人間


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終わらない夜は無い筈だ。
だけど、この島には本当の朝は来ないのかもしれない。
「………ん」
射し込んでくる眩しい朝陽を目に受け、長瀬祐介は瞼を開く。
「…あれ、寝ちゃってたのか……」
ごしごしと目を擦り、脳が働き出すと、祐介は何かが足りない事に気がついた。
「…天野さん?」
自分を信用して、無防備にも肩を寄せてくれた少女−天野美汐の姿が無いのだ。
慌てて荷物を纏めると、祐介は木の洞から飛び出した。

「…おはようございます」
朝陽の中に、彼女はいた。
何処かで見たような、そして誰かが何処かで失ってしまったような、優しい笑みを浮かべて。
無事を確認し、ほっと胸を撫で下ろす祐介。
「あ、ゴメン。僕も寝ちゃってたみたいで」
それだけの言葉なのに、なんだか照れ臭くて、祐介は思わず視線を逸らした。
美汐は一瞬破顔したが、すぐにまたくすっ、と笑う。
「いいんですよ。長瀬さんも疲れていたのでしょう?それに……
一緒に眠る事が出来たと言うのは、お互いがお互いを信頼している証にもなります」
凄く嬉しい事を言ってもらった筈なのだが、「一緒に眠る」と言う台詞に、
多少なりとも悶々としたものを感じてしまった自分が恥ずかしくなって、祐介は顔を伏せた。
(…最低だ、僕)

「それじゃあ、行こうか」
「はい」
それぞれ、自分の荷物を背負い込み、出発しようとしたその時。
「ぴこ?」
ポテト(祐介達は「ぴこ」と呼んでいるが)が、何かに気付いた。
緊張が走る。
「ぴこ、誰かいるのかい?」
木の洞に戻り、息を潜めて、祐介は話し掛ける。
「ぴこ、ぴこぴこぴこっ」
「……誰かが、いるんですね」
美汐の顔が僅かに強張る。
(話の通じる相手ならいいけど……僕に、殺せるのか…?)
その言葉を口に出しかけて、祐介は我慢した。
それを口にしたが最後、自分の覚悟が全て崩壊してしまいそうだったから。
殺すしかない場合は、躊躇無く、殺す。
そう決めた筈だ。
それを守れないようでは、自分を信用してくれた美汐にも申し訳が立たない。
胸のワイヤーを手袋越しに指でなぞる。
そしてそれを、戸惑う事無くぎゅっ、と掴むと、祐介は
「覚悟は出来たかい?」
と、美汐に問うた。
「一度は死んだようなものです…覚悟は出来ていますよ」
デリンジャーを握り締め、美汐は笑った。
「せーの、で行くよ」
洞穴のような形になっているここは防衛戦に適している様に見えるが、
反面手榴弾など、範囲が広域に渡る武器には滅法弱い。
だから、多少危険を犯してでも、二人は森で戦う事に決めた。
「君も上手く逃げるんだよ」
祐介は優しく、ポテトの頭を撫でた。

息を殺す。
足音が近づいてくる。
(……いくよ)
(…はい)
「せー…のっ!」
それを合図に、飛び出し、散る。
視界の隅には、二人のニンゲンの姿。
男と女。一人づつだ。
(話し合いは……)
出来るか?と思考しかけた祐介だったが、それは中断される。
というより、無理と悟ったのだ。
何故なら、プラスチック爆弾が、こっちの方向へ――――
飛んできたからだ。
「くっ!」
紙一重で、それを交わす。
背後から轟音。
祐介は身を隠しつつも、ぞっとした。
もし、あのまま木の洞に居たら……

「くそッ!」
橘敬介は、交渉のチャンスを自ら潰してしまった事に歯噛みした。
迂闊だった。
突然飛び出して来た二つの人影に動転して、思わずプラスチック爆弾を投げてしまうとは……
自分の後ろでは、声も出せずに怯える一人の少女が居る。
仕方ない、か―――――
敬介は茂みの中に身を隠し、少女−桜井あさひの方に向き直る。
そして、強く見つめて、ただ一言言った。
「君は逃げるんだ。ここは僕が食い止める」

「でも……でも……」
あさひはただ、うろたえるばかりだ。
敬介は堪え切れず、声を張り上げた。
「死にたいのかッ!こうしている間にも敵は近づいてきてるんだ!早く行けッ!」
「ひッ……!」
あさひが怯えた表情で敬介を仰ぎ見る。
敬介はもう、あさひとは視線を合わせない。
だが、最後に、今度は優しい口調で言った。
「…さぁ、行くんだ。それと、もし神尾晴子って人物に会ったら、こう伝えて欲しい。
『すまなかった』って」
その言葉を聞いて、あさひはよろよろと、歩き出す。
「そうだ…早く逃げろよ」
敬介の頭上を、弾丸が掠めていった。
(これで、あのあさひって子を巻き込んだ責任は取れたかな…?
いや、結局彼女をまた一人にしてしまった…全然ダメだな…。
全く、どうして僕はこうも……)
敬介は薄く自嘲気味の笑いを浮かべると、バッグからもうひとつプラスチック爆弾を取り出して、投げた。

その瞬間。
目の前が、カッ、と明るくなった。
美汐の撃ったデリンジャーの弾丸が、プラスチック爆弾に当たった、のだ。
膨大な熱量を浴び、最後の一言を発する事も出来ず、敬介は絶命した。

死体は、すでに原型を留めてはいない。
今となっては誰だったかも分からないモノを見つめて、美汐が呟く。
「……私が、殺したん…ですね」
「…仕方ないさ…殺さなきゃ…僕らが……」
祐介は、その言葉だけ押し出して、天を仰いだ。
「…所詮、ヒトなんて、弱い生き物なんですね」
美汐の呟きは、誰に向けられた物だったか。
「……そうさ…だから僕らは、殺すんだ」
祐介も、誰にともなく、言った。

【057 橘敬介 死亡】
【残り74人】

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