもたれかかった。

『……疲れた……少し、眠らせてくれ……』

『……うん』

『……ありがとう』

『……珍しい。往人さんが、そういうこと言うの』

『……そうか』

『……うん』


 気を緩めれば押しつぶされそうな現実の中。
 お互いの温かさに助けられながら、必死に生きようとする二人がいた。
 外は相変わらず、荒れ模様。
 せめてこの嵐が止むまでは、ずっと、こうしていたいと――

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