「ねぇ、国崎往人?」
「……なんだ」
「うに、つまんないね」
「あぁ」
往人とみちるは商店街を歩いていた。
商店街とは言っても、あの田舎町とはわけが違う。
孤島の割に大きくて、状況が状況じゃなければ、沢山の人で賑わっているだろう。
そんなところを、たった二人で歩いている。
むなしさも感じるというものだ。
「ねぇ、国崎往人?」
「……なんだ」
「うに、つまんないね」
ボカッ!
「にょめりゅ」
「同じことを繰り返すな」
「うぅー」
こんなやりとりも、あの町で、美凪とみちると三人で過ごした日々なら。
こんなにつまらないものではなかったのに。
ずっと、変わらないまま、どこまでも暖かく過ごしていたかったのに。
自分の使命も忘れて、三人でいたかったのに。
「みちるチョーップ」
物思いにふけっていた隙をねらい、みちるが攻撃をしかけてきた。
「待て」
普段なら食らってやったところだが、今回は顔を押さえ付けて防ぐ。
「うにゃ、なにすんだー」
「……人がいる。一人じゃない、複数だ」
「え?」
気配がした。
あの曲り角にある家の中からだ。
いや、家じゃない、喫茶店?
「様子を見てくる、ここに隠れてろ」
「……うん。国崎往人?」
「……なんだ」
「気をつけてね」
「……あぁ」
みちるの声に後押しされ、店の前へと移動した。
デザート・イーグルを構える。
曇りガラスになっていて、中は見えない。
誰がいるのか。話がわかる奴か、そうでない奴か。
前者の可能性もありうる。
外からいきなり銃撃するのも気がひけた。
(正面から、あくまで、慎重に)
入口に立つ。
そして、思いっきりドアを蹴り開け、その場に伏せて銃を構える。
「あら、いらっしゃい」
なんとも緊張感のない声が聞こえ、往人は唖然とした。
「一休みしていきませんか?」
今だ伏せている往人に向けて、カウンターの奥から声がかかる。
「わ、またお客さんだよー」
「そうみたいですね」
「……」
とりあえず危害を与えるつもりはないらしい。
ゆっくり立ち上がって、訊ねた。
「あんたら、こんな所で何やってるんだ?」
「コーヒー飲んでるんだよ」
「飲んでるんです」
沈黙。
「……マジか?」
「マジです」
カウンターの奥の女性が答える。
「あなたも飲んでいきますか?」
「……毒を盛る可能性だってあるだろ」
のほほんとした空気に包まれながらも、とりあえずそう口に出す。
すぐに非難の声があがった。
「わ。この人酷いこと言ってるよ〜。お母さんのいれたコーヒー美味しいのに〜」
お母さん? テーブルに腰掛けてるこの女の子の母親が、カウンターの女性か。
そういえば、よく似ている。
「本当にそう思いますか?」
「いや……」
思わずそう答えていた。とても、そんなことをするように思えなかった。
雰囲気だけで判断するのは危険だが、もっと深いところで無条件に信用していた。
「おいしいご飯も作れますけど」
きゅぴーん。
「マジか」
「はい」
実はさっきから腹が減っていた。
鞄の中の食料でも腹は膨れないこともないが、まずいのだ。
「じゃあ、遠慮なく御馳走になるぞ」
「偉そうだよ〜」
また非難の声が上がる。
カウンターの女性は「了承」と笑うだけだった。
そして店内に足を踏み入れ。
「みちるを無視するなー!」
背後からみちるキックを食らい、その場にうずくまった。
自己紹介が始まった。
カウンターに立っている女性が、水瀬秋子。
テーブルについている娘の名は水瀬名雪。
もう一人髪の長い女の子は、姫川琴音といった。
「国崎往人だ」
「みちるはみちるだよっ」
これ以上ないくらい簡潔だった。
秋子に食事を作ってもらい、食べる。
「うまい……」
「ありがとうございます」
他人の手料理を食べることなど稀にしかなかったが、今まで食べたどの食事よりも美味しかった。
みちるは向こうのテーブルで、名雪と琴音と一緒に遊んでいる。
「蛇さんだよー」「そうですね」「にゃははは、ぽちって言うのだ」
最近の女の子は、蛇くらいじゃ驚かないらしい。
頭を抱えながら秋子と話す。
「あんた達はこれからどうするんだ。ずっとここにいるわけじゃないだろ。
やる気になった連中がここを見つけたら……」
「大丈夫です」
何が大丈夫なのかわからなかった。
「大丈夫って。俺が急に態度を変えて、銃を向けるかもしれないんだぞ」
「そんなことはしないでしょう?」
笑って言う。
「そうかな。俺はこれでも、二人殺してるんだ」
すると秋子は少し真面目な顔になり、
「でも、無闇矢鱈に殺すことはしないでしょう」
と言う。
「どうかな……」
そう言うのが精一杯だった。
「私は、ここで静かに過ごすつもりです。
最後には、あの子だけには助かって欲しい」
言って、名雪の方に目を向ける。
連られて往人も目を向けた。
こんな状況なのに、笑いあっている女の子達。
心の奥には恐怖もあるのだろうが、それでも笑っていた。
笑顔は良いものだと思う。出来る事なら、このゲームに巻き込まれてなお笑顔を失わない人達を助けたかった。
以前の自分は、こんなことを思っただろうか。
それもこれも、あの町で過ごした影響だと、心底思う。
「俺は探してる人がいるからな。少したったら失礼するよ」
「そうですか、お気をつけて……」
そこで声を切り、一転真剣な表情になる。
その理由は往人にもわかった。
「戦闘か?」
「そうですね」
「様子を見てくる。みちるを頼む」
小声で告げる。
「わかりました。私が絶対に守ります」
それだけ聞き、店の出入口へと足を向ける。
「あれ、国崎往人、どこ行くの?」
近くで起きている戦闘に気付いていないみちるが言った。
「散歩だ」
言って、往人は店を出た。