月光


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森の中を小走りに駆けていく一つの影。
「きゃ!」
がそれは直ぐに何かにけつまずいて派手に転んだ。
手に持っていた鞄だけはなんとか手放さない様に強く抱きしめている。
「はは、痛いよ……」
力無く呟いて川名みさき(028番)はおでこをおさえながらゆっくりと立ち上がり今度はトボトボと歩き出す。

もう何度目だろうか。

何度も転んだり何かにぶつかったおかげで制服は泥まみれな上に体のあちこちに痣が出来ていた。
目が見えない自分は知り合いでない誰かに見つかったら確実に、簡単に殺されてしまうだろう。
だからゲームのスタート地点からはなるべく遠くに離れてどこかでじっとしていよう。
そう思い手探りと足の感覚から森らしき所へ来た、というよりほとんど迷い込んだ形で
ここへ来たのは良かったのだが、やはり思うように進めない。
目が見えない事には慣れたつもりだったが見知らぬ世界の闇の中では徐々に、
真っ白な半紙に垂らした墨汁が広がっていくが如くドス黒い恐怖が心を支配していく。
吹きすさぶ風が、木々のざわめきが誰かの狂気の声に聞こえる。

これは幻聴なのだろうか?

本当は今正に誰かが自分に襲いかかって来る所なのではないだろうか?
見えない恐怖に駆られて歩きが早歩きになり、その恐怖から逃げ出すように段々と小走りになりついには走り出してしまう。
勿論こんなぬかるんだ上にでこぼこした地面を闇雲に走っているだけなのですぐに何かにつまずいたり樹に頭をぶつけたりと
物理的に走るの止めざるを得ない状況になり、今度は慎重に歩き出すのだが……結局は振り出しに戻って同じ事の繰り返し。

こんなんじゃ誰かに殺される前に自分の不注意で死んじゃうかもね。

そう次に足を踏み出した先は崖になっているかも知れないのだ。
駄目だ、じっとしていても動いていても怖いことには変わりない。
自分はこの先どうなるのだろう……怖い……あの学校に帰りたい、浩平君に雪ちゃん澪ちゃんに逢いたいよ。
みさきは鞄を抱きしめながらその場にへなへなと座り込んでしまった。


どれぐらい地面にうずくまっていたのだろうか。
いつもの自分なら歓迎すべきある感覚が沸き起こってくる。
まったくこんな状況でも……いやこんな状況だから……

突然自分の後ろの方から何か物音がした。
木々をかき分けて誰かがこちらに向かって来ている。
恐怖で全身が硬直して動けなかった。

駄目だ、このままじゃ見つかっちゃう、早く立ち上がって逃げなきゃ。
でも何処へ?
どうやって?
私は目が見えないのよ。
逃げ場所なんて分からない。
ここで素直に殺されてしまえば楽になるかも知れない。
もう恐怖に心が苛まれる事はない。
ふとそんな誘惑に駆られた。
そうだよ、100人の中から、島の広さがどれくらいあるのか分からないけどバラバラになった
たった3人の知り合いに出会う確率なんてたかが知れている。
会えっこない。苦しい思いをするくらいならここで死んだ方がましだ。
足音が段々近づいてくる。それでも私はうずくまったまま動けない。
近くにいるその誰かが息を飲むのが分かった。
私に気が付いたのだ。
そして慌てて何かをガチャリと構える音。荒い息づかいが聞こえる。
カタカタと何かが鳴っている。震えている?

そして静寂の中響きわたる銃声と何かが破裂する音。
パラパラとみさきの頭上に砕けた木の屑がパラパラと降り注ぐ。

「は、外れた……次は、あ、当てます」

か細い声が聞こえた。女の子なの?
このまま私は殺されるの?
このまま浩平君にも、雪ちゃんにも澪ちゃんにも会えずに、こんな所で一人見知らぬ誰かに殺される……
そんなの、そんなのやっぱり……嫌だ!
駄目だやっぱり私は死にたくない、いや殺されてたまるものか!
それに実はさっきからある思いに駆られているのだ……
私はあちこち痛む体に鞭打ってすっくと立ち上がった。


「う、動かないで……下さい」
相手がよりいっそうカタカタ震えているのが分かる。
とにかく全力で逃げるんだ。
いつもの様に、掃除道具を持って追いかけてくる雪ちゃんを振り切るくらい早く逃げるんだ。
私は相手が居ると思われる場所の反対方向に思いっきり駆け出した。
直後何かに激しくぶつかった。木だ。
勢いをつけていたもんだから横へとはじき飛ばされ派手に転んでそのまま倒れてしまう。
なんとか鞄は手放していない。

はは、やっぱり日頃の行いが悪かったのかなぁ、いきなり立ち上がって木に向かって走り出し
思いっきり激突した挙げ句に倒れるなんて、まるっきりギャグマンガだよ。
向こうも吃驚してるかもね。
いや呆れられてるかな……でもまだだ、とことん逃げなくっちゃ。決めたんだ私。
また立ち上がらないと。

「な、何なんですか貴方……う、撃ちますよ、じっと、じっとしてて下さい」
女の子が困惑している。御免ね、あなたに殺されるわけにはいかない。

再び立ち上がろうとしたその私のすぐ後ろから銃声が聞こえた。
そしてこちらに向かって走ってくる足音。
「先輩、逃げるぞ!」
昨日も、一昨日も聞いたハズなのに懐かしいと感じる声がする。
「え?」
混乱している私の横でもう一度聞こえる銃声。
倒れたままの私をすばやく抱きかかえたその人はそのまま颯爽と走り出していた。

残された場所に呆然と立ちつくしていた影は手にしていた銃を取り落としがっくりと膝をついた。
別にどこかを撃たれたわけではない。
さっき現れた男が放った2発の銃弾はどちらも威嚇的なものだったのか自分とは見当違いの方に放たれている様な気がした。
自分を殺す気はなかったのかも知れないし単に射撃が下手なだけだったのかも知れない。
尤も自分も体が震えて体がいうことを利いてくれなかったのでもう一度銃を撃つ事など出来なかったのだが。
「う、うう……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
そして頭を地面につけて大声で泣き出す。
「わ、私どうすればいいんですか……相沢さん、まこ……と……うう……」
天野美汐(005番)はその場にうずくまっていつまでも泣いていた。



一体今現在何が起こったのかよく分からなかったがどうやら助かった様だ。
抱きかかえられたままのみさきはそんな事を考えていた。
懐かしい匂い。会える事なんてないと思っていた人。ただ嬉しかった。
「追ってはこないみたいだな……」
しばらく走っていたその人が立ち止まる。息が荒い。
「ふぅ、流石に限界だ、先輩ちょっと下ろすよ」
「うん……御免ね。重かった?」
「少しな」
「うー」
自分の足で立つことになった私。
でも片方の手は今もしっかり握られている。
「えっと……浩平君……なんだよね」
雲がはれ月明かりに映し出されるみさきの目に映ることのない人影。
それはまぎれもなく折原浩平(014番)だった。
「先輩……よく見ると傷だらけみたいだけど大丈夫か」
やさしい声。
「浩平君……浩平君!」
泣きじゃくりながら思い切り浩平にしがみつく。
「先輩……」
浩平もやさしくみさきを抱きしめる。

ぐぅー

そうだ、実は私はさっきから

「…………えへへへ……お腹……空いたね」



【折原浩平(014番)川名みさき(028番)合流】

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