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描く弧は紅


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どんなに願ったとしても。
いかに気迫を込めたとしても。
成し遂げられぬ事がある。

それは、時間を遡る事だ。

大きく光の輪を描いて、あたしは彼女を切り裂いた。
振り下ろす刀が伝える、切り裂く感触に火薬の反動が混じっている。
そうだ。
あたしは斬った。
彼女は撃った。
…間に合わなかった。

なんのことはない。
皆が自分の思うがままに行動しただけの事だ。

ばっ、と彼女の背中から血飛沫があがる。
振り下ろした刀が弧を描いたように、遅れて正反対の弧を描きながら
血が吹き出る。
返り血を浴びながら、切り抜いた刃をそのまま下に止めて、再び悲劇
を目にする覚悟を胸にあたしは顔を上げた。

衝撃があった。
撃たれた。
そこまで茜を追い詰めてしまったのは、俺なのか?
そんな無念と疑惑を抱いたまま、俺は撃たれた…はずだった。

ところが俺は、傷ひとつなく無事だった。
詩子に、押し倒されていたからだ。
「ゆういち…」
相変わらず視線を虚空に漂わせたまま、詩子がうめく。
「詩子!お前!」
胸には穴が、もうひとつ開いている。
もはや抑える事もせずに、顔だけ起こしていた。

「あはは…駄目だよ、祐一。
 あんたを殺しちゃったら、茜が傷つくよ。
 茜が…可哀想だから…駄目、だよ…」
だからって、お前が死んでいいわけあるか、そう思いながら詩子を
抱きしめ、視線を上げて茜を見る。

茜を見ようとして、むしろ血飛沫を浴びて立つ少女と目が合う。
そんな顔するなら斬るな。俺は撃たれても良かった。
思いは連なったが彼女の暗い目に吸い込まれて何も言えなかった。

茜が、ぐらりと傾く。
しかし、ぐっと踏みとどまって少女に尋ねる。
「……あなたが…あたしを裁くということですか?」

微かに首を振って少女は答える。
「誰にも、あんたを裁けやしないわ」
やりきれなさに顔を歪める。
「でも、あの二人を殺して、それで生き残ったら…
 …きっと…ううん、間違いなく、辛いわよ」

茜は俯いて、微笑みながら口を開く。
涙は既に枯れ果てて。
「……どんなに辛くても。
 どんなに惨めでも。
 どんなに、汚くても。
 …わたしは、生きて帰りたかったんです」
言いながら、重そうに自らの血溜まりから足を踏み出す。
もはや半身が言うことを聞かないのだろうか、引き摺るように歩みを
進める。俺と、詩子の方へ。
そのまま血溜まりが大きくなる。出血が酷い。

しばらく苦しげに息をしていた詩子が、ようやく口を開く。
「ね…祐一?茜は、元気?」
ほとんど目前に居る茜さえ、もはや映していないのだろう。

「……ええ、元気ですよ」
茜が嘘をつく。
「詩子…死ぬな…!
 お前が死んだら、茜が悲しむじゃないか!」
気が付けば、詩子と同じことを言っていた。

「何…言ってるかな。
 茜が元気でいるのに…あたしが死ぬわけ、ないじゃない」

間もなく逝こうとしている茜を前にして、これ以上の皮肉があるだろうか。
俺は何も応えてやれなかった。
誰にも文句を言うこともなく。
その見えない目を閉じながら。

「…茜あるところに…詩子ちゃんあり、よ?」

いつもの言葉を残し。
そして、死んだ。


【099柚木詩子 死亡】

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