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つよがり、そして誓い。


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――その赤い赤い朧月夜が、僕にとってあまりに綺麗だったから。
――だからこそ、僕は目を閉じる事が出来なかったのに違いない。



「神奈、備命」
僕は呟いた――自分のものとは思えないような、深い深い、深い声で。
それは怒りの声だったのか、それとも――喜びに震える声だったのか。
その長身痩躯の綺麗な顔をした見慣れぬ女。
彼女は、先程僅かの時間を行動に共にした少女、――スフィーという名の女の子にやけに似ている。
それに気付くのにそれ程の時間は要さなかったが、何が起こったのかを想像する事は出来ない。
ただ、スフィーという少女と目の前の女が同一人物であるという事は、なんとなく想像できた。
そして、彼女は。

赤い月が彼女を、世界を、闇の中にも関わらず、ひどく明るく染めていた。
それは、その光の所為だけではない。
彼女の横で胸から血を流し倒れていたのは、いつか何処かで会った傭兵だった。
彼の血で、スフィーは、いや、
神奈備命は、真っ赤に染まっていた。
それがどうしようもなく禍々しい。
僕は顔を歪め、細めた目でその貌を見つめた。
その視線に気付いたのだろう、神奈は、

瞬間、信じられない程――柔らかい笑顔を見せた。
人を殺した直後だとは思えぬ程の。

それは耕一と対峙した瞬間に走ったあの戦慄に似ていると、僕はうっすらと感じた。
だが、あの時と今は全然違う。
上手く言葉に出来ないが、あれは、耕一とはまるで違う。
共通しているのは、足が震え、今にも逃げ出してしまいたいと思う程の恐怖。


だが、あの時とは比べる事が出来ない程。
――僕は、落ち着いていた。

「面白いの、お主」
透き通るような、声。
「そんなに穏やかな目をしている人間は、この島の中では久し振りに見る」
一歩。また一歩。
その透くような声が、少しずつ近づいてきている。
「人殺しの目には見えぬな。――いや、」
一つ呼吸をして、
「人殺しだからこそ、そんな目が出来るのかも、の」
くすりと、神奈は笑った。

僕も進み出る。彼女との距離が一歩、縮まる。声が近づく。
「ああ、――お前、気付いてないのか」
一つ、呼吸をして。
「お前も多分、同じような目をしてるぜ」
僕は手の届く位置にまで近づいていた神奈の、その不思議に穏やかな声に――。
「――人殺しの目だ」
言葉を返した。

銃を放てば間違いなく命中、絶命する、そんな恐ろしく近い距離に二人は立っていた。
息づかいが聞こえる。自分と違い殆どその息は乱れる事も無く、神奈は未だに余裕の笑みを崩さなかった。
格好悪いぜ、七瀬彰。こんな心臓の動悸で落ち着いて行動できるのか?
神奈の笑みから一瞬たりとも目を離すことなく、僕は自分に言い聞かせるように心の中で繰り返す。落ち着け、彰。


「ずっとこの島での、人間達の戦いを見せて貰っていた」
ふと、神奈はそんな事を言った。
「ああ、本当に面白い余興じゃったよ」
その言葉は、自分を激昂させる為だけに呟いているのだろうか? だが、そんな事で冷静さを失うように見えるかい?
「長瀬の人間も、ふぁあご、とか云う組織も、よくぞ余の為にここまで働いてくれた、と思うわ」
そんな事が聞きたいわけじゃないぜ。
「何が云いたい。――もう、僕にはお前の話を聞いてる時間はないんだ」
「――お主の事も見ていたよ」
ふと、神奈は云った。
その笑みはまるで崩れていないのに、だが――先程までの笑みとはまるで違う、笑みだった。
「最初は小さな女の子を護っていた、それから爆弾を操作する施設を、単身で破壊した。
 更に、全身に大怪我を負いながらも高槻を殺し、長瀬源三郎を倒した」
神奈は続ける。
「その後、お前は人外の血を摂取する、そしてそこから奈落に落ちていく。
 自分の本来の意志とは違うもの――いや、本質的には同じものかも知れぬが――に、お前の身体は支配されていく。
 ――――――それは、信じられないような豹変だったの」

「何が云いたいッ」
神奈の言葉の意図が掴めない。僕は苛立ちを覚えて言葉を吐く。
だが、神奈は無視して自分の話を続けた。
「そう――お前はこの島に最初連れられてきた時と比べ、圧倒的に強くなった」


そのあまりに冷たい笑顔と、その背後で輝く赤い月が、あまりに美しい。
あれ程に赤く、大きな月を見ていると。
何か、不吉な事が。
僕はその不安を振り払うように大声を出した。
「それがどうしたっ! 時間がないんだよ――っ、お前をその女の子の身体から追い出して、」
言葉に耳を貸すな、あいつをスフィーの身体から――

そこで、僕は呆然とした自分に気付く。

未だ――手段は見つかっていないじゃないか。僕自身の身体に神奈を転移する方法が。
そして、神奈の乗り移った僕を殺せる人間も、神奈を殺す為の武器も、傍にはないのだ。

「どうするのじゃ? どうやって余を、この身体から追いやるというのじゃ」
それは、本当に透くような笑顔。
「余は今、この身体に完全に執着している。この身体を殺すでもしない限り、どうする事も出来ぬぞ」
千鶴は、或いは梓は、耕一は。僕は神奈の言葉を聞きながら、唇を噛む。
誰かが傍に来ていないだろうか。
すぐ後ろで誰かが僕を、援護してはくれないだろうか。
だが、神奈から注意を外してはならない。
外した瞬間に僕の意志は断たれてしまうだろう。こんな所で、
誰でも良い、来てくれっ――

「この距離ならば、この武器を使い慣れていないとは云え――余は外さぬぞ」
神奈が囁いた。
だから僕は――つよがるように、云うしかなかった。
それが、僕の誓いに反しているとしても、今はそう云おう――
「その子を殺さなければ、お前を倒せないのなら。喩えその子を犠牲にしてでもッ――」
唇を噛んで。
「お前を殺す」
吐き捨てた。


「ふふふ、それで良い」

神奈の笑みは、まるで僕の心の中を見透かしているように思えた。
事実、見透かしているに違いない。

カチャンッ!

次の瞬間、互いの脳天に互いの武器が中てられる。
殆ど同じ瞬間に、引き金が引かれる。
引け。
僕は多分、目の前の女よりも優れた重火器の技術を持っている。
ここまで生き残ってきて、僕は多くの事を経験したのだから。
僕は、神奈の言葉を借りれば――変わったのだ。

変わった筈なのだ。



――――――ガァン、と一つ、重い音がした。



それは、二つの武器が鳴らした音にはとても思えなかった。


「――――――変われるわけがないのだよ」
神奈は笑みを崩さず、そう呟いた。

激しい痛み。痛みと云うよりそれは、何処かしら空虚な、何かを失った時の哀しい気持ちに――似ている。
――左側頭部から、多分、生き残る事が出来ないだろう程の、血が流れていた。
僕は結局、引けなかったのだ。
引き金を引く代わりに、相手の攻撃をかわす事に専念した。
直撃こそかわしたものの……多分、この出血では、僕は、
畜生、僕は、変わった筈じゃ、ないか?
目の前にいるのは、誰よりも、

「この島の中でお主は本当にたくさんの事を経験したの。だけどこの殺し合いは、」
ほんの三日間の、短い時間に過ぎぬ。
お前の二十年に比べれば、この三日など一瞬にしか過ぎぬ。
元来、憎くもない人を傷つけるような事など。
悪くない人を傷つける事など、出来ない人間なのよ。
神奈備命は。
「豹変など、日常に比ぶものではない」

――微笑った。

――そう。
僕は、その点で、甘かった。
神奈は殺したかったけど――スフィーは、殺せなかった。
彼女もまた、共に帰る為に、闘っていきたかった、仲間だったのだから。
ああ、畜生。


僕は誓いを思い出している。
決して殺人鬼になどなるものか、と、初音の前で誓った事を。

初音、僕は殺人鬼にはならなかったよ。
だけど。
君の敵を討つ事は、出来なかったみたいだ。

神奈備命が、遠ざかっていく。
僕が、殺さなかった所為で。
誰かが殺されてしまったのなら、
僕は、どうすれば良いのだろう。

ごめん、千鶴さん、耕一、梓さん、――初音ちゃん。

「彰っ――!? ――何がっ!」
耕一の声、だろうか、駆け寄ってくる音が耳の遠くで聞こえる。
ああ、畜生、
どうせなら、お前に、殺して欲しかったのに。あの憎い神奈ごと。
そんな我が儘も赦してくれないのが、この世界か――。
そこで僕の意識は途切れていく――諦めの気持ちと、自分の弱さを実感しながら。




【七瀬彰 神奈に頭を撃たれて、致命傷は外すものの意識を失う。柏木耕一と再会するも――】
【神奈備命 スフィーの身体を繰り、惨劇を繰り返す為に歩き去る――】

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