遺書。(a Last Episode for Akira.)


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僕は。
――その、次第に薄れていく光の中で、何を見たいと思ったのだろう。

辛うじて、まだ生きているんだな。
その事実に気付く事が、果たして幸せなのかどうか。
幸せだと信じよう。僕のココロは、事実、ひどく充たされているから。
先程、耕一に最後の言葉を伝えたのが記憶にあった。
けれど、僕が本当に伝えたかった事を彼が受け入れてくれたかどうかは、判らなかった。

僕の傍に駆け寄ってくる影が、一つ。
その正体が誰かと見れば、なんの事はない、この島の中で見飽きる程見てきた友人の貌だった。
「彰っ――――――――倒したぞ、神奈を」
そうか……矢っ張り、お前は強いな。
僕の力じゃどうにもならなかった事を、お前は為し遂げてくれた。
僕の代わりに初音ちゃんの仇を取ってくれて、

(ありがとう、と云いたかったんだけど)

生憎だけど、声も出ない。
土に文字を記して、その意を伝えようと思ったのだが、生憎手も動かない。
「――畜生ッ」

何だよ。そんな貌をするな。お前は勝ったんだぜ、この長い長い戦いに。
神奈を倒したんだ。そう言う貌をするな。僕が死ぬくらい、大したことじゃない。

ああ、まだ、お前の貌が見える。
お願いだ、僕の喉よ、もう少し動いてくれ。
どうか、言葉を告げさせてくれ。
本当に伝えたかった事を、告げさせてくれ。
――奇跡は、皮肉なカタチで訪れるもんだ。
最後の瞬間になって漸く喉に力が戻ったのだから、皮肉としか云いようがない。
もう少し早く体力が戻ったなら、もっと色々話せただろうに。
まあ――言葉が出せるだけ有り難い。
――僕の身体の中にいる初音ちゃんが、最後の力をくれたのだろうか?

「初音ちゃんは、護れなかったけど」
「彰ッ――――――」
喋るな、と云う声がする。馬鹿野郎。今喋らないで何時喋るって云うんだよ。
「何も、護れなかったけど」
「彰ッ!」
「後は、よろしくな」
――そう。
僕は、せめてお前には、ずっと、ずっと。

生きて欲しい、と。

どうか、生きて欲しい。





「彰、喋るな!」
俺は血塗れになって瀕死の、血が溢れ出てくる口をぱくぱくと動かしながら喋る彰の言葉を聞く。
もう少しだけ早く来れば、お前を死なせずに済んだかも知れない。
頭を過ぎるのは彼と過ごした僅かな時間。
短い時間ではあったけど、互いに尊敬しあい、信頼し合う事が出来た、この島で出来た友人。
途中から壊れていく彼を、それでも見詰め続けてきた俺は。
今こうして、多分「正常」に戻りつつあり、そして再び壊れていく姿を見続ける事が、つらかった。
千鶴さんも失くした。
そして、この島で出来た、大切な友人も、ここで――失われてしまうのか?

だが、どれだけ苦痛であっても。
目の前の男を見続ける事は、つらい事であっても。

この男と、出来るだけ長い時間を共有していたいと、俺は思うから。

「後は、よろしくな」
彰は、そう呟いた。
俺は溢れ出る涙を拭う事すら出来ず、それでも。
「ああ、任せろ! 任せろ、彰ッ」
俺は何度も何度も首を振って、その失われていく彼の体温を出来るだけ長く、長く感じようとした。
抱き上げた彼の身体は、どうしようもなく軽かった。
そして、すべてが失われていく事を知った。





言葉は託した。これで、多分、僕は終わりになるのだろう。
きっとすぐに意識が消えていく。
意志も、願いも、全部、消えていく。
この島を出て、初音と共に生きていこうと思っていた意志。
どんなにつらい事があっても、乗り越えていきたいという願い。
それらは、霧のように儚いもので、霧のようにあっさりと消えていってしまうけれど。
それらを、全部、託そう。
目の前にいる、強い強い男――柏木耕一に。

僕は、震える手を耕一の頬に伸ばす。その温度は、暖かかった。
「ああ、任せろ! 任せろ、彰ッ」
強い声で、耕一は云ってくれた。
それで満足だった。





「――耕一、僕たちは友達だったよな?」
闇雲に突き出される手を、俺は強く強く握り締めた。
最後の体温を逃さぬように、強く強く。
「ああ、友達だったよ。俺たちは、友達だったよ!」
泣いているのを隠そうとはしなかった。
――どれだけみっともなくても構うものか。今泣かないで、何時泣けと云うんだ。
長い緊張が途切れ、きっと俺の精神は完全に弛緩していた。
溜まっていた涙が止めどなく溢れ出る。
これ程の水分が俺の身体にあったのか、と云う程に、それは彰の頬を濡らし続けた。
「絶対忘れない、絶対忘れないからッ!」
俺は、言葉を吐いた。溢れ出る言葉を、すべて、すべて目の前の友人にぶつけた。
「お前と会えて……良かった」
彰が、震える唇でそう、明瞭と云ったから。
俺は、耐えられなくなって、次第に力が抜けていく彰の身体を、もう一度強く抱き締めた。
「俺もッ――――――会えて、良かった」





――ヒトが生きていけるのは。
何かを信じる事が出来るから、そして、
くだらない事を語り合える時間があるからだ。

――初音ちゃん。すぐに、君の所に行くよ。同じ所にいけるかどうかは判らないけどね。
それでも、絶対にここよりは近い場所だ。

――最後に、語れて良かった。
ありがとう、こんな絶望的な戦場で、お前に会えて、本当に良かった。
本当に、ありがとう。

込み上げてくる嗚咽を抑えようとしながら。僕は云った。
それが最期になった。




「またいつか何処か、ここじゃない何処かで会えたら、――――――――――良いな」




【068 七瀬彰 ――――――――――――――――――――――――――閉幕。】

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