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岩切はまだ状況が把握できなかった。
弓を持った黒髪の女が消え、かわりに男が出てきた…
あの炸裂音は…?
男…浩之の右手には拳銃が握られている。それを見ておおよそ見当がついた。
「よぉ雨合羽、大丈夫だったか?さっきの女の子だったら、コイツをぶっ放したら逃げていったぜ」
男の馴れ馴れしい態度が気に食わなかったが一応は命の恩人である。礼くらいはすべきだと岩切は判断した。
「そうか、助けてもらった事には礼を言う。だが、それだけだ。さらばだ」
まわり中敵だらけのこの状況…不用意に他人と関わりを持つことを避けるべきだと彼女は打算した。
岩切は立ち上がり、お尻についた土をパンパンと払うと、きびすを返し歩き出した。
「おいおい待てよ、そんな怪我でどこ行くんだよ?あーあ、血が出てんぞ」
「怪我?フン!こんなカスリ傷一つにいちいち手間を取る必要は無い。これ以上私に関わるな」
彼女のふくらはぎには彩の放った矢が突き刺さっている。そこからは鮮血が絶えず流れ出ている。
誰がどう見てもあきらかにカスリ傷ではない。
「何でそんなに強がってんだ?本当は痛いんだろ?無理すんなって」
「痛くなどない!軟弱者め!これくらいの手傷を見ただけで騒ぎ立てるな!」

もちろん彼女は痛みを我慢している。浩之はふいに、委員長…智子のことを思い出した。
岩切はそんな痛みを振り払うように荒々しく歩き出そうとしたが――――
グラッ
足に力が入らない…岩切はその場でぺたりとしりもちをついた。
「うぅ…」
「アレ?痛くないんじゃないのか?何で歩けないんだぁ?」
浩之がいじわるっぽく訊く。
「う、うるさいっ!痛みなどない!歩けないのではなく歩かないのだ!」
ここまでくると、子供のワガママと一緒である。
浩之は自分のYシャツを引き裂き、布キレを作った。そして、傷ついた蝶の元へ歩み寄る
「…ったく、しょーがねぇなぁ。どれ、見せてみろよ、よっこいせっと」
「あっ、貴様!よせ!!何をする!?」
浩之は岩切の白く澄んだ足を持ち上げると、刺さっている矢に手を伸ばした。
「何って、矢を抜くんだよ。…ていうかお前、フツー裸足で外歩きまわんねェだろ。しっかし、キレーな足してんなァ」
「余計なお世話だっ!私の足に触るなぁ!」
じたばたもがく岩切だったが、男の腕力にはかなわない…岩切の脳裏に『貞操の危機』という単語が浮かび上がる。
だが、男は意外にも紳士だった。
「矢、抜くぞ。痛かった痛いって言えよ…」
「だっ、誰が弱音など吐くものか!抜くのならさっさと抜け!」
浩之は『あっそ』と言いたげな表情を浮かべると、一気に矢を引き抜いた。
ズッ!ドクドクドク…
矢を抜くと、どっと血が流れ出した。
「うぁっ!見ろ!貴様のやり方が悪いから、傷が悪化したではないか!責任を取れ!」
「ホラ暴れんなよ、布が巻けねぇだろ…っと!これでよし!
 しっかし、保健体育の授業がこんなところで役に立つとは思わなかったな」
浩之は布キレを岩切の足の傷口の部分と、その上の部分に縛り付けた。
怪我の応急方・出血部位の圧迫と、心臓に近い部分の圧迫である。
「一応出血はこれで抑えられると思うけど、しばらくは歩けないだろうな」
「う、うむ。感謝する。さらばだ」
「待てって、そんな怪我じゃ歩けねぇだろ。…背中、貸してやるよ。乗れよ」
「…勘違いするな。私は貴様と馴れ合うつもりはない…ただ、貴様を利用するだけだ」
そう言うと岩切は、浩之の背中に身をまかせた。
「おおっ!?お前意外と……」
「??…意外と…何だ?」
浩之の口から思わず本音が出そうになった。
「いや、何でもない…あ、そういや名前、まだ聞いてなかったな。俺、藤田浩之」
「…岩切…花枝だ…」
「へぇ〜、花枝ちゃんかぁ」
「!!…その呼び方はやめろっ!」
心なしか、岩切の頬が赤くなった
「花枝ちゃん、その雨合羽脱げば?こんな暑いんだし、顔もよく見えねぇしさ」
「断るっ!」
岩切はきっぱりと言い放った。

【岩切の怪我 快方へ】
【岩切 浩之におんぶ】

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