男、一人


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佐藤雅史(042)は出発してからすぐにそこを離れた。
当然、支給された持ち物は安全な場所(出る直前)で確認してある。異様に軽かったせいもあるが。

このゲームでは、おいそれと人を信用してはいけない。
雅史はすぐにそう悟る。
先ず、自分よりも先に出たはずの神岸あかり(025)が自分(あるいはこの後で出発する藤田浩之)を待っていない。
その時点でわずかにあった迷いも吹き飛んだ。

よくよく、自分は虫も殺さぬような顔をした優しい人だとか、いい人だとか言われるけど、別段そんなつもりはない。
周りがそうはやしたてているだけで(特に女子)。
自分は、いいことだけをして、いわゆる汚れ役というものをやらないという偽善者なのだと思っている。
本当の自分を知っているものが人生において最も成功するタイプだと雅史は思う。
そんな風に考えてしまう自分に嫌気が差したり、たまに愛おしいと感じたりする。
別にナルシストという気はないが。

とにかく、この島では既に人が殺されている。
確か、御影すばる(084)だったと思う。
あの時の光景は今も鮮明に脳裏に残っている。
まあ、あそこにいた参加者ならきっと誰もがそうだろう。
悪夢の始まりなのだから。

さて、そんな光景を見て、果たして殺し合いをしないという参加者がいないと言い切れるだろうか。
否。

私たちは、殺し合いを、する。
私たちは、殺し合いを、する。
私たちは、殺し合いを、する。

やらなきゃやられる。
やらなきゃやられる。
やらなきゃやられる。

すばるが死んで、参加者がそれぞれのスタート地点に分断される前に、高槻という男にそう書かされた紙を見て。
これが全部冗談ならひどく悪質だな、と顔を若干しかめて。その紙を丸めて捨てた。

じゃあ、果たして自分はどうするのか?と誰かに問われたとしよう。
その相手はまあ、心の中の自分としてもいい。
殺し合い?
そんなばかな。
雅史は支給された武器を見ながら一人苦笑する。

『一握りの吸引! これであなたもスーパーマンになれる!?  by来栖川製薬』

そういった見出しで書かれた説明書を見て、もう一度苦笑。
説明書と一緒についていたモノはいくつかのオブラートに包まれた白い粉だった。
「そんな怪しげなモノを吸引するわけないよ。こんな状況なのに」
一通り説明書に目を通してひとりごちる。まあ、当然の反応だ、と思ってそれはしまっておく。
ただ、なんとなくやるせなかったので、説明書は先程の紙と同じように丸めて捨てた。


元の問いに戻る。自分はどうするか。
殺し合いはしない。オーケー、ここまではいいとする。
では逃げる?
いや逃げれないと、なんとなく思う。
どんなものにも穴はある。突破口はどこかにはあるとは思うが、そんな頭の回転の早さと行動力が自分にあるとは思えない。
じゃあ、八方塞がりではないのか?
心の迷図に迷い込んだかのようなジレンマに陥った気分になる。

だが、それは自分一人で解決しようと考えた場合だ。
他の人と協力しあえば道が開けるかもしれない。
少し安堵する。

でも、先程人をおいそれと信用するのはご法度だと自分で考えたばかりだろう。

――いや、信用に値する人間がこの島には既に三人もいる。

陳腐に言うなら仲良し四人グループ。
それでも血よりも固い絆で結ばれていると信じている三人が。
この三人がもしいなければ、自分は多分狂いそうなほど取り乱していたかもしれない。
あまり、自分の精神が強い方とはいえなかった。


先ずは長岡志保(063)。中学時代からの親友だ。
とはいえ、彼女はお調子者、場合によってはゲームに乗ってしまうかもしれないとの懸念も実は少しある。
しかも、スタート地点は、自分と離れてしまった。すぐに会えるとは思えない。
それどころか、今合流しようとするのはかなり危険な賭けであるし、合流が成る可能性も低い。
彼女に関しては一考した方がいいかもしれない。
志保には悪いが。


次に、神岸あかり。彼女は志保よりも付き合いが深い。幼なじみというやつだ。
信用できる、という点では他の誰にもヒケをとらない。
ただ、自分より頭が回るか、行動力があるか、といわれるとNOである。
はっきりいって、極めて冷たく事務的に言うならば、足手まとい。

ただし、そんなことは思いもしない(今上で述べたことは当然フェイクだ)。
何故なら、雅史にとって、誰よりも守りたい女性であるから。

――雅史は、ずっとあかりが好きだった。

けれど、自分は彼女にそんな素振りを見せたこともない。
臆病だから?今の関係を壊したくないから?  ……それもある。

自分は、あかりを第一に大切にしたいと思っている。
ただ、その方法は必ずしも自分が隣にいる必要はない、ということだ。
あかりには、想っている男性がいる。そして、その男性もあかりを想っている。
それは未だ形にはなっていないけれども。

入る余地がないというより、入らなくていい、と思うだけだ。
あかりにとっての一番の幸せがその男性と想い想われることであるならば。
自分は喜んで身を引こうと思う。
自分のその態度が果たして本当に正しいか、なんて誰にも分からないし、分からなくていいと思うけど。
今のセリフ、ちょっとドラマみたいでかっこいいですよね、なんて考えてみて、空しくなったのでやめた。

ともかく、あかりを投げ出そうなんて考えたくはないわけだ。
志保とあかりの立場が逆であったならば、危険を顧みずその場所へ走ったかもしれない。
志保には悪いが。
自分が出発した時、まさかの襲撃者がいないかとドキドキだったけど、
それ以上にあかりが自分達を待っていなかったのは残念だった。というより無念だった。
あかりが、危険に冒される可能性がこれで格段に上がってしまったわけだ。


少し長くなってしまったが、最後の信用に値する人物、それは未だ出発の時を迎えていない藤田浩之(077)である。
彼もまたあかりと同じように雅史の幼なじみ。
そして、あかりの想い人その人でもある。

いくら幼なじみとはいえ、嫉妬しなかったのか?と問われれば答えはNO。
浩之であれば、あかりを任せてもよいと思える。
むしろ、浩之だからこそ、だ。
これが雅史と同じサッカー部の同級生の矢島や、女生徒からの人気はあれど軽薄な3年の橋本先輩であったならば。
断固として喜んで身を引くなんてことはなかったと思う。
(ちなみに、今の二人を名指しで挙げたのは例えば、だ。他意はない。浩之以外の男なら誰でもよいのだ)

それほど、雅史にとって浩之の存在は大きかった。
今までも、そしてこれからも一番の親友であると同時に――ずっと、ずっと浩之は超えられない壁であり自分の目標なのだ。

浩之は、やればなんだってできる。
勉強も、運動も、今は積極的に努力している自分の方が上であるかもしれない。
だが、知っているのだ。浩之がその気になれば自分など軽く追い越されてしまうだろうと。

ただ一つだけ自分が勝っていると思うことは、不器用であるかないか。
もちろん手先のことじゃない。その、人との触れあいにあると思う。
あかりはいつか言っていた。
「私知ってるよ、浩之ちゃん本当はすごく優しいもの」
自分もそうだと思う。そして、人一倍おせっかいなことも。
浩之が不器用なのはよく知っている自分にとってはそれもまた長所だと思う。
周りから、怖がられている浩之を見て、少しだけやるせない気持ちになる。

いつだったか、そのことをサッカー部の部室で先輩に漏らしたら、
「お前なんかホモっぽいぞ(笑)」
などとからかわれたのでそれ以来口には出してないが。


我が誇れる親友の思い出話や自慢話なんて話せばキリがないし、誰に話すんだか、などと思うので、
そこでその思考は一旦途切らせる。
今は、この島での身の振り方が最優先だ。

いつも、かったるいから、とあまり能動的な行動をしない浩之だけど。浩之はなんだってできる。
自分には思いつかなくても彼であればこのクソゲームの主催者らを出し抜ける方法を考えつくに違いない。
もしかしたら、もう思いついてるかも。
主役は、浩之でいいのだ。浩之にはそれだけの器があると信じている、いや、あるのだから。

とりあえず、浩之の出発までには時間がある。
時計を見ながらあたりを見渡す。
なら、その間に自分はあかりを探そう。
志保には悪いが。

あかりを見つけて、そして出発となる浩之と合流する、
これが理想だ。

一歩を踏み出す。あたりを確認しながら。
三人集まればもう主催者なんか、こんなクソゲームなんか怖くない。雅史は、そう心に念じて。
志保には悪いが。

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