新婚さん。
普段の日はこの眠りこけている馬鹿は誰よりも早く起きる筈なのだが、
今回に限り、長森は目を覚ます様子がない。
浩平が眠れなかったのとは対照的だ。
ずっと眠ったまま、目を覚ますことがないかとも思えるほど、その寝顔は静かすぎて。
可愛い寝息を立てながら眠る長森瑞佳の頬を、すぅっと撫でてみた。
七瀬もついに限界が来たのか、二時間ほど前から横で寝息を立てている。
浩平は結局一人で、敵が訪れないかを見張っている事になったのだった。
――運良くというか、誰一人として現れることなく、夜は過ぎていった。
少し白んできた空を、深い森の中で眺めながら、浩平は大きな溜息を吐いた。
――いつか、これは終わるんだろうか。
だが、今の浩平には、永遠に終わる気さえしない悪夢のようにも思える。
どれだけの数の人間がやる気になっているというのだ。
百人だ。百人もの数が、殺され尽くすのに、どれだけの時間がかかるのだろう。
――或いは、あの少女――鹿沼葉子が、高槻を殺したなら、そこでゲームは終わるのかも知れない。
だが。浩平の胸からは、最悪の事態を想定する、悪い予感は消える事はなかった。
ふと、長森の顔を見る。暢気に眠り呆けるその少女の顔を見て、浩平は少しだけ、微笑った。
その柔らかな唇に触れてみた。湿ったその唇に、唇を重ねたい衝動に駆られたが、なんとか耐えた。
「にしても、――お前、可愛くなったよな」
と、冗談交じりに呟いてみた。頬をつんつんと突いてみた。
聞かれていたらオレはもう恥ずかしくて一週間は近所を歩けない、という覚悟をしながら。
「護ってやるからな、必ず」
――必ず。
「こう、へい」
と、長森が何やら寝言を言っている。
「ばか、だよ、こうへい」
寝言でも馬鹿にしやがるかこのばかは――。
「わたし、なんか」
そして、崩れ落ちるように、浩平の胸にもたれ掛かるように。
「ほうっておいても、良かったのに」
目を開けて。
馬鹿だよ、浩平。
「起きてたのか」
「少し前から……」
「そうか」――恥ずかしいものである。七瀬の気持ちが良くわかる。独り言hは自粛しよう。
「ね、浩平――ぎゅってして」
「……長森」――すごく、哀しい目。
「嫌だよ。怖いよ。すごく、怖いよ。もう、浩平と一緒に学校にも行けない、浩平と通学路を走れない」
「――ばか、絶対、絶対帰れる」
「浩平、好きだよ。大好きだよ。大好きだよ。大好き」
「――ばか」
「浩平、好きって云って欲しいよ。すごく、わがままだけど、云って欲しいよ」
「――好きだよ、ばか。大好きだよ」
そう云って、浩平はその肩を抱きしめた。強く強く、離さないように。離さないように。
たとえオレが死んでも、お前を、必ず護るよ。
長森は浩平の胸に顔を埋めると、腕を浩平の背中に回し、暖かなぬくもりを、浩平に与えてくれた。
それは、――ずっと昔にも感じた、優しいぬくもり、で。
起きるに起きれないのである。
(か、勘弁して欲しいわ)
七瀬は、実は、長森が目を覚ました頃からずっと目を覚ましていたのだ。
実際の話、ここで、
「わはは! おはよう二人とも! 世界の乙女、七瀬留美のお目覚めよ! あら、二人ともラブラブね!」
なんて云うことが出来たらどれだけ楽なことか。自分はそれほどに恥知らずではないのである。
ラブラブな二人の邪魔をするなんて、そんな事乙女がする事じゃないわ!
っていうか、――なんだか、不公平な気がする。
折原はあまりに瑞佳贔屓過ぎない? いや、別に良いのよ。
いや、あたしも抱きしめて欲しいとか、そんな甘ったるいこと云うわけじゃないけどさ、
なんだかあたしがいないみたいに扱われるのはすごく癪よ!
ああ、もう、もどかしいな、なんていうか、あたし、すごく可哀想よ、とにかく。
ああ、もう、なんて云うか、目を覚ましたいのよ、早く!
いつまで抱き合ってるのよ! あたしが見てると知ったら、こいつらどんな顔するのよ、まったく。
「ううぅん」
わざと声を出してみた。うう、我ながらなんて姑息な手段なのかしら。
――聞こえてないの? くそっ、いつまで抱き合ってるのよまったく。
か、覚悟を決めて、起きちゃおうかしら。しかしね、でも、やっぱり世界一の乙女になるためには……
「ん。じゃあ、長森、ちょっと、水汲みに行こうか――ちょっと遠いけどさ」
「あ、うん、いってらっしゃい」
あ、やっと離れやがった。これで起きられるわ。つーか今の台詞、新婚夫婦みたいよ、まったく。
「ふぁぁぁぁぁぁ、よく寝た。あ、早いのね、二人とも」
「あ、お早う、七瀬さん」「おう、七瀬」
二人して顔を赤くしやがって、あたしはそんなに鈍感じゃないってば。判ってんのかしら?
そんな風な気を遣いながら行動する七瀬は、自分って乙女! と思いながら、
満足を覚えると同時に、――やけに虚しくなった。やってられんわ!