月下


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少し高めの声で呼びかける。
しかし聖からの返事は無い。
「……? どうしたのかな」
マナは満タンになった水袋を手に、辺りを探してみた。
そして、幾分もしないうちにその光景にであった。

「!? き、霧島さんっ!?」
喉から血を流し、地面に赤い血だまりを作って聖は倒れていた。
「霧島さんっ、霧島さん!?」
急いで駆け寄り、聖の上体を抱え起こした。
「大丈夫ですか、しっかりしてください! 霧島さん!?」
するとうっすらと聖が目をあけた。
……霧島先生だと、いってあろうに。
「こんなに血を流して……。止血、止血しなくちゃ!」
「が……ヴぉあ……」
私はもうだめだ……、そう聖は言おうとした。
だが、切り裂かれた喉からは、ごぼごぼと空気が抜ける音しかしなかった。
「あ……、だめよおとなしくして! 血が……、血がとまらなくなっちゃうっ」
マナは既に涙で顔中をぬらしていた。本人はそれに気付いていなかったが。
……君は、あいつにやられなくて良かった。
「どうしよう……、止まらないよぉ……」
「ごぼっ、……ごぷっ……」
何かを訴えようとする聖、だがそれも言葉にはならなかった。
「のどが……、のどが……」
マナにはもう、できることが無かった。
聖は、血にまみれた手でマナの手を取った。
その動作はひどくたどたどしくて……。

「霧島……さん」
マナは聖と目があった。その瞳は妙にやさしく感じた。
「いや……、いやだよ。折角会えたのに、こんなお別れなんて……・
 そんなの……そんなのやだよぉーーー!」
目を閉じ、ゆっくり横に聖は首を横に振った。
……ありがとう。
せめて、この喉が正常なら、お礼が言えたんだがな。
この子にまで悲しい思いをさせてしまった。
体の傷を癒しても、心に傷をつけてどうするのだ私は。
人を傷つけてまで医者を貫くなんてのは、儚い理想だったのか?
……どうやら、またも私は甘かったようだ。
だが、少なくとも一人は救えたな……。
最後の自嘲……。だけどそれは聖らしい、自信にあふれた表情だった。

……もう一度、佳乃の姿を見たかったものだが。

『お姉ちゃん!』

死に際の自分には、少しまぶしすぎる佳乃の笑顔がよぎった。

どさっ。
マナの手を取っていた聖の手がおちた。
「霧島……さん」
マナの腕の中で、聖は目を閉じて眠っていた。
二度と目覚めることの無い、永遠の眠りに。

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