いつかの約束


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 光は収束していき、事態は一つの決着を見たようであった。
 それから、沈黙が長く続いた。
 皆、事が一段落したことで自失状態にあったのだろう。
 しかし、やがて人は動き出す。
 生きている限り、人は動かねばならなかった。



「神奈、神奈、神奈ッ。全部そうなんでしょうっ!?」
 最初に動き出したのはマナだった。
 それに気がついた晴香が、改めて彼女に詫びようとしたが、マナの言葉がそれを遮った。
 マナの声はやや硬質だったが、そこに晴香を責める色はない。
 ただ、自分に理解できないモノに翻弄された、そのことに対する憤りが隠せないのだ。
 そして、それによって多くの人が傷つき、命を落としたことにも深い憤りを覚えている。
 七瀬がそれを読みとり、晴香に視線を送って頷く。
 晴香も七瀬の視線を受けて口を閉じた。
 マナは、晴香の態度に一度だけ大きく頷く。
(……でも、そう。何よりも今は、生きている人のことを考えなくちゃね)
 マナは、施設からもっとも離れた場所で地に伏す耕一を見やる。
 皆が皆、満身創痍だ。
 ……あゆだけは例外だったが。
 目の前の危機が去ったとはいえ、いや、去った今こそ、皆に治療をほどこさなければならない。
 その為には医務室に皆を運ばないと。
 幸いというべきか、唯一の男手である耕一の傷は、皆の中ではまだ少ない方だった。
「二人とも、そこでじっとしていてよね」
 マナはもう一度だけ振り返り、そう晴香と七瀬に言い置いて耕一の方へと歩き出す。
 切り裂かれた衣服を左手でかきあわせるようにして。
 傷は確かに痛んだ。
 しかし、裂傷からの出血は思いの外少なく、むしろ打撲傷による痛みが続くことの方が、より苦痛だった。
(こんな傷を胸に負っていたら、ふつうの生活、ふつうの恋なんて、できないかもね……なんて……)
 誰に向けるでもなく、寂しげな笑みを僅かに浮かべて。
 でも、そんな感傷も今は後回しにして。
 マナは痛みをこらえて、前へと歩き出す。



「耕一さん!!」
 すぐ近くから聞こえてきたマナの呼びかけに、耕一はやっとの事で顔を上げた。
「ごめん、マナちゃん。俺は、俺には誰も救えなかったよ……」
 そういって再び俯むこうとする、耕一。
 その耳を引っ張って向き直らせる、マナ。
「言い訳は、後から聞くわ。だから。……取りあえず、今は生き残った人たちのことを考えないと。下の医務室で、最低限の治療だけでも施さないと……」
「あ、ああ……」
 ぼんやりとうなずく、耕一。
 うなずいた上で、もう一度地面と向き合う。
(考えなければならないこと、考えたいこと、考えたくないことは山積みだった。しかし、今は体を動かそう。皆が皆、傷ついてる。個人的な感傷を今は、忘れるべきなのかもしれない……)
「本当に、強いな、マナちゃんは……」
 そうつぶやいて。
 しかし涙を流しながら、耕一は立ち上がった。
「わたし、強くなんか無い。……けど、耕一さんは男なんだから、みんなをひっぱってってほしいから、簡単に泣かないでよねっ」
 マナに言いとがめられても、耕一は何も言えなかった。
 泣いているのは耕一だけじゃなかったから。
 マナもまた、涙をとどめることができていなかったから……。



 
 
 
 ──医務室にて
 
 全員の治療は何とか一通り済んだ。
 梓も、あゆも、七瀬も、晴香も、繭も、耕一も、皆思い思いの姿勢で体を休めている。
 マナもまた、部屋に壁に体を預けて、座り込んでいた。
 聞きかじりの知識と、あり合わせのの道具とで、できる限りの治療を施した。取りあえずは、何とかなったのだろうと思う。
 本当のことは何一つ分からないけれど、自分のできることは全てやったつもりだとマナは思った。
 けれども、皆が大量の血を失ったり、大きな怪我を負っている以上、なるべく早くに正規の治療を受けた方がいいのは間違いないだろう。
(自分も含めて、ね……)
 本当に、自分の知識が不足すぎて、狂おしいほどに悔しくて。
 マナは深くため息をついて、今度は視線を宙に向ける。



 こんな状態になって、はじめてやっと、分かった。
 わたしがこの後どうするべきか。
 何をしたいのか。
 ……藤井さん、覚えてる?
 藤井さんのもとから去ったときに、わたしが言ったことばを。
 『必ず自分一人の力で何かを成し遂げて、お姉ちゃんにも向き合えるような一人前の女になったとき、藤井さんの前に、また姿を現す』って……。
 でも、あのときのわたしに、何かを成し遂げるなんて、そんな展望なんかなくって。
 格好いいこと言ったつもりだったけど、お姉ちゃんに勝てる目算なんかなくって。
 結局わたしは逃げ出すための口実を欲しただけだったのかもしれなかった……。
 あの後も、『自分が納得のいく何か』なんて見つけられないまま、この島に連れてこられて、殺し合いを強制されて、気持ちの整理もつかないままに藤井さんとお姉ちゃんに再会して……。
 色々、本当に色々なことがあった……。
 でも。だからこそ、今のわたしにははっきりとした目標がある。
 目指して、努力すればいつか必ずかなえられる、かなえなきゃならない目標が。
 藤井さん、わたし絶対にお医者さんになる。
 聖さんみたいに、どんなときにでも笑いながら人を救えるような。
 そう、私はお医者さんになって、いろんな人の命をできる限り救ってみせる。
 それがわたしの成し遂げることなんだ。
 だからこの島を、生き残ったみんなと一緒に脱出する。
 そして、その時こそ……。



「その為にはまず、この島を抜け出さないと……」
 マナは呟いた。
 それを聞き取った耕一が言葉を続ける。
「そう、脱出方法なんだけど、まだ決定打がないんだ。誰か一人を残して爆弾を吐けば、何かしらの迎えは来ると思うんだけど……」
 それでもし、迎えが来ても無事に帰れるのは一人だけだった。
 あるいはそいつらの乗り物を奪って、という手段もないではなかったけれど、これ以上、人が傷つくのを見たくないと言う気持ちもある。
 逆に、自分たちをこのような状況に追い込んだ者たちへの憤りも、依然としてあるが。
「あ、それだったら……」
「解決策があるわ」
 七瀬と晴香だ。
「そういえば!?」
 マナと耕一の声が重なる。
「そう、高槻の残した潜水艇。実はまだ、指紋照合の問題が残ってるんだけど、一応それらしいモノも手にしてるし」
 脱出手段の浮上に沸く一同の中、北川のことを思い出す七瀬と晴香。
 二人を手首狩り人呼ばわりして戯けた、あの男を。
(本当に騒がしくて、愉快な奴だった。そして、そのおちゃらけた態度の奥底には、強い意志も併せ持っていて……)
 僅かばかりの間、故人をしのぶ二人。
 いや、各人がそれぞれ七瀬と晴香につられるように、様々な故人へと思いを馳せた。
 医務室の中はしゅんと静まった。



 脱出の手段が提示されたことで、とりあえずの命題は解決されたことになる。
 しかし、脱出手段の目処がついたとしても、皆がそれぞれ、多くのことをこの島でやり残している……。
 それぞれの抱えるその命題を何処まで重要視するのか。
 そして、島を出た後で。
 それぞれがどうやって生きていくのか。
 全てが重く。
 全てが容易には片付かない。
 ゆっくりと、重い時間が流れていく。

 結局、『本当はもう一個、物騒な手段もあるんだけどね』という言葉は、七瀬の胸にしまわれたまま。
 その口をついて出ることはなかった。
 
 
 
 さて、どうしたものかな……。
 
 
                 【 残り 7人 withタカツキーズの手首×3 】
                        【 生存者、全員が医務室に集合 】
                        【 遺体その他はとりあえず放置 】

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