線路の上を


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 烏のことなど忘れて、ディスプレイに見入る。
 CDを発動させることが、この状況においての北川にとって唯一の役目といってもよかった。
 偶然から手にしたそれは、とても大きな意味を持っていて、もうすぐ『時』が来る。
 不安も当然、ある。だが、この緊張感は悪くはなかった。
 たくさんの人と出会って、自分が彼等の助けになれる。
 悪くはなかった。
 ただ……、
(スフィー……無事でいるだろうか……)
 それだけがどうしようもなく不安で、今は祈るしかできない自分が、悔しかった。


(本当に、そうであるか?)


 唐突だった。
 視界が暗転し、全ての感覚が拡散してゆく。
 一瞬の、けれども遠い旅の先、ばらばらになった自分が再構築されていく。
 そこは……彼にとっての地獄だった。

『……相沢君、恨むわよ……』
 香里はナイフを刺され、地面に倒れ伏し、死んでいた。

『ア…ジュン…ワタシ…』
 もう一人の自分の腕の中、レミィは息を引き取っていた。

『…みんな……負けるなよ………俺みたいに…な……………』
 「俺」が殺した。

『きゃああああああああああああっ!』
 間に合わなかった。

(なんだよっ! なんなんだよ、これはっ!?)
 眼前で、中には見たはずのない光景が繰り返される。
 瞳を閉じようにも、閉じられない。元々肉体はなく、心に直接映る映像だった。
(やめろっ、やめろよっ!!)
 だけど目は逸らせない。
 肉体のフィルターを介さずに直接響くそれは、現実よりも、遥かに過酷な不快になって襲いかかってくる。
 或いは、これこそが『本物』なのかもしれないが、今の北川にとって、そんなことはどうでもよかった。
 香里の後悔、レミィの諦め、祐一の空虚、スフィーの絶望。
 何もかもが心に共鳴する。

 逃げ出したかった。
 逃げられなかった。

「北川さんっ!」
 突然頭を抱えて苦しみ出した北川に、観鈴は駆け寄った。
「北川さんっ!? 北川さんっ!?」
『無駄じゃ。おぬしの言葉は届かんぞ』
 不意に、声がした。
 顔をあげるとそこに、一人の少女が、いた。
 気品を漂わせる衣を身に纏い、背中からは翼が生えて、宙を浮いていた。
「あなたは……?」
 どこかで出逢ったことがある、と観鈴は思った。
 だがそれは、日常の中で見かけたというレベルではないはずだった。
 何かもっと超越的なもの。例えば前世というものがあるなら、そういった次元での話だった。
 そのことよりも、この少女を見て観鈴が感じたこと、
(わたしと同じ、ひとりぼっち……)
 いつも外から、輪を見ている。自分はその中に入ることは、決してできない。
 それを知っている目をしていた。そんな気がしていた。
『そろそろいいかの』
 観鈴の問いかけを無視して言う。
 同時に、北川の体が崩れ落ちた。
「北川さんっ!?
 な……何をしたんですかっ!?」
 驚くほど声が出た。どんな時も、大抵は他人に遠慮してしまうのに。
 目の前の得体の知れない相手が自分と同じであるという根拠のない認識が作用したのかもしれなかった。
『解放しただけじゃ』
 冷たく言い放つ。
「……誰だ……何しやがる……」
 倒れたままの北川が少女を睨み付ける。
『あのままでは話ができないからの。
 おぬしは、あれを見て何を感じた?』
「何……?」
『死んでいた者達の苦しみがわかったであろ?
 この島では、それがあちこちで起こっておる。
 なら、おぬしは何で生きているのじゃ?』
「どういう意味だ……」
 何を言われているのか、理解できなかった。
『この島には普通ではない人間もいたのじゃ。
 皆、自分や誰かの為に戦い、命を落とした。
 おぬしはどうじゃ? 考えてもみるがよい。
 殺し合いの実感が涌いたのはいつであったか?
 周りの親しい人間は命を落としていった。
 だが、なぜ自分だけは常に都合良く危険を回避できたのじゃ?
 脆弱な存在である、おぬしがじゃ』
「……結局、何が言いたい」
 口ではそう言いつつも、少しだけわかったような気がした。
 つまり、こいつは……

『何もかも予定通りなのじゃ。おぬしがその円盤を手にしたときから。
 この時のために運び役にされたのじゃよ、姿のわからん誰かの手によって。
 こうなることは始めから決められていた。だからおぬしは死ななかった。
 誰かにとって、それは都合の悪いことだったからの』
「……ふざけんなよ。俺はそんな神様みたいなよくわからん奴に、いいように操られてたってのか……」
『そうじゃ』
「俺に都合のいいように、全部仕組まれたってのか……
 そんなの納得できるわけないだろうが!!」
 ゆっくりと、ゆっくりと起き上がりながら、叫ぶ。
 少女はそれを冷たく見下ろしながら告げた。
『事実は事実じゃ。納得するしないの問題ではない』
「ふざけるなっ!!」
 銃を少女の方に向ける。
 向けながら思う。この少女の言うことが、もしかしたら正しいのではないかと。
 鮮明に見せつけられた『死』のビジョン。
 自分は、それからあまりにも遠い所にいた。
 確かに、偶然と呼ぶには都合の良すぎるほどに。
 少女の言うことが正しければ、確かに辻褄が合うのだ。
 もし本当なら……そんな前もって敷かれた線路を用意した奴らを許すわけにはいかなかった。
 俺達は、操り人形じゃ、ない。

『復讐する方法ならあるぞ。
 その円盤、今ここで無力化してしまえばよいではないか』

 少女の提案に、自分の心が大きく動くのが、わかってしまった。

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