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あなたへの月


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多分自分は正直であるべきなのだろう、それが自分に課せられた一つの罪であるし、
自分が自分である必要は最早ない、だがそれでも僕は。
嘘を吐くのが嫌いなのだ。

「梓、――ぶじ、だったのね」
云う千鶴には、言葉ほど安心した様子は無かった。
むしろ逆にどうしようもない狼狽に囚われてしまった感さえある。
そのモニターに映し出されたあまりに疲弊した顔を見て、僕は黙って立ち上がる。
あまり鮮明な映像ではないが、それでも充分にその表情の意味するものが見て取れた。
彼女が、初音のもう一人の姉だった。
初音を殺した「誰か」を捜そうとして、それでも見つける事が出来なかった(当然だ、「誰か」とは僕の事なのだから)。
絶望のまま、結局ここに戻って来なければならなかったのだろう。

ならば。

「彰、くん?」
黙ったまま部屋を出ようとした僕に気付くと、柏木千鶴は少し上擦った声で呼び止める。
少しの間の後彼女の思考にも冷静さが戻ったのだろう、先程見せた強い眼差しで僕を見つめると、
「――ダメよ」
そう云った。彼女は聡明な女性だ、僕が考えている事がすぐに判ったのだろう。
「僕が行く事に意義がある」
「あなた、誓ったんでしょう?」
初音を殺した「あれ」を、必ず殺すと。

「疲弊しきった今の梓に、あなたの話を聞く余裕があるとは云い切れない」
言葉を切って、数秒の間の後。
「――梓に、ただ殺されてしまうだけかも知れない」
「判っています」
モニタールームに走る緊張が、まるで蜘蛛の糸のように広がっていく。
「ならここで座って待っていて。私が迎えに行ってきます。――事情を話せば、梓だって判って」
「判っています」
僕は少しだけ目を伏せ再び頷いたが、その頷きは納得の意味ではなかった。
「けれど、こういうのは理屈じゃないでしょう」
まっすぐな目で、僕は千鶴のその眼差しを受け流そうとした。
――受け止めようとするにはそれはあまりに重かったから。

「――……」
一分程の沈黙の後、千鶴のその圧迫するような眼差しは消え失せ、彼女は少しだけ肩を竦め、頷いた。
「判った。あなたの気持ちが判らない訳じゃないから。ただね、一人では絶対に行かせない。
 それくらいは我慢して。あなたと梓の共闘が、神奈との戦いのためには重要なの」
僕も肩を竦めて頷いた。
「ありがとうございます」

――モニターの梓は、未だに施設入り口の前で立ち往生していた。
まるでここに入るのを躊躇っているかのようでさえあった。
僕と柏木千鶴は、二人並んで部屋を出る。

「千鶴さんっ――……」
心配げな目で見る月宮あゆは、見上げる形で千鶴の表情を伺う。
「あゆちゃん、すぐに梓と一緒に帰ってくるわ。大丈夫、そんな顔をしないで」
「うん……」
軽く唇を噛んで、あゆは一度は俯き頷こうとしたが、
何かを言いたげにもう一度千鶴の顔を見上げた。
「あゆちゃんはスフィーちゃんの様子を見ていてあげて」
柏木千鶴は――――笑った。
「護身用に拳銃は持ってる。もし誰かが来襲してきても、何とかなるわ」
作り笑いにしてはあまりに自然な笑顔だった。

――もし、この笑顔が作り笑いでないのだとしたら。

妹を失った直後。そしてその殺人者である自分が横にいるのだ。
統率者として冷静でいなければならないのは判る。
だがそれにしたって、あまりにも不自然だ。僕は少し不安な気持ちになる。

この女性もまた、自分やこの島の他の人間すべてのように――何処かが欠けてしまっているのではないか?

僕はだが、そこで考えるのを止める事にした。
彼女が喩え壊れていようとも、僕にはどうする事も出来ないのだから。

七瀬彰と柏木千鶴が部屋を出ていって、すぐの事だった。
北川潤とG.Nは殆ど同時にその異変に気付いた。
「――おい、なんか、もう一つ、光点が近づいてきてるぜ」
「わかっとる、今すぐモニタリングするぞい」
――不安が過ぎる。正体不明のそれが、果たして一体何であるか。
自分たちの仲間となりうる存在だ、脱出したいと思っている生き残りだ。そうに決まっている。
北川は胸に走る不安を打ち消すように、何も映っていないモニタを見つめる。
梓とその光点の距離は数百メートル、だがその距離は見る見る詰められていく――
「よし、モニタリング出来るぞい」
その画面に現れたのは。北川は唾をごくりと呑むと、その男の表情を見つめた。
「おいっ、あのおっさんはっ」
来栖川芹香も同じように目を丸くする。
フランク長瀬。先程出会った、やけに無口な中年だった。
だが、その様子は。あれは何だ? あれは――
先に受けた印象とまるで違う。冷静沈着な感じのあったあの男が、今は
声こそ聞こえないが、何やら訳のわからぬ事を喚いているような様子である。
気が狂ったかのようなその様子は、先程までの彼からは考えられない。
あの男に、この短期間で何があった?

(――まずいぞ)
北川は親指の爪を噛みながら、誰にも聞こえない小さな声で呟く。
(このタイミングだと、千鶴さんと七瀬の彰くんが着く前に、あの男が梓さんを襲う形になるんじゃないか?)

当然だが、柏木千鶴も七瀬彰も敵襲がこんなタイミングで訪れるとは考えていないだろうから、
割とのんびりと歩きながら、柏木梓を迎えに行っている筈だ。
対して、あの男の移動は早すぎると云うほどではないが、それでも――。
そして、疲弊しきった様子の柏木梓。
敵襲に気付かないと云う事はないだろうが、それでも疲れから来る油断はある筈で。

(勘弁しろよ、これ以上人死には見たくないぜ)
北川は黙って立ち上がる。
状況を完全に理解しており、すぐにでも動き出せるのは自分だけだろう。
CDの解析は始まった、今俺に出来る事など一つもない。
それならば、脱出の為に行動をとるのは当たり前の事ではないか?
今この部屋にいる人間の中で、梓が、千鶴が、彰が危ないと直感的に理解できている人間はどれ程いるか。
来栖川芹香も気付いてはいるだろうが、おろおろとした様子でいるばかりだ。
やはり、俺一人で行く。北川は自分の武器、デザートイーグルを手に取ると、ドアを開けようとした。
「ふみゅ?」
その時、大庭詠美が奇異の目で自分を見た。気付かれたか。
G.Nやその他の人間もその声で自分の様子に気付いたようだった。
部屋には月宮あゆとスフィーを除いた全員がいる。
(ちなみにあゆはスフィーの様子を見に、隣の部屋へ行っていた)
さて、どうやって誤魔化そうか。
「――ちょいと便所行って来るわ」
北川は適当にそんな言い訳をした。
便所に行くのに武器を持っていくアホがいるか、と自分で突っ込みを入れながら。

「待ってっ」
引き留めるはやはり大庭詠美。さすがにこの言い訳は――
「トイレの場所判ってるのぉ?」
……いや、それだけかよ。ちょいと拍子抜けする。
「たぶん」
適当に頷くと北川は部屋を出る。そしてドアが閉まるのを確認すると、一目散に駆けだした。

「――……」
これといった会話もなく、割とゆっくりとした歩調で歩いていた僕と柏木千鶴が、
施設の出入り口の見える辺りまで到達した時だった。
後ろから誰かの駆けてくる音。振り返った僕と柏木千鶴は、その足音の主が北川潤である事を確認する。
「千鶴さーん! 七瀬くーん!」
何事か、と思い、僕たちは彼の叫ぶ声を聞いた。
掠れるような声だが、それでもその言葉の意味するものは簡単に理解できた。
「たぶん、敵が来てるっ! 梓さんが危ないっ――!」
その声を聞いた柏木千鶴は。
すさまじい勢いで床を蹴ると、彼女は僕と北川を置き去りに施設を飛び出した。

追いついた北川に僕は問い質す。
「敵?」
「ああ、さっきちょっと、色々あったんだ。その時、あのおっさんが」
「おっさん?」
「ああ、多分管理者側の人間だよ。七瀬くんも、もしかしたら何処かで見てるかも知れない」
無口で髭面の、変なおっさんだ。北川は息を切らしながらそう云った。
僕は、一つ息を呑んだ。

ガァンッ! と、拳銃の重い音が何度かした。
遅れて施設を飛び出した僕と北川がそこで見たものは。
銃を撃ちながら、鬼のような形相で戦う柏木千鶴。
「殺してやるっ――!」と、そんな呟き声も聞こえる。
そして、その傍らで倒れている柏木梓。
顔面は蒼白で、先程の疲弊しきった様子とはまた違う、何か危ういものをそこに感じざるを得ない。
そして僕の予想通り、髭面の男とは。
鋏を手に持ち、涎を垂れ流し、普段の彼からは信じられないような喚き声をあげながら、
「電波で貴様らを皆殺しにしてくれるっわはははははははははははははははは」
千鶴の放つ弾丸をかわし跳ね回る――自分の叔父、フランク長瀬だった。
その様子で大体の状況は掴めた。まずフランクが柏木千鶴よりも先にここに到着し、
疲弊しきった柏木梓を襲った。そして梓が倒れたところで千鶴が飛び出し、
そのまま戦闘となったのだろう。
止めなければならない。千鶴がフランクを殺してしまう前に。
別に叔父を助けたいと、それ程強く思うわけではない、だが。
叔父が、多分「最後」なのだ。

「叔父さんっ!」
僕は大声で叔父の名前を呼んだ。理性を失った叔父が、自分の声に反応するかどうかは微妙だったが――
「――彰?」

その声で、二人は止まった。
呆然と立ち尽くす千鶴は、思い出したように梓の元に駆け寄る。
「梓っ! 梓、大丈夫っ?」
梓は死んでいるわけではない。
その事に「漸く気付いた」かのようにさえ見えた。

「彰、か?」
先程までの狂ったような様子はその瞬間消え去り。
フランク長瀬は呆然と立ち尽くし、僕の目を見つめた。
「叔父さんっ、何してんだよっ――……」
フランクの目には、俄かに理性が戻ったかのように見えた。
「――何を?」
今まで何をしていたのか、判らなかったような表情。漸くにして、合点がいったかのような貌。
「電波による、復讐だ」
祐介の為の復讐だ。そう、云った。
「意味が判らないよ、叔父さんっ――」
いつになく饒舌な叔父の姿に違和感を覚えながらも、僕は必死に叔父に語りかける。
「ああ、俺は何をやっていたんだろうな、」
復讐をする相手は決まっていたというのに。

叔父はそう云うとあさっての方向に駆け出していってしまうではないか。
「あの少年を殺す為にわざわざあんな事までしたんだったな」
そんな言葉を言い残して。
理性が戻ったかのように見えたけれど、――その実、まだ何も戻っていない。電波とは何だ?
「待って、叔父さんっ――!」
だが、呼び止める声も虚しいだけだった。

僕は結局すぐには叔父を追う事が出来なかった。今はそんな事より、倒れた梓の方が心配だ。
僕と北川は、千鶴と、彼女に抱きかかえられ倒れている梓に目を遣る。
青ざめた顔の千鶴は、がたがたと震えた声で呟く。
「あずさ、あずさっ……」
うっすらと目を開けた柏木梓は、掠れた声で呟く。
「喋らないで、梓! 別にそれ程傷は深くない――」
「それは、判ってるんだけど、なんか、体が重いんだ、なんで、だろ」
傷は確かに小さなものだった。それが心臓の真裏にあるという事を除けば。
「この症状はは、――毒?」
毒だとしたら。心臓に近い位置に傷が出来るのは、致命的だ。
同時に、脳にも近い位置だ。毒の回りが早いのも頷ける。
横で北川がごくりと唾を飲む声が聞こえた。
だが次の瞬間には、彼女と同じように青ざめた顔ではあるが、それでも力強く北川は大声で喚いた。
「千鶴さんっ! 施設の中に応急処置用の薬品かなんか、たぶんあるだろっ! 俺ちょっと捜してくるっ」
そしておろおろとした表情の千鶴に叱咤するように、
「あんたは気丈でいろ! 絶対大丈夫だ、すぐに戻るっ!」
そう云った。
そのまま施設内に駆け戻ろうとして――北川は再び振り返る。
「七瀬の彰くん――あのおっさん、追いたいんだろ? 叔父さんなんだろ」
僕が躊躇しながらも頷くと、北川は手に持っていた大型拳銃――デザートイーグルを僕に放ると、
「行けよっ!」
そう言い残して施設の中に駆け戻っていった。

千鶴と梓をもう一度横目で見る。
ごめんなさい、心の中で一度念じる。大丈夫、すぐに戻ります。
――知らなくても良いとは思っていた。
だが、この企画の真相を知り得る最後の人間が自分の叔父だ。
何故こんな苦しい目に遭わされなければならないのか、そして、あの神奈という精神は何なのか。
それが、神奈を倒す為の手掛かりとなりうるのではないか。

僕は一度大きく息を吐くと、叔父さんが駆けていった方向につま先を向け、そして力強く大地を蹴った。


【七瀬彰                ――フランク長瀬を追いかける。武器は北川のデザートイーグル。
 北川潤 柏木千鶴 柏木梓   ――毒で倒れた梓を応急処置。北川は施設内に戻り、千鶴は梓の毒を抜いています】

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