鮮烈の紅
仮説ドッグへの入り口は、大きく分けて三方向に分かれる。
その各部分に担当二名を置き、潜水艦自体の警護は隊長を含めた4人が行っていた。
――そして、異変は始まった。
「……おい」
「どうした?」
「なんか……聞こえねえか?」
「……何も聞こえないが」
ドッグから見て右側の通路に配置された傭兵、
そのうちの一人が何かを聞きつけたようだ。
「そうか……?」
「気のせいだったのではないか?」
それでも、油断無く周りを見回しながら傭兵の片割れは言った。
岩盤がさらされた通路は、その広さからちょっとの声も反響するようになっている。
現に、今の彼らの会話もほんの少し残響を残している。
不和を訴えた男は、その自分の闘いで培ってきた勘のようなものを働かせて、
その聞こえたものの――不安の正体を突き止めようとした。
だが、聞こえてきたはずの”音”が、再び聞こえてくることは無かった。
「おかしいな……」
「空耳だったんだろ」
なんだ、ばかばかしい。
そう言った風にもう一人の男は肩をすくめた。
「なんかカサカサっていうか……、違うな。こう、風を切る音みたいな――」
それが、男の最後の言葉になった。
シュンッッッ……。
一瞬の空間の凍結。
その間隙を、何ものかの影がが突き通っていった。
男の言ったとおり、それは正しく”疾風”だった。
「な……」
もう一人の男は絶句する。
さっきまで会話していたはずのその位置に、彼の顔が無かったからだ。
そしてその一瞬の隙に、影はもう一人の男の背後に回りこむと首を締め上げた。
「んぐっ!? ぐっっっ……」
うめき声が漏れる。
だが、それもすぐに止まる。
さしたる抵抗も出来ないうちに、男は絶命した。
がちゃん!
彼が構えていた銃が地面に落ちる。
その役目を全うすることも出来ず、もはやただ置き捨てられるだけ。
影は男の絶命を確認するとその手から力を抜いた。
銃の後を追うように、その体はばたりと崩れ落ちる。
その死因は窒息死などと言う生易しいものではない。
……首の骨を握りつぶすような、そのようなものだった。
首を飛ばされた男は、自身を統治するはずの脳を失ったにもかかわらず、
バランスを失うことなく立ちすくんでいる。
そこからはとめどなく鮮やかに赤い血が流れ、
放射状に吹き出すそれから身を庇うことも無く、
――黒い少年は、ただそこに在った。