戦乙女
激痛。
痛みで、崩れ落ちそうになる――しかし、それ以上の闘志が彼女を、七瀬留美を奮い立たせていた。
長森瑞佳――。
折原浩平――。
仲間達は、次々と殺されていった。
失った痛み。それに比べれば――この程度。
鉄パイプを、握り直す。
目の前の"高槻"は、冷や汗を浮かべている。少女の思わぬ反撃に、驚愕し、畏れを抱いていた。
もはや彼女の念頭に、「乙女らしく」という概念は消え失せようとしていた。
いや、たった一つだけ「乙女」があるのかもしれない。
それは。
――ガキのくせに、生意気な……!
マスターモールドは、全身を襲う寒気と格闘していた。
ボウガンを握ろうとする手が、おぼつかない。
……そこで気が付いた。毒矢を挿入していない――これでは、鈍器にしかならない。
つくづく、自分のタイミングの悪さに苛つくばかりであった。
――恐れている?鬼ではなく、ただの女を……?くそったれ、なめやがって。殺してやる。
威勢のみだ。
実際の所、マスターモールドには全く武器が無い――ナイフは、遠くに蹴りやられた。拳銃もだ。
頼みの綱のボウガンも、矢の挿入に時間が掛かってしょうがない。多分、その間に、頭を砕かれる。
じりじりと後退していく――ますます、武器が離れていく。
しかしそこで。
視界の内に、ゆっくりと身を起こす鬼の姿が見えた――
――馬鹿な!?確かに当たった筈……!
その一瞬の狼狽を、七瀬は見逃さなかった。間合いを詰め、素早く頭部への打撃を繰り出す。
女子供の一撃だ――。たった一撃では死なない。だが、鉄パイプだ。身を屈め、やり過ごす。
そこに目に入る、相手の足の怪我。
マスターモールドの口端が――にぃ、と笑みの形を象った。
無理矢理な体制からの蹴り。それは、的確に七瀬の傷口を抉った。
「あぐぁっ!」
これには、七瀬も崩れ落ちた。
――チャンス。今なら、脇を通り抜ける事が出来る。
鬼の声。女の脇を通り抜けた――銃までどれくらいだ?そう遠くまでは飛んでいない筈……。
拳銃。己の希望。
それを掴むべく、マスターモールドは走った。
だが。
次の瞬間。耳に届く、怒号。
そして、空を切る音。
がすっ!
自分の頭が叩かれる音――マスターモールドは、何故か、それが遠くから聞こえてくるような錯覚に囚われた。
「あぐぁっ!」
思わず、声が出た。撃たれた傷が、衝撃で、血を吹き出す。今度こそ崩れ落ちた。
前を睨み付ける。"高槻"が、笑っている――。
それは、七瀬の、底知れぬ怒りと闘志を燃え上がらせた。
――弱点狙って叩くなんて……
「こんの……っ、ゲスがぁぁぁっ!」
およそ乙女とは似つかわしくない台詞。
それと同時に、立ち上がりつつ、身体の捻りを加えた鉄パイプの一撃を"高槻"の後頭部にお見舞いした。
丁度裏拳に似た感じだ――が、その威力は数倍。鉄パイプは、その一瞬だけ恐るべき「凶器」と化した。
がすっ!
クリーンヒット。衝撃に、"高槻"の身体が顔面から叩き付けられた――流石に起きあがってはこなかった。
ひょっとしたら、もう起きる事もないかもしれないかもしれない。
反動を利用し、立ち上がる。脛の裏の傷は、未だに痛みの協奏曲を奏でている。
しかし彼女は立った。立っていた。
その後ろに在る、輝く太陽の光を浴びて。
――それを、どんな「乙女」に当てはめる?
即ち、「戦乙女」。