星影〜star light〜
その放送は、その場にいた四人中三人を凍りつかせるのに、充分だった。
「……」
無言で祐一は立ち上がり、玄関の方へ歩いて行く。
「……どこへ行くのよ、祐一」
祐一の方を見ないで、繭は言った。
「……」
その声にも、祐一は止まらない。
ただ静かに、玄関のドアを開けようとする。
「祐一!!」
今度は叫ぶ。
その声にようやく、祐一は動きを止めた。
「……何か言いなさいよ」
繭が言う。その声は、震えていた。
どんな感情がこもっているのかはわからない。
何も言おうとしない祐一に対する怒りか。
放送に対する悲しみか。
その両方か、他の何かか。
この場にいる人間には、本人すら、わからなかった。
「早く、茜を探す。茜に死なれて、たまるものか……。
呑気にしてる時間は、俺にはなかったんだ」
静かに、静かに言った。
怒りと焦燥が、その声に宿っていた。
「さっきの放送で、誰か知り合いがいたの?」
繭が問いかける。
「……」
「先輩が二人いたんだよ」
答えない祐一に代わり、北川が言った。
その声も、暗い。
「そう。でも、今はやめなさい?
今はまだ太陽が出てるけど、近いうちに夜になるわ。
夜動くのは、得策じゃない。
折角ここには信頼できる人がいるんだから、夜明けまで休みましょう?」
極めて冷静に、繭は言った。
「……っ、お前なぁっ!!」
祐一は叫ぶ。
今にもとびかかりそうな勢いだった。
「こんな中、どんどん人が死んでいくんだ!
次に名前を呼ばれるのは茜かもしれないんだ!
そんなことになる前に、俺は会わなきゃいけないんだよ!
お前にわかるかっ!?」
悲痛な声が部屋に響く。
祐一の握りしめた拳は震え、爪が肉に食い込む。
繭も北川も黙って祐一を見つめ、レミィはおろおろするだけだった。
しばし沈黙が支配し、次に口を開いたのは繭だった。
「わかるわよ……
私にもわかるわよ、そんなことっ!
私だって、あなたと同じなんだから!」
それが、心の堰が外れる、瞬間だった。
「さっきの放送に入ってたわ、私の探している人が!
瑞佳さん、私のお姉ちゃんだった!
真琴さんとは正反対のような優しさで、私を包んでくれた!」
涙が流れる、止まらない。
その雫を、拭おうともしない。
「会いたかったのに……会いたかったのにぃ……瑞佳さぁん……」
繭は泣き崩れた。
その姿を目にし、祐一の怒りは既に、消えていた。
「繭……」
「でも、でもね……」
嗚咽混じりに続ける。
「浩平さんは……七瀬さんは生きている。
あの人達を信じてる。あの人達は、そう簡単に死んだりしない。
死なれてたまるものですか。
私が死んだら、あの人達も悲しむ……きっと悲しむ。
だから、私も無事でいなくちゃいけない。
無事に、会わなければいけない……
あなたも……そうでしょう?」
祐一は納得できなかった。
確かに、理屈ではそうかもしれない。
ここで自分から危険を冒し、死んだりしたら。
茜も……そして詩子も、きっと悲しむ。
だがそれでも、早く探さなければいけなかった。
危険を冒しても、探したかった。
繭の言い分も、理解できるが、自分には納得できなかった。
複雑な心境の祐一に、繭の言葉が突き刺さる。
「こんなに冷静に考えたくないよ……。
こんな理屈に縛られたくないよ……。
こんな『アタマのよさ』さんて、もういらないよぉ……」
祐一は、もう、動けなかった。
やがて、日は沈み、夜になった。
「じゃあ、取りあえず電気はつけないこと。
ここにいること、誰にも悟られないように。
寝静まった所に爆弾でも投げ込まれたらおしまいだからね」
涙が枯れるまで泣き、落ち着きを取り戻した繭の指示が飛ぶ。
先程までの繭の雰囲気は、微塵もなかった。
「見張りを交代で二人づつ立てましょう。
交代で寝て、休みをとる。いいわね」
見張り番を決めて、皆それぞれの行動をとる。
「繭……」
「何よ?」
「さっきは……悪かった」
「……気にすること、ないわよ」
繭の声は、どこか今までと違っていた。それが何かは、わからない。
星の光が、彼等を包み込んでいた。
優しく、優しく、穏やかに。