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PAST ENDING I〜形而下の死闘〜


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「どこ……いった?」
晴子は一人ごちる。
速い。
速すぎる。
何から何まで、全部が速い。
発砲するのも速かったなら、逃げ足まで速い。
智子が言っていたことや自分が見ていたマルチの様子と、
何から何まで違っている。
まさに突然の豹変とでも言うのか……。
……なんや、まさか故障とでも言うんか?
ロボットが狂気にとらわれるぅ?
……アホらし。

夜の森は、身を隠すにはあまりにも相応しすぎた。
そんな中からあの子を探し出すなど、全く不可能ではないか?
と思うほどに。

だが気は抜けない。
相手も銃を持っている。
気を抜けば……やられるのは自分だ。

『あんたまで殺されたらどうするん?
 無駄死にやで、そんなん』

……さっき自分でいった言葉。
それは全くもって自分にも当てはまった。
五体満足だろうが、武器を持っていようが、
結局、撃たれれば死ぬのだ。

……まだ死ぬわけにはいかんのになァ。
自嘲する晴子。
観鈴の側を離れてまで、今こうして走っている、
その行動原理はなんなのだろう?
自分の死の危険を抱えてまで、動く理由は。

憎しみ?
確かにそれもあるかもしれない。
数時間ではあったが、一緒に連れ添ったあさひは、
紛れも無くこの島での貴重な”仲間”だった。
あの子の無事は確かめていない。
――恐らくダメだろう。
そんな子を撃たれてしまったのだ。
憎むのは当たり前のことだった。
でも、それは決して一番の理由ではなかった。

――使命感、そう言い換えられるのかもしれない。
放っておくわけには行かない。
あの子があの子で無くなっていると言うならなおさら。
あんな笑い方が出来る子に、これ以上あんな真似をさせるわけにいかない。
このままでは、悲しみしか残らない。
もっと悪いことを引き起こしかねない。
誰かを、殺しかねない。
……観鈴を殺されるかもしれない。

「あー……そか。そやったなぁ……」
こむずかしく考えて、よぉ分からんようになっとったけど、
結局のところ、うちは観鈴を守りとうて走ってるんやな……。
そう――気付いた。

がささっ。

「!?」
音がした。
まさか、マルチが近くにいるのか!?

「いるんか……。いるんだったら出て来ぃや!」

…………無音。

辺りを見回す。
だが所詮は悪い視界、容易に隠れることは出来る。

「くそ……」
銃を肩ぐらいにまで持ち上げて構える。
――まさか、一生のうちに銃触るどころか撃つような羽目になるとは、
思っても見いひんかったわ……。
そう、心の中でごちながら。

光は無い。
風も無い。
そして……、音も無い。
銃を構える手に冷や汗が滴る。
動かない。
いや、動けない。
糸が張り詰めるように――。
たとえ、どんなものが来ても見逃しはしない。

…………!?

「そこかっ!?」

ズダアァァァァンン!

銃声が鳴り響く――。

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あさひの亡骸を横たえると、流れる涙も乾かないまま、
智子はすっ、と立ち上がった。

「いってくるで……。観鈴、あんたはここに居とき。
 何があっても動いたらあかんで。
 人に見つかりそうになったら死んだふりでもするんや。
 多分、それでどうにかなる」

血で汚れた両手を拭う。
――染み込んだ紅が取れることは、決してなかった。

こくん、と一回だけ観鈴は頷いた。
大分落ち着いたようだ。
不安げではあるが、しっかりとした輝きを瞳に灯していた。

「なんだか……、お母さんに言われてるみたい」
僅かにはにかんで、観鈴は言った。

一瞬だけポカンとする智子。

「…………そうか?」
「うん………」
「…………」

ふっ、と一瞬だけ笑い、智子は観鈴に背を向けて、
そのまま森の奥へと入っていった。

「お母さんを……お願い」
小さな、本当に小さな声で観鈴はそう呟いた。

横に眠っている――もう二度と目覚めることの無い――あさひを見る。
綺麗な顔をしていた。
胸のあたりも、地面も、私たちの手でさえも血に紅く染まっているというのに、
そういうのが一つも無い、とても綺麗な顔をしていた。
苦しみにうめいていた彼女の面影は、どこにもない。

「私、頑張って生きるよ。
 だからお空の上の……、一番高いところから見守っていてね」

動くはずの無いあさひの表情が、観鈴にはなんだか笑っているように見えた。

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「く……、いなかったか」
悔しそうに晴子は呟いた。

貴重な弾薬を無駄にしてしまった。
銃弾が貫いたのは、単なる茂みに過ぎなかった。

「あかんな……、こんなんじゃすぐ弾切れ起こしてまう……」
森の深さは、予想以上の障害となっている。
どうする……?
もしあっちがうちに気付いていなかったとしても、
まず間違いなく、今の一発で確実に気付かれてるに違いない。
今、この場に留まると言うのはとてつもなく危険だ。

「……ちっ」

無意識に低く身構える。
こっちの銃弾が無限でないように、
あっちの弾だってそうポコポコ撃っていたらいつかは途切れる。
ロボット風情の単純な頭なら、そうなるのもきっとすぐやろ。
そう晴子はたかをくくっていた。

――だが、晴子は知らない。
本来持ちえなかったはずのサテライトサービスの知識を、
”彼女”が受け継いでいるということを。
いまや銃器とサバイバルゲームにかけては、
常人をはるかに越えるほどの技能を持っているということを。
そしてロボットには、
感知できるような気配など在るわけ無いということを――。

突如、晴子の後ろに現れるマルチ。

がすっ!

「が……!」

後頭部を自動小銃のグリップで殴打され、晴子は前のめりに倒れた。

もともと潜んでいたのか、はたまた音も無く接近したのか、
ともかく、そこには確かにマルチの姿があった。

「タシカニ、アナタノイウトオリデス」
感情も、抑揚も無い声が聞こえる。
晴子には、その声が少し遠く聞こえていた。
「ムダナジュウダンヲシヨウスルワケニハイキマセンカラ」

――それは、かつてマルチのことをお姉さんと呼んでいた、
”彼女”の口調に良く似ていた。

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ズダアァァンン!

銃声が響いた。

「まずいわ……。どっちか、撃たれたんか……?」
森の奥に入ってすぐのこと、
智子はすでに状況が始まっていることを感じ取った。

「くそ……」
茂みを掻き分けて歩く。
銃声はこの先……、結構近いところから聞こえた。
晴子さん……無事でいてや……。
切に願っていたことだった。

銃声が止み、その余韻も消える。
後には何も残らない。
誰かが動いている様子も無ければ、また人の声も聞こえない。

焦る……。
まさかホンマに晴子さんがやられてしまったのではないか、と。

進む。
なるべく音を立てないように、けれども出来る限りの早足で。

ずっと続く同じ風景は、自分を不安にさせる。
このままずっとあの二人を見つけられんのちゃうか?
そう思わせるほどに……。
どこまでもどこまでも深い森。
もし同じところをぐるぐる回ってるだけだとしたら……。
森の中でずっと迷っていたのだとしたらどうするん?
……おもしろくないわ。

いや。
違うな。
そんなんずっと迷っとるんねん。
この島に連れて来られたときから、
ずっと出口の見えない迷宮で、
うちは――。

視界の先に、明るい緑色がよぎる。

……見つけた。
マルチッ!
そう、叫びたくなる自分を抑える。
慎重になるんや。
ここで間違ったら全部終わりや……。

「……そこにいたんやな」
静かに、マルチの背中に呼びかける。
あっちには自分のことは見えない……はず。
突然声を掛けられたことで、ショックでも与えられたのだろうか?
……それも、ただの機械には意味の無いことだが。

だが、予想外に”彼女”は振り返り、返事を返してきた。

「あ、智子さーん。どうしたんですかぁ?」
”マルチ”はニッコリ笑ってそう言った。
「何やと!?」

ダアァァンン!

そして、再び銃声が響く。

「がっ……」
「……おかしいですね。命中しませんでした」
智子は思わず膝を折り、地面に伏した。
……銃弾は、智子の腕を掠めるだけに終わった。

「試算ではこれで正しいはずでした……。
 ――マルチさんの重量を修正するのを怠っていたようですね」
その”彼女”の顔からは再び色が失われ、口調も無機質なそれに戻っている。

「やっぱり……あんたやったか。
 …………セリオォ!」
苦しそうに息切れし、苦渋に満ちた表情で智子は叫んだ。

「……ハイ。私はかつてHMX-13型、セリオと呼ばれました」
白い煙を上げる銃を下げ、負荷となった熱量を”彼女”は体外へと放出する。
「そしてかつてHMX-12型、マルチとも呼ばれました」
「…………何やて?」
「もはやそれらの人たちは存在しません。
 ”私”がここにあるのは、ただ目的のためだけです」

淡々と喋る彼女を、智子は凝視していた。

「そうか……、あんときか。
 マルチがセリオのデータのサルベージっちゅうんをやったあんときやな……。
 聞いたことがあるで?
 コンピューターの基本プログラムを、
 ぶち壊しにするプログラムが存在するんやてなぁ。
 たしか、ウィルスとか」

「残念ですが、私は私がどのようの生まれたかを知りません。
 ゆえに私は私の前というものを知りません。
 たとえウィルスプログラムによる工作があったとしても、
 私がそれを認めることはありえません。
 私は単なる機械に過ぎません。
 そして私は……、
 ただ、一つのロジックで動いているに過ぎません」

本当に機械人形でしかないと皮肉ったかのように、
冷淡に単調に同じような言葉を繰り返す”彼女”。

「……あんたは、もうセリオですらないんか……、
 ホンマにそうやな……。
 ……知ってるか?
 マルチはあの通りしょっちゅう笑って泣いて謝ってばかりの騒がしい子やった。
 でも、一見冷たそうに見えるセリオやってなぁ、
 ホンマはそう言うもんに憧れてたって話や。
 前、友達から聞いたことや。
 セリオなぁ、寺女からテスト期間終えて帰るときなぁ、
 思いがけずクラスの連中に見送られたんよ。
 そん中には、セリオがらしくない”おせっかい”焼いて、
 恋路助けたった子までおった。
 ……成功したかどうかは知らんがな。
 雨が降っとった。
 おまけに授業中やった。
 それでも、その子らはセリオとのお別れに駆けつけたんよ。
 そんときな、あのセリオが”涙”流した言うんや。
 単なる機械人形が、メイドロボが、そんなことできるはずないんや!
 表面だけでは分からんねん、
 あの子らは着実に”成長”してたんや。
 それを……、それを……、
 小賢しいいたずらが台無しにしてくさりおって!!」

智子は”彼女”に言い放った。
もう、声をひそめる必要は無かった。
きっとあと一瞬の後には自分は銃で撃たれて、
そして今度こそ死んでいるだろう。
そう思えば何をするのも容易かった。

「自分が単なる機械やて? 笑わせるなや!!
 あんたのその機体にはなぁ、
 いろんな人の夢や思いや想い出が詰まっとんねん!
 マルチの……、あの子の全てが入っとんねん……。
 主体の無い”お前”が、涙を忘れた”お前”が、
 そないになんでも分かりきったみたいな、
 偉そうなこと言わんときや!!」

智子は、そのセリフを言い終わり、はあはあと肩で荒い息をした。
――”彼女”はその様子を黙って見ていた。

「言いたいことは、もう終りですか?」
冷たく、そう言い放つ。

「……では、もういいですね」
再び、自動小銃が構えられる。
そしてそれが放た――

「!?」

――れない。

”彼女”は驚愕――らしき――表情を浮かべ、足元を見る。

「……だからロボット風情言うんや。
 詰めが……甘いねん」

足元には、じめんに這いつくばりながら、”彼女”を見上げている晴子の姿があった。
――腹部に押し当てられていたシグ・ザウエルショートが火を噴く。

ズダアァァン!!

至近距離からの一撃は確実に命中した。
その衝撃で、”彼女”は、勢いに負けて吹き飛ばされ、倒れた。。
銃弾は脇腹の部分を貫通していた。

「けっ……、前のめりに自分から倒れたんでな、
 同じ方向に殴られても、ギリで意識保持や。
 ダメージ軽減ちゅうやつやな。
 そいでも無茶苦茶痛かったけどな……」

晴子は上体を起こすと、不敵に笑った。

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