昔と今と、変わらないこと
「疲れたなー」
「まぁ、仕方ないさ」
詩子と少年は茜を探し歩いていた。
といっても、探しているのは詩子で、少年はつきそっているだけだ。
(今はまだだ。もう少し状況が動かないと、高槻に対して何もできない)
それまでやることもないので、少々危なっかしいこの少女についてやることにしたのだ。
「このCD、何に使うんだろうねぇ」
詩子の支給品はCDだった。3/4と記入されている。
「これは……同じ物があと3枚あるんじゃないかな。4つ合わせて何か起こるとか」
「でもさぁ」
不満声で言う。
「どこにある……っていうか、誰が持ってるかもわからないんだよ。
使い方もわからないし。意味ないよ」
「それはそうだね」
少年は微笑む。
「うー。また流されたよ」
相変わらずの不満声。さっきから幾度となくこの応酬である。
「あーあ、面白くない……」
「静かに」
突如、少年の声が変わった。
「誰かいる……」
そう言って、道路脇の建物に目を向ける。
「すごーいね。わかるんだぁ」
「……敵意はないみたいだ。様子を見てこようと思う。
ここで待っててくれるかい?」
「えぇーっ、つまんないよー!」
「! 声が大きい!」
慌てて詩子の口を塞ぐ。
すると、建物の中で何かが動いた。
「その声……まさかっ!?」
続いて声。
「……え?」
その声は、詩子にも聞き覚えのあるものだった。
建物から人が現れる。
「……詩子……」
その少年は、驚きの表情で詩子を見つめた。
懐かしい顔。何年ぶりだろうか。
どうして、こんな所で再開するのだろう。
「あ、相沢君……?」
「知り合いかい?」
少年が詩子に問う。
「昔の友達だよ。久しぶりだねー」
満面の笑みで、詩子は言った。
「……本当、こんな所でな」
祐一も笑顔で返す。
しかし、その顔には、どことなく元気がなかった。
詩子にはそれがわかった。
一年間とはいえ、茜と一緒に、誰よりも親しかった仲なのだ。
「何かあったんだね……どうしたの?」
今までの明るい声とは一転、深く、穏やかで、優しい声。
「……いや、なんでもないよ」
隠しきれるとは思っていなかったが、流石に祐一は動揺した。
詩子は本当に、昔から何も変わっていなくて。
茜のことは黙っていよう……そう心に決めた。
「茜だね……」
祐一の心を覗けるとでもいうのか?
そんなタイミングだった。
「!?」
「茜に、何かあったんだね?」
「いや、全然そんなことはないぞ。腹が減っただけだ」
「嘘だね……わかるよ。私達、友達なんだからさ」
「……」
「言ったほうがいいんじゃないかな。君が隠し通せるとは思わないよ」
第三者の声が入る。
そうかもしれない、昔から、この少女はこんな調子で。
友達の些細な変化を見抜き、気づかってくれた。
「何があったかは訊かない……なんて言えないよ。
祐一個人の悩みならそっとしておくべきだろうけど、茜の問題でもあるんでしょ」
心を揺さぶる声。これ以上は、隠せないか。
詩子も、良い話ではないことを悟っている。
それでも、覚悟して、訊いてくる。
こいつは強い、昔から、今も変わらず。
祐一は百貨店でのことを、全て詩子に話した。
自分が茜に想いを告げたことも、隠さずに、全部。
「ついに言っちゃったんだね」
「え?」
全て話し終えた第一声がそれだった。
「告白だって。やるねぇー。あの時うじうじして、結局転校だもんねぇ」
明るい声に戻り、茶化す。
顔が赤く染まるのが自分でもわかった。
「お前……知ってやがったのか!」
「当たり前じゃん」
「……〜〜!」
「あははははっ!」
何も言えなかった。どこまで、この少女は……
だが、少女の笑い声も、どことなく寂しさを含んでいた。
時間がたっても、祐一にはそれがわかる。
自分も変わらないでいられたことを、少しだけ喜んだ。
「でもさ……」
祐一の考えを裏打ちするかのように、詩子の声はすぐに沈んだものとなった。
「やっぱり悲しいよね……」
茜が、人を、コロシタ。
その事実は、二人の前に、重くのしかかる。
「茜。自分のことは話したがらないとこあったもんね。
何かあるんだよ、きっと。
気付いてあげられなかった」
詩子の声に涙が滲んだ。瞳にも、同じく。
「違うだろ」
祐一は、気付けば、そんな詩子を抱き締めていた。
始めてみる彼女のそんな姿を見て、こんなのは間違ってると思った。
「気付いてたんだろ、茜の想いに。
あえて何も言わなかったんだろ、いつか話してくれることを信じて。
それが茜にとって正しいことだとお前が思ったんなら、それは正しい。
お前が思ったことだもんな」
本心だった。
こんな言葉で、彼女が救えるかわからなかった。
だが――
「う……ふぇぇぇえぇん……」
子供のように、声を上げて、泣いた。
その涙は悲しみだけじゃなくて、
祐一にもそれがわかって。
自分出来ることは、まだまだある。
そう確信した。