死神を連れて
「―――」
「―――」
沈黙。
国崎往人(033番)は、口を開く事も無く、大きめの石の上に腰掛けていた。
近くに居る三人は、皆、腰を下ろした状態で止まっている。
しかしその間を巡るのは、殺意、畏れ、疑念――
その渦中に立つ少女――里村茜(043番)は、のらりくらりと風を浴びている。
あれからどれくらい経ったことか。
茜の右手には、コルトガバメントが。
晴子の右手には、シグ・ザウエルショート9mmが。
そして、往人の手にはデザートイーグルが握られていた。
もし。
誰かが、己の獲物を持ち上げたなら――
恐らく、放たれる弾丸の数は一つではあるまい。
また、それに奪われる命も――
一つではあるまい。
完全な膠着状態。
複雑に凝り固まったパズルの中に、彼は居た。
二言三言、話をした。
茜の経緯――あれから、何があったか、など。
自分の経緯――神尾親子と出会った時の事、など。
その話の中で、彼女は。
氷上シュン――彼の死を知る。
自分が撃った相手の死。
その反応は。
そうですか――という一言だけ。
それでも。
その顔が、一瞬だけ悲痛に歪むのが解った。
――彼の願いは、叶ったのだろうか?
知る由も無い。
茜は、この状況を楽しんでいるわけではない。
むしろ不快に思う。
出来れば、誰にも会う事無く済ませたかった。
だが、それが叶わぬのも当然の報いだと――天罰だと――そう思っている。
しかし、祐一は遅い。
教会で何があったか、知る由は無い。
「誰」から「誰」を助けるのかも知らない。
それでも。
何も聞かなかった。
必ず帰ってくると思っている。
ヘタレだが、約束は守る男だ。遅くとも。
いや、待て。
そもそも約束なんてしただろうか?
そう言えば、そんな事を口にした覚えは無い。
――しておけば、良かったかもしれません。
何と無しにそんな事を思い――少しだけ、目を閉じた。
すぅ、と目の前の少女が立ち上がる。
晴子は、迷わず銃口を向けた――狙うは頭。
躊躇いは無い。
この子を守る為なら――。
その為に、怯えられようとも――。
「大丈夫です――撃つ気はありませんから」
「――信用出来んわ」
言い放つ。
しかし少女は臆せず、自分の鞄に銃をしまい込んだ。
他に武器は見当たらない。
それでも。
「人を――待ってるんです」
踵を返す。
「ここで、のんびりしてるわけにはいきませんから」
「呑気なもんやな――後ろからブチ抜かれるかもしれへんのにか?」
「――撃てませんよ、貴女には」
冷ややかに、言い放つ。
少しだけ振り向いた顔から見える瞳は、冷たく。
「なっ……」
「守る者があるから、撃つ――それと同時に、守る者があるから、撃てないんです」
隣を見る。
自分の娘が――観鈴が、晴子を見ていた――
僅かに塗れた瞳に映る、自分の顔。
恐ろしい。これが自分の顔か。
「お母さん……」
願うような呟き。
――殺さないで――お願い――
目が、そう語っているようで。
「くっ……」
敢え無く、銃を下ろす。
それを見届け、茜は前を見た。
森へ。
帰ってくるだろう人を、待つために。
「それでは――」
「ちょっと待て」
後ろから、声。
男の声。
振り向けば――デザートイーグルの銃口が、己の額を捉えていた。
――今日はよく銃を向けられる日ですね……。
そんな事を思い、息を吐く。
「勝手に行かれると困る。仲間がいるかもしれないからな」
「――じゃあ、どうするんです」
仲間などいない――そう答えても良かったが、恐らく信用はされまい。
待っている人、というのは嘘と思われている可能性もある。
第一、"人殺し"の言うことなど誰が聞こう?
――往人の出した提案は、極めて単純であった。
「俺達と一緒に行動してもらう」
「……本気ですか?」
「かなり本気だ」
「居候――マジで言うとるんか」
晴子は、半ば呆れた様子だった。
何を言うかと思ったら、それか?――といった感じだろうか。
「こいつが誰かを狙うにしろ、後ろに俺達が居ればそれも出来ないだろ」
「でも、私達の誰かを狙ってきたら――」
観鈴が、若干怯えた様子で呟いた。
銃口を向けられた恐怖は、未だ抜けきっていない。
「その時は――まぁ、穴だらけになるだけだな。
まさかそんな危なっかしい真似はしないだろう――で、どうする」
問い掛ける。
無論、選択権は無い――向けられたデザートイーグルの銃口が、そう語っていた。
溜息一つ。今度は、酷く長く。
返事の代わりに、再び自分の居た場所に戻った。
【043里村茜 033国崎住人、023神尾晴子、024神尾観鈴と行動決定】