血塗られた微笑み
「……強い子ね」
沈黙を破ったのは晴香の一言だった。
床に刺した剣を抜き、言った。
「あなたも見習いなさい?」
「あぁ、そうするよ……」
晴香は決して祐一に顔を見せようとはしなかった。
(泣いてる……まさかな?)
続いて床に捨てた硫酸銃を拾い、いまだ呆然としているなつみに向かい言った。
「悪いけど、茜は絶対に殺させない。絶対にだ」
それは、決意。
自分に、茜に、そして――詩子に。
強くなる。茜を守り、そして生き抜くくらいに。
「ようやくまともなことも言えるようになったじゃないの。
あなたは、どうするの?」
晴香がなつみに問う。
「……私は……」
なつみが何かを言いかけた――その瞬間だった。
放送が、聞こえた。
死んだ人間の名前を読み上げる、あの放送だ。
詩子の名前はなかった。だがそれよりも――
「……あゆ?」
確かにあった。月宮あゆ、と。
何人も、祐一の知り合いは死んでいった。
名雪も、美坂姉妹も、舞も佐祐理さんも。
真琴にいたっては、自分の目の前で死んだのだ。
そして今、まっすぐに自分の想いを貫き、死んでいった親友がいる。
その上更に、現実は重くのしかかろうとしているのか。
目の前が真っ暗になりそうだった。
今に沈んでいきそうだった。
「!?」
それを結果的に救ったのは、突如教会に溢れた気配。
おおよそ、教会という場所には似つかわしくない空気。
――殺気だった。
「許さない……。
あの二人まで……許さない!!」
殺気の主――晴香が叫ぶ。
祐一もなつみもその空気に完全に飲まれ、一言も声を出せずにいた。
保科智子、マルチ、そして神岸あかり。
僅かな時間しか共にいなかったが、それでも彼女達は友人だった。
いや、親友だった。
高槻との会話を思い出す。
結局何もできなかったのだ。何も。
刀をきつく握りしめる。
噛み締めた唇から血が滴る。
地獄の底まで、高槻を追い詰める。
この世の全ての苦しみを、奴達に味あわせる。
そうと決まれば、こんな所にいつまでもいる場合ではない。
ドアに向かって、走る。
祐一の声が背に聞こえるが、晴香には届かなかった。
ドアが開く。
開けたのは晴香ではなかった。
現れた女の異様な目の輝きを捕らえ、思わず晴香は足を止めてしまった。
それだけの狂気が、その瞳にはあった。
「祐一〜、ようやく見つけたよ〜」
女が、言った。
明るい声で、血に汚れきった姿で。
「なゆ……き?」
祐一は呆然とつぶやく。
何かが間違っていた。
あんなに背が高かっただろうか? あんな髪型だっただろうか?
「うん、そうだよ〜」
何かが、間違っていた。
目の前の光景がうまく認識できなかった。
天使の去った教会に、血塗られた微笑みが舞い降りた。