男、二人


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いきなり大失態だった。

あかりは、見つけられなかった。
自分よりも3人前に出発してる彼女、
彼女の足の早さやその性格を考えるとまだそう遠くへは行ってないと踏んだのだが。
叶わなかった。

問題はそこじゃない。見つけられなくても仕方ないこともある。
先に浩之と合流、そしてあかりを探すことになるだけだと思うから。
感情でいうなら死ぬほど悔しくはあるが。

問題はその次。
藤田浩之の出発時間は過ぎてしまった。
出会うことが出来なかったのだから。


(い、委員長?)
スタート地点。学校。
浩之と思い込んでいたその出てきた人影は同じクラスの委員長、保科智子(078)だった。
雅史はあせった。
どうやら、自分の時計の時間は若干ズレていたらしい。
確実に来ると思った合流が成されなかったその時。
この島でたった一人になったと感じられて。

すばるが額にナイフを生やしたあの瞬間よりも恐ろしくて。

「………っ!」

顔見知りであるというのにも関わらず。

「ん?……誰や?」

智子が恐ろしく感じて。

「……っ!」

走った。ただ、走った。

「佐藤くん……!?」

アテもないままに。


「佐藤くんかと思たけど、気のせいか?さすがにああは逃げへんよな…」
残されたその眼鏡をかけた女生徒が少し寂し気に呟いた。

ただ走ったらどうしようもなく喉が渇いた。
その渇きを癒す方法が、クソゲームに乗ることで癒されると、なんでか分からないけど一瞬だけ思ってしまって。
そう考えてしまった自分が一番恐ろしく感じられてしゃにむに走った。

山を走って、川沿いを下って。街道を抜けて。
どこをどう走ったのかは分からないけど、気が付いたらまたスタート地点の学校に戻ってしまっていた。

「ハア……ハア……」
苦しそうに息を吐きながら。
自分はただ釈迦の手の上で踊っているだけなんじゃないのか?
どんなに走っても、どんなに逃げても、ここから逃れられないんじゃないのか?
またここに戻ってきてしまうんじゃないのか?
そしていつかは殺されてしまうんじゃないのか?

私たちは、殺し合いを、する。
私たちは、殺し合いを、する。
私たちは、殺し合いを、する。

リフレインする言葉。雅史は強く頭を振る。

嫌だ。死ぬなんて、殺すなんて、恐ろしい、まっぴらだ。
浩之に会えないなんて嫌だ。あかりちゃんに会えないなんて嫌だ。
まだまだ、やりたいことがいっぱいあるのに。
あかりちゃんと、浩之と、そんな二人が幸せだと思える未来を見ていたいのに!


ドサッ……

後ろの方で物音がした。
何か、重いものを高いところから放って、落ちたような鈍い音が。

普段ならなんでもないようなことが、
流してしまうようなものが、異常な状況に陥った時は、本当の恐怖として唐突にやってくるというのを今知った。
全身に冷や水を浴びせられたという表現がピッタリな状況があるということも今知った。
蛇に睨まれた蛙の心境を知ったとも思った。
こんな時、意外と冷静にそんなことを考えられるってことも、今知った。
「ヒ……」
狂ってしまいそうな自分の体を、どこか高いところから第三者として見守ってるような体験も初めてだった。


ゆっくりと、振り向く。


「ひ、浩之ぃっ〜〜!」
金縛りが解けた。
抱きしめて、キスしたいとさえ思った。
さすがに、それはしなかったが。
地獄に仏とは正にこのこと。

走った。今度は、歓喜に打ち震えて。
音がなんなのか、なんてまあ、些細なことだ。
もう、会えないと思った親友が、目の前にいる。
藤田浩之(077)が、いる。

目の前で、止まる。
「浩之、会いたかった」
まるで恋人に話しかけるようなニュアンスでそう口を開く。

雅史が破顔したのを見て、浩之は一度かすかに口をすぼめた。
浩之が手に構えていたオートボウガンをスッ…と下げる。

恐らくは浩之の支給武器なんだろう。自分は怪しい粉だが。
やはり、神様は武器にまでそういった優秀な人間の優劣をつけてるんだ、とは思ったが浩之なので悪い気はしなかった。
浩之は自分より確実に優れているのだから。

そういえば、浩之はどうしてオートボウガンを既に構えていたんだろう?
ちょっと思った。答えは簡単。浩之がそれが最善だと思ったからなんだろう。
こんな島だ、いつ襲われたって不思議じゃない。
自分がもし銃器のような当たり武器を手にしていたとして、そんな機転は回らないだろう。
せいぜい説明書を読んでからそれを丸めて捨てる位だ(というか、現にした)。



すごいや、さすが浩之だ。頼りになるなぁ。
僕とは全然違う。
「これならあかりちゃんと合流するのもすぐだね!」
なにを持って『すぐ』、なんて根拠はないけど、浩之はどんなこともやってのけるというプラスのパワーがあるんだ。
だから大丈夫。
それに、たぶん浩之の武器は当たり武器だ。きっと道も開ける。
まあ、浩之ならフォークだろうがダーツだろうがブーメランだろうが拡声器だろうがなんとかしてくれるとまで思う。
浩之贔屓に思われてもいい。僕の誇れる親友だから。何とかしてくれると思えてしまうから。
「あかりは?」
短く、そう声を聞いた。そういえばようやく浩之が口を開いてくれたなぁ。
「ご、ごめん…」
素直に会えなかったことを話す。
浩之が軽く肩をすくめた。本当に軽く。
――他の見知らぬ人が見たら、今の僕に愛想をつかしたと思うんだろうな。
でも僕には分かる。
浩之は優しいからね。きっと、慰めの言葉をかけるよりもいい時がある、と考えての行動だ。
長い、付き合いだからね。

お前はどうするんだ? と言わんばかりに視線を送ってきた。
俗に言うアイコンタクトっていうやつだ。
壁に耳あり障子にメアリー。
どこからか会話が漏れてるかも、とか思ってるんだろうか。
慎重だなぁ。まさか盗聴されてるとか? いやそんなバカな。
でも、浩之にも何か考えあってのことだろうし、それに対しては聞かないでおく。
「とりあえず、浩之やあかりちゃんと合流して……そこからは考えてないか。ごめんよ」
「……」
何かを思案するような仕草を見せて、また黙る。

しかし…浩之に武器って絵になるなぁ。男の僕から見てもかっこいいと思ってしまう。
渋いね。あかりちゃんが惚れるのも良く分かる。
だけど、浩之は他の女の子にも人気あるんだよね。隠れ人気だけど。
そう、例えばあのステイツから留学してきてる宮内レミィ(094)とか。
実は志保もひそかに想いを寄せてると思う。まあ、本人すら気付いてないけど。

浩之に弓矢かぁ…
ん、そういえば後ろに矢が突き立っている。たった一本、不自然に。
矢ガモでもいるんだろうか、なんてちょっと冗談を思ってみたりする。
悪質だけど、この島で起こっていることにくらべたら些細なことさ。

あ、矢ガモかと思ったけど、違った。こんなところにいるわけがない。
ただの矢少女だ。黒髪の女生徒だ。
まあ、そりゃそうか、矢ガモにしちゃったら犯罪です。
あの事件は他人事ながらあまりいい気はしなかった。
こんなところに鴨がいること自体不自然だ。
でもまあ、人間だったらそんなに珍しくもないだろうな。
こんな学校のド真中だし。
そう、人間人間矢人間―――ってなにゅぅっ!?


真っ白。


「ひひひひ……ひろひろひろっ!?」
「……?」
「ひろゆっちゃんあああああれあれあれあれ矢ガモっ?」
ごく自然に軽く上体を流して後ろを流し目で確認する。
「あれあれあれしたしたしたしたしたい!?」
僕はしたくない。
はうぅ、何を、僕は何を。

よく見れば、その女生徒の頭は潰れたトマトのようになってる。

僕は吐いた。

ある程度胃の中のものを逆流させて、すっきりした。
途中、なんか生卵みたいな物体が食道に引っかかって、それを再度飲み込んでちょっと鬱が入ったが。
なんか、胃の中がゴロゴロしてる感じがしたが、気にしなかった。
つーか、もっと気になることが目の前にある。


少しは慣れた。もう一度その矢ガモ、もとい女生徒見る。
「うぅ……」
やっぱりあまり直視できない。
ただ、確かあかりちゃんの次に、武器の支給を辞退して出て行った少女だったと思う。
儚げな、美少女。そんな印象の人だった。

どこか高いところから頭を打ちつけたような怪我をして(と言えるほど軽傷でないが)転がっている。
「死んでる…?」
どこをどう見たって死んでいる。頭が潰れて、胸には深々と矢が突き立っている。
これで生きていたら死体よりもこのゲームよりも恐ろしい。
先程の鈍い音は、この少女が落ちたものだったというのか……?
浩之は、それを見てしまったのか。


浩之はすごい。これを見ても平然としていられるんだから。肝の座りかたはそこらの男と違う。さすが浩之。
だけど、あの突き立った矢は、どう見ても……
「ひ、浩之が撃ったの?」
「ああ」
短く、首を縦に振った。
「そうなんだ……」
少し恐ろしくなったが、どうせこの女は浩之を襲った、ゲームに乗った人間だったのだろう。
高い所――恐らくは学校のどこか――から浩之を狙撃しようとでもした。
さすがの浩之はそれに感付いて逆に彼女を撃ち落とした。
飛ぶ鳥を落とすかのような正確な射撃で。
まあ、射撃の腕がどうとかは浩之だから、で問題ない。浩之なら出来ても不思議じゃない。
だけど、かすかな疑問。
この女が、あの儚げな、一目見て護ってあげたくなるような人が。
武器の支給すら辞退して出て行った人が、本当に狙撃するだろうか?
そもそも武器なんてないんじゃないのか?
人は見かけによらない、武器は探せばなんとでもなる、とか、いろいろ考えられるけど。
一番納得できるのは『最初から浩之が彼女を撃った』だ。
まさかね。
怖くなって、その考えを打ち消した。
浩之は何でもできるだろうけど、何でもしてしまう奴じゃないから。

なんとなく浮かべた愛想笑いが少しぎこちなかった。

少し沈黙が続いた。
「さ、さすがだね、浩之は」
その沈黙に耐えられなくて、とりあえず喋る。
何言ってるんだかと雅史は思った。浩之を傷つけてるセリフじゃないか。
「あ、違うんだ、その、僕は―――」

「―――最初は」
僕の言葉を遮って、浩之が口を開いたので僕は口を噤んだ。
「俺はどっちでもいいと思っていたんだ」
「ど、どっちでもいいって?」
ゴクリと唾を飲み込む。
「だるいからな。早く終わらせて、帰る」
「早く、終わらせてって……」
「俺はさ、たまに何が本当に正しいのか分からなくなるよ」
ガシャと、一度ボウガンが鳴った。雅史の全身の筋肉が硬直してひきつる。
「な――」
「とりあえず、武器をもらった。外へ出た。安全を確認しながら辺りを探索してみた」
ゴクリと唾を飲み込む音が再度響いた。今度は雅史の耳に何よりも大きく。
「特に何もない。空虚だった。だから決めたんだ」
「き、決めた?」
雅史の言葉に浩之は頷く。


雅史は思う。かつて、サッカーと、サッカーの楽しさを教えてくれた浩之。
のち、浩之はサッカーをやめて、雅史は続けた。
「浩之、サッカーやろうよ! 浩之は上手いんだ、始めればすぐにでも僕なんか追い抜かれちゃうよ」
「いいよ、面倒くさいから」
「あんなに楽しそうにしてたのに」
「あんなのはただの暇つぶしだよ」
軽く笑って、そう言った浩之。
少し寂しいけど、浩之がそう言うなら、とそれ以上は何も言わなかった。

暇つぶし。浩之がいうと、そうなんだと思えてしまったが。
他のことも、勉強も、遊びも、スポーツも、率なくこなしても結局少しやってやめてしまった浩之。
志保との些細なやりとりですぐに喧嘩したり争ったりする浩之。
それらがずっと、雅史が見てきた浩之だったから、そうなんだと思ってしまったが。

空虚

何か、ピタリとはまる。一つだけなかったパズルの最後のピースのように。
もしかしたら、浩之は、今までずっと空虚だったんじゃないのか?
志保との喧嘩ですら何かの刺激を、自分を埋められる何かを単に求めていただけなんじゃないのか?
それらでは埋められるとは感じられなかったんじゃないのか?

生まれてからずっとそうだったんじゃないのか?

こんなクソゲームですら、何かを求めるという位にしか感じてないんじゃないのか?
そして……

こんなクソゲームですら自分を埋められると感じられなかったんじゃないのか?
雅史の背中に走るものがあった。


浩之の話は続いていた。
「とりあえず校庭に出た。あたりを見たら、屋上に、少女がいた」
「……」
まさか。
「だからとりあえずは武器を出した」
一度、言葉を切った。その浩之のその瞳の奥に、何かが眠っている気がした。

「バトロって知ってるか?」
軽く浩之が笑う。
「え?き、聞いたことくらいなら……」
出した声が震えた。予想外に。いや、或いは予想通りか。
「他にも似た奴がいるかもしれないが――」
ポケットから何かを取り出した。
一枚のコイン。

まさか、まさか――

既に、雅史の全神経は下半身へと集中していた。
「そこで、コインを投げたんだ。表が出たら高槻らと戦う」
ピーン――…と余韻を残しながら天高く舞い上がるその光り輝く硬貨。

まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかっ――

「裏が出たら――――」
「うわああああっ!!」
その刹那、雅史は駆け出した。
浩之の方向へ。

交錯し、すれ違い、雅史はさらに駆けた。

ビシュビシュ!

いくつかの矢が通り抜ける。
がむしゃらに走る。斜めや前に。
当たらなかったのは幸いどころか奇跡だったのかもしれない。

「ゲームに乗るってな」
同時に、コインが地面に裏を出して止まった。

「さて、さっさと終わらせて帰るか」
コインを拾ってその場を去る。
雅史は追わなかった。あれはもう生き残れないとなんとなく思って。

ただ、それは雅史が親友『だった』に変わるまでの最後の慈悲だったのかもしれないし、そうでないかもしれないが。
それは空虚な浩之には考えるに値しないことだった。

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