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どうか最期は、幸せな記憶を


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観鈴は、ただ静かにそこに立っていた。
雨にさらされ、全身がずぶぬれになっても、まだ立ち尽くしていた。
そして落ちていた往人の人形を拾う。――往人はもういない。死んでしまった。晴子も、郁未もだ。

ふと、観鈴は振り返った。
気配が近づいてくる。
観鈴はその気配の主を知っていた。それは空の彼方、悲しい記憶をその羽に宿す少女。
霧のようなものが渦を巻き、それは次第に形になっていく。
やがてそれは、翼を持つ裸身の少女となった。

――”手”が3人も死んで、誰がやったのかと来てみれば……
――意外であったわ。そなたが生き延びるとはの。

観鈴は宙に浮かぶ少女を見上げる。

――そなたも思い知ったであろう。人間とは、かくも身勝手な生き物なのだと――

やっと観鈴は理解した。
そう、全ての元凶がいったい誰なのか、ということを。
「……あなただったんだ」
観鈴はその少女――神奈をまっすぐに見た。
そして決意した。終らせよう、それがわたしの責任でもあるのなら。
やり方は、往人から聞いている。

「どうしてあなたは悲しみを広げようとするの?
 大切な人を失う悲しみを、あなたも知っているはずなのに」





カシャン、とガラスが割れるような音が響き渡る。
どこかの田舎のあぜ道。
血まみれの男が倒れていた。
そして女童が一人、その男にすがりついていた。
男の名を呼ばわり泣き叫びながら……りゅうや、りゅうや、と。

――なぜ、それをそなたが知っておる……。
神奈はわずかにうろたえる。

「悲しいことも、辛いこともあったけど」
観鈴は神奈を優しげな目で見つめる。
「そこには、楽しいことだってあったはずでしょう?」

     社の中で、二人と出会った。羽を忘れそうになるほどに、愉快な二人だった。
     市に行った。けたたましく騒ぐ鳥を見た。初めて見る物ばかりだった。
     3人で見た村祭りの炎。舞い上がる火の粉に願いを託した。
     お手玉を覚えた。いつか母に出会ったときのためにと、何度も練習をした。

――やめろ……余の記憶をかき乱すのは……
神奈はにわかに苦しみだす。
――そなたは一体なんなのだ!
神奈の姿が溶け消え、観鈴の中に入り込んでいく。
――……! そうか、そなたは余の……

「わたしが伝えられなかったから、あなたはずっと苦しんだままだったんだね……。
 でも、もう終わりにしよう?」
観鈴は語りだす。
「今まで、悲しいこともたくさんあった。
 けど、もういちどがんばろうと決めた夏休み、往人さんと出会えて、初めて友達が出来た。
 お母さんも本当のお母さんになるっていってくれた」
神奈はそれを静かに聞いていた。
「この島に来てからだって、辛かったけど、でもそれだけじゃなかった。
 あさひちゃんが友達になってくれた。声優さんだって言ってたよ。素敵な声、してた。
 それから郁未さん。好きな人のためにとっても一生懸命だった。
 北川さんは、いつでも楽しそうだった。往人さんと一緒に笑ってたよ。
 それで言ってた。俺たちはまだ笑えるって」
観鈴は銃をゆっくりと持ち上げる。

「どんなに辛くても苦しくても、どんなに憎くても悔しくても。
 きっとそれだけじゃないから。小さくても、どこにだって幸せはあるから」
神奈は黙って聞いていた。
「……もう、これ以上悲しみを繰り返さないで。わたしといっしょに、いこう」
観鈴は自分の頭に銃を向け、引き金を引こうとした。

その途端――あたりに光があふれた。
観鈴は驚いて手元を見る。光り出したのは、往人の人形。
「……往人さん……?」
光っているのは、想いだった。歴々と続く人形使いたちの想い。
それが観鈴を取り囲んでいる。
こうなってしまっては、もはや神奈も抜け出すことはかなわない。

――そなたは、強いな。
唐突に、神奈の声が聞こえた。穏やかな声。
「そんなことないよ……わたしより強いひとはたくさんいるもの」
光に包まれながら、観鈴は答える。
――もうすこし早く、そなたと会えていれば良かったと――

光はますます強くなり、観鈴も光の渦に飲まれていく。
あたりを埋め尽くした光は、やがて一点に集中すると、そらに向かって勢いよく昇っていった。


『……。』
『おい、そら。いったいどうしたってんだ。さっきから様子がおかしいぞ』
『何かあったんですか?』
『……わからない……ただ、悲しくて涙が止まらないんだ……』

「みゅー……」
繭ですら、心配げにそらを見ていた。
「ちょっとあんたたち、なにしんみりしてるのよ」
詠美だけは、いつもと変わらずにいた。


【神尾観鈴 神奈と共に消失】

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