緋色の絨毯


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もはや俺達を救うものなど居ない。
俺や茜が貯め込んできた負債の数々がそうさせるかのように、俺達を
とりまく世界は滅びの中へと落ちていく。
「詩子…」
済まん。約束、守れなかった。心の中で詫びながら、彼女の身体を横
たえる。

動かなくなった詩子の前で、茜はしばらく視線を漂わせ新たな血溜まり
を形成していたが、再び意識の集中を見せる。
…無傷でありながらも立ち直れない俺と比べて、この強さはなんだろう。

気が付けば、隣になつみが立っていた。
拳銃を手に強い意思を示して立っていた。

そして静かに、震えることなく茜に狙いをつける。
「な…っ!」
「動かないで!」
驚き、立ち上がろうとする俺に銃を向け制する。

一連の動きを無視するように、茜が発言する。
「……今度会う時は容赦しない、と言いましたが…
 …今では、この有り様です。」
そう言いながら、一度ぐらりと傾ぐ。
無理矢理身体を引き戻し、虚ろに笑う。
「泥をすすってでも生き延びようと、決めてましたが…
 …もう、駄目みたいです」

そして、ずるりと歩きだす。
死体を引き摺ったような跡を残して、一歩一歩なつみの方へと歩く。
さながら緋色の絨毯を広げるかのように、血溜まりは拡がっていく。

決意を漲らせて、なつみは茜の接近を許していた。
二人の距離が、手の届くところまで近づいた時。
再び茜が口を開く。
「……だから、あなたの復讐を果たすといいでしょう」

淡々と、茜は言う。
「あなたに生き延びる覚悟があるなら…殺されて、あげます」

それだけ言うと、力尽きたかのように、なつみにもたれかかる。
一気に、なつみの意志が崩れる。
「…どうして?…どうして今になってなの?」
茜を抱きとめる。
「あたしの、あたしの居場所は…
 なくなったと思っていた居場所は、あったのよ…
 一緒に行こうって!そう言ってくれる友達が居たのよ!」
なつみは、ほとんど絶叫していた。
「だのに、ここまで来てしまったの!
 それが間違ってるって判っていたのに!
 思い出に負けて、ここまで来ていたのよ!」

心地よさげにもたれかかったまま、茜は安らかな声で答える
「……それなら、尚更…わたしを殺して、前に進むといいでしょう。
 …意地でも生き延びて、あなたの居場所を…守ってください」

なつみは茜を抱きしめる。
強く、強く抱きしめて。
そして血糊に手を滑らせる。
「そんなこと言われて!
 殺せるわけ、ないじゃない!!」

「……そう、ですか」
余裕なく短く答えると、茜はなつみに身体を預けたまま俺のほうを
向いていた。
「……祐一」
俺は黙って、茜の言葉を待つ。
「……あなたも、あなたの人生を生き抜いてください」

「……わたしは…。
 …わたしの生きたいように、生きましたから」

それだけ言うと、掌から砂が零れ落ちるときのように何の音もたてず、
なつみの腕から滑り落ちていった。

緋色の絨毯の上で。
安らかに、眠るように。

茜は。
茜は、最期まで俺を受け入れることなく、逝った。


【043里村茜 死亡】

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