白い、決意。3
川から出ると、その先は、また森になっていた。
どうやら、この森はさっきいた森よりは深さはないようだ。
そこまで確認して、きよみ(白)は慎重に森へ歩み寄った。水気を含んだ
スカートが重い。スカートをかがんで絞り、水気を切る。
大分マシにはなったが、靴の湿り気の不快感はどうしようもない。
最後にパンをかじってから、随分時間が経った。
空腹感は、ない。
疲労と、喉の渇きは酷いが、不思議と空腹感はなかった。
森の中はさっき彷徨っていた森よりも明るい。木の数が少ないのだろう。
誰にも会わないことを祈りながら、きよみは歩を進める。
殺戮者と化してしまった人より何より、今は、蝉丸に会いたくなかった。
死にに行くことを、決めた、その時から。
会ってしまえば、決意は鈍るだろう。
自分にしか支給されていないであろう、武器。
マイク。
足早に歩きながら、きよみは鞄のソレを確かめる。
(私は、私の戦いをする…)
その、代償がこの、命。
弟に、蝉丸に、光岡に、救って貰った命。
(もう、甘えたりしません…。だって、女性でも男性と同じように働いて、
生きていける時代に、なったのでしょう?)
蝉丸を心に思いながら、きよみは建物へ向けて、歩く。
(だから、悲しまないで。大丈夫、私は満足です)
独り、少し微笑んで泣いた。
意識せず、涙が零れる。
怖かった、怖くて仕方がなかった。ずっと震えは止まらない。
だけど。
だけど、誰かが。
(戦う意志のない人が居ることを伝えなくてはいけない。伝えて、狂って
しまった誰かを、正気に戻さなければ)
そして、それが全員に、例え主催の贄となっても、伝えられるのは…
(私、だけ)
森が、切れる。
と、同時に放送が聞こえた。
心臓が痛いくらいに、ドキリと跳ねた。
聞き終えて、自分の体をぎゅっと抱きしめる。
(また、沢山の…罪もない人達が殺された…哀れな、同胞の手によって)
自分も、あの死者リストに載る。
だが、私は誰にも殺されないのだ。
参加者の、哀れな人達の手に掛かることはない。
卑怯な計略には、乗らない。
目の前に、建物がそびえる。
そっときよみはそれに近づいた。誰にも、出逢わなかったことを神に、感
謝しながら。そして、人の皮を被った悪魔を呪いながら。
建物の扉は容易に開いた。というよりも、半壊していた。その中に人の
気配はない。
埃の匂い。自分の足跡が、うっすらとつくということは、長時間、放置されて
いた建物の様だ。
きよみ(白)は、安堵の息を吐いて、階段を探す。
屋上に向かうために。
死にに、行くために。
階段は程なくして見つかった。
(これは、天国への階段?それとも…地獄への階段?)
何に使われていた建物かは気にならなかった。それより、何より、きよみは
これから、最後の言葉を考えていた。
屋上に着くまでが勝負だと、確信している。
着いてしまったら、もう、後戻りは出来ない。
立ち止まってしまえば、もう、動けない。
恐怖に埋もれて、泣くしかできなくなる。
(そんなのは、嫌)
そう、嫌だ。
(蝉丸さんも、光岡さんも、もっと辛い戦場に居たはずなのだから。負けない。
私も、戦う。もう、守られるだけなんて嫌、嫌だから)
一歩一歩を踏みしめるように、階段を上る。
途中、放送を思い返して、ぎゅっと手のひらを握る。
(…止めて、みせます)
屋上への扉は、もう、目の前にある。
その時、声が聞こえた気がした。
死んでしまった…夕霧の、声が。
『がんばって』
想い出すまいとしていた。最初の放送。信じたくなかった。
(あんな、いい娘まで死ぬだなんて…殺されるだなんて)
でも、今は、それがきよみの決意に拍車をかけた。
(貴女の敵、討つわ…だから、見守っていてね…)
きよみ(白)は、そっと、静粛な気分で扉を開けた。
少し強めの、風が吹き込んでくる。濡れたスカートが足にひやり、と冷たい。
もう、震えは止まっていた。涙も、乾いた。
あとは、マイクのスイッチを入れて、喋るだけ。
(私の生き様を、どうか、どうか焼き付けて…生き延びてくださいね、蝉丸さん。
それから、月代ちゃんに、よろしくと)
建物の、屋上は思ったより狭く、その中心に立っても、島を見渡せる程度のもの
だった。
(こんなに、狭い島で…今も人が死んでいく…同胞による無益な、殺し合いが…。
やれる限り、私は戦う。止めて、止めて見せます…!)
きよみは、マイクのスイッチを、入れた。
「聞こえますか?島にいる、皆さん、聞こえますか?
私は今、森近くの建物の屋上にいます。見えますか?」
自分の声が、島に、反響する。
言いたいこと、言うべき事を早く、伝えなければ。
いつ、殺されても、おかしくはない。
「私は、きっと、これから死ぬことになるでしょう。それは、主催の意に反する
ことをするからです。よく、聞いてください。これは、私の主催に対する宣戦布
告です!」
反響する、自分の声に重ねて、きよみは喋り続けた。
「あなた達は、何人殺しましたか?何人の友人を肉親を大切な人を、失いました
か?私は一人、大切な友人を、失いました。私は、酷く悲しかった。悲しくて、
辛くて、仕方がなかったのです。
あなた達はどうですか?これだけの人達が、同じ時代の同じ国に住む、普通の
人達が、殺し合いをさせられているのに、自分のことだけを思い、自分の大切
な人だけを守ることしか、できないのでしょうか?
…私は、嫌です。そんなことは死んでも、したくありません。
自分や、大切な人を守るために、誰かの大切な人を殺すだなんて、そんなこと
は出来ません。
もし、私に同意をしてくれるなら、手を取り合って人の皮を被った悪魔
の魔手から、逃げ果せて下さい。方法は、必ずあるはずです」