修正


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「ごめんくださーい、柏木さんですか? 」
その中年男が教室のドアを開けて入ってきたとき千鶴は戦慄した。
(わたしも梓も入ってくるまで気づかなかったなんて、どういうこと? )
とっさに千鶴と梓は立ち上がりあゆを男の視線から隠すような位置に動く。
(ナイス、梓)
(ナイス、千鶴姉)
まさに姉妹であった。
その男は右手に人間の腕ほどの太さで1mほどの木の枝を前方に突き出すように構え、左手の拳銃
を後方に引いて構えていた。

(一気に飛びかかるにはあの枝が邪魔ね)
(一気に飛びかかるにはあの枝が邪魔だな)
千鶴と梓は横目でお互いを見て小さく苦笑する。またも姉妹そろって同じようなことを考えて
いるとわかったからだ。
「あなたは誰です? 何の御用でしょうか?」
千鶴は撃つ気ならもうとっくに撃っているだろう事、またこの男に隙が出来るまで時間稼ぎと
してこの男と会話する事にした。
「申し遅れましたが私長瀬源三郎ともうします。解ると思いますがわたし、管理者の一人です。
いやー、柏木さんは足が速いですねえ。小屋からでてくるところ偶然見かけたんですが、途中で
引き離されて見失っちゃいましてねえ。おかげであなた方を見つけるのに今まで時間がかかって
しまいましたよ。いやすみませんね」
そう言った男の口は笑っていたが眼は冷たい輝きを放っていた。
「だから何の用なんだい? 簡潔に言ってくれよ」
梓がいらただしげな口調でいう。

「梓!!」
千鶴はたしなめる。
(あせらないの。時間稼ぎなんだから)
(わかったよ、千鶴姉)
アイコンタクトで千鶴と梓は意志を疎通する。
「ああ、やっぱりそちらは柏木梓さんでしたか。とするとこちらは柏木千鶴さん。
ちらっと見えた小学生の女の子は月宮あゆさんで間違いないみたいですねえ。写真
は見ましたけど人違いしたら大事になりますのでね」
千鶴は失言を悟った。
(うぐぅ、ボク小学生じゃないよ)
いつものあゆならばそう口にだして言い返していただろうが、さすがのあゆもこの状況で
口に出さないだけの分別はあった。
「いやねえ、あなたがたもう死んだことになってますよね。なのに生きてる。いわばあなた方
はこの島では幽霊です。そういう居ないはずの人間によって起こるはずの無い出来事、つまり
イレギュラーが起こるのは私たちのような管理者達にとって不都合だと思うんですよ。ま、これは
わたしだけの見解ですがね」
「一つ聞いていいかい?」
梓は源三郎に問いかける。
「あたしたちが生きているって事もうあんた達は知ってるのかい?」
「いいえ知りませんよ、あなたがたイレギュラーを修正するのはわたしの独断ですからね。
幽霊じゃない正規参加者を殺すのは許されないのは解ってますが、あなた方イレギュラーの抹殺も
微妙ですからねえ、報告するわけにはいかないのですよ」
そこまでいったところで源三郎は最後通牒を述べた。
「いけませんね、どうも私は老の時といい、おしゃべりが過ぎるようで。
ではみなさん、死んでください」
ちょっとそこまで散歩に誘うかのような気楽さで源三郎は言った。

(うぐぅ、このままじゃみんな死んじゃう。ぼくもう親しい人の死なんか見たくないよ)
あゆは次の瞬間、短機関銃をつかみ、衝動的に千鶴と梓の影からでていた。
「おじさん、動かないで! 動くと撃つよ!」
あゆが短機関銃を構え、源三郎を狙っていた。だがその手はぶるぶる震え、銃口は上下
に揺れていた。
(とっさに体が動いちゃったけど、この後どうしよう?)
源三郎はあゆが反応するより速く発砲する。銃弾は偶然あゆの短機関銃の銃口に飛び込み、
銃自体を破裂させる。その衝撃であゆは気絶する。
「おや、話しに聞いたことはありましたが、実際に起こるとは。お嬢さん、運がいいですね。
銃が破裂しなければあなたの頭が破裂してましたよ。おや、もう聞こえてないようですね」
その瞬間源三郎の注意があゆにそれたことに気づき、梓はポケットから手を抜き短く振る。
掌一杯の小銭が源三郎の顔面を襲う。とっさに源三郎は両手で顔面をガードする。人間自分の
顔面に突然何か飛んでくればそう反応する。それと同時に千鶴は源三郎に飛びかかる。遅れて
梓も飛びかかる。それに気がついた源三郎は狙いもそこそこに勘だけで発砲する。先に飛びか
かった千鶴には命中せず、遅れて飛びかかった梓に命中する。
 一番最初に敵に突撃する人間には何故か弾丸が当たらない。2番目に突撃する人間によく当たる。
いまだに解明されぬ戦いの謎の一つであった。

轟音とともに胸に一発。奇しくもそれは梓がここ学校で以前撃たれたのと同じ場所だった。
「かはっ……」
口元から血が滴る。
(また防弾着に助けられたってわけかい・・・・・・)
仰向けに転がって床をすべる。 立ち上がろうと全身に力を込めるが、あばらが折れたのか、
呼吸する度に激痛が走る。歩くのがせいいっぱいだった。

源三郎は間近に接近した千鶴をみてもう発砲する時間は無いと判断、右手の木の枝を千鶴の頭
めがけて振り下ろす。それを千鶴は左手の鉄の爪で受け止め、間髪をいれず、右手で枝をつかみ
枝を押さえると鉄の爪を源三郎の首筋めがけて振りおろす。源三郎は前蹴りを放つ。千鶴は
カウンターを喰らうと判断し、枝を離してバックステップする。そして源三郎の蹴り足を切り裂こう
とする。源三郎はかわされたと知るやいなや素早く足を引き戻す。鉄の爪は空を切った。
源三郎はがら空きの頭上めがけて枝を振り下ろす。それを千鶴は身をひねってかわし、そのまま
源三郎の懐に踏み込み、心臓めがけて突きを放つ。源三郎は枝を引き戻し、横に払う。そのまま
源三郎の横を通り過ぎる。続く源三郎の横殴りの一閃を身を沈めてかわす。体勢がいれかわり
梓の姿が目に入る。よろめきながらこちらに近づいていた。戦意は失われていなかったが
戦闘は無理なことを千鶴は理解した。
「これが鬼の力ってやつですか。想像以上ですねえ」
不意に攻撃を止め源三郎は軽口をたたいた。千鶴は答えず違うことを言う。
「梓、あゆちゃんを連れてここから逃げなさい!」
梓は激痛をこらえながら、それでもしっかりした口調で叫んだ。
「千鶴姉をおいていけるかよ!!」
「議論している暇はないわ。これは姉としてではなく、柏木家の家長としての命令です。
あゆちゃんを連れていきなさい!!」
「でも!!」
「聞けないならあなたはわたしの妹ではありません。これで最後です。あゆちゃんをつれて
いきなさい!!」
「わかったよ、死ぬなよ、千鶴姉!!」
その声に千鶴は右手の親指を立てて答える。
「ぱちぱちぱち。いやあ、感動だ。姉妹涙の別れってやつですかな。待ったかいもあったもんで
すなあ。だが残念ながら柏木さん達をここで皆殺しにして幕をおろさなければいけないんですよ。
悪の勝利ってやつですな。観客はぶーいんぐを言うかもしれませんが、わたしもこれが仕事なも
のでつらいんですよ」
言い終わるやいなや源三郎は千鶴に向けて発砲する。しかし、その銃口の先に千鶴は居なかった。

言い終わるやいなや源三郎は千鶴に向けて発砲する。しかし、その銃口の先に千鶴は居なかった。
一瞬早く、千鶴は源三郎めがけてスライディングを放ったのだ。源三郎はジャンプし千鶴の足を
かわし、空中から枝を振り下ろす。床を転がりながら、千鶴はその枝をたたき斬ることだけを狙っ
て全力をこめて爪を振るう。音を立てて枝の中央から先が斬り飛ばされる。千鶴は
回転を利用して立ち上がり、またも枝を狙う。今度は手元以外残らなかった。まさにおそるべき
力であった。源三郎は薬物強化された自分の体で鉄の爪を受け止めることは不可能だと悟った。
薬物で強化された源三郎にとっても千鶴の斬撃は銀色の線としか見えない。リーチにおいて
遜色ない枝があるならともかく、無い今となってはかわすのが手一杯で反撃など思いもよらなかった。
源三郎は身をひねり、あるいは沈め、千鶴の嵐のような斬撃をかわす。完全にはかわしきれず
源三郎の目前を銀色の線が通過する度、源三郎の服が裂け、髪の毛が斬り飛ばされる。
千鶴は源三郎の左肩から右脇腹にぬける逆袈裟の斬撃を送り込む。源三郎はスウェイバック
でその斬撃を紙一重でかわす。完全にはかわしきれず、源三郎の服が裂け、血がにじむ。
だが皮一枚切れただけのかすり傷である。痛覚が麻痺している源三郎にとってなにほどの
ダメージではなかった。
千鶴は左脇下に位置する自分の左手首を返す。その瞬間千鶴の左腕が一瞬止まる。視界の端に
それをとらえた源三郎は、人体の構造上次の斬撃は横殴りの一閃以外無いと予測し、右手の枝の
残りを千鶴の顔面めがけて投げつけ、千鶴に向かって一気に踏み込む。千鶴は頭を振って枝をかわし
横殴りの斬撃を繰り出す。だがかわすことに注意をとられたため斬撃が一呼吸遅れる。その間に
源三郎は千鶴のふところに飛び込んでいた。源三郎は右腕を上げ、自分の右脇で千鶴の左腕の上
腕部を受け止める。遠心力の乗った先端部は受け止められなくても遠心力が乗らない根本ならば
受け止められる。

 口で言うのは簡単だったが、勇気と素早い踏み込み、どちらが欠けても出来ない受け止め方だった。
源三郎は上げていた右腕で千鶴の左腕をはさみこみロックする。千鶴は自分の左腕がロック
されたこと、源三郎とあたかもキスする時のよう密着している事に気づくと、とっさに頭突き
を繰り出す。1発、2発。それと共に源三郎の顔面が血に染まり表情がゆがむ。3発目が当たる
前に源三郎は左肘をいれて顔面をガードする。それと同時に源三郎は下も見ずに右足で千鶴の
左足の甲を踏みつけ、そのまま踏み折る。ここは肉も薄く、骨ももろい。簡単に骨が折れる、人体の
急所の一つであった。
足から伝わった激痛に千鶴は獣のような叫びを漏らす。源三郎はそれにかまわず、顔面をガード
していた左腕を自分の顔面の左横に振りかぶり、千鶴のこめかみに左手に持った拳銃のグリップ
をたたき込む。千鶴は意識が飛び、崩れ落ちてゆく。源三郎は千鶴の左腕のロックを外し、拳銃
を両手で保持する。

 千鶴の意識が飛んでいたのは一瞬だった。自分の体が今にも崩れ落ちてゆくのがわかる。
 (わたし、死ぬの?こんなところで。梓やあゆちゃんも守れないで。耕一さん達に無事も伝え
られないで。なにより狩猟者のわたしが獲物ごときに狩られるの?!)
 妹たちへの想い、耕一への想い、そして狩猟者の誇りが今にも再び飛びそうな意識を支える。
死力をふりしぼり、重力にひかれ、たおれてゆく上半身を腹筋の力のみで支え、右足一本で下半身
を支え、左腕を振りかぶる。
 「あなたを、殺します!!」
 そう叫ぶと同時に源三郎の首筋めがけて斬りつける。轟音と共に、千鶴は腹に衝撃を受ける。
だが斬撃は止まらない。もう一度轟音と共に今度は胸に衝撃を受ける。だがやはり斬撃は止まらない。
千鶴の目に源三郎の首筋を薙ごうとしている鉄の爪と、黒い穴が見える。
(やったわ、狩猟者を狩ろうなんて身の程知らずの獲物を狩ったわ)
もう一度轟音が鳴り響く。それが千鶴がこの世で聞いた最後の音だった。

千鶴の鉄の爪は源三郎の首筋に触れたところで止まっていた。鉄の爪が源三郎の首をかっ切るよりも
コンマ1秒早く、源三郎が千鶴の頭を撃ち抜き致命傷を与えたのだ。千鶴が最後に見た黒い穴とは
銃口であった。銃口が反動で跳ね上がるのを利用し、腹から頭にかけて銃を連射する。ジッパー
ショットと呼ばれる近距離暗殺用射撃術だった。

「ふう、危ない、危ない。鬼の力とは聞いてましたがこれほどまでとはね。この調子では
イレギュラーの修正も容易ではないですねえ」

そうつぶやくと、周りを見回し、自分以外誰も居ないことを確認すると
源三郎は千鶴の装備を回収し、柏木梓と月宮あゆの追跡を開始したのだった。

【長瀬源三郎生存 】
【長瀬源四朗死亡 】
【柏木千鶴死亡 】
【マナの短機関銃破裂】
【長瀬源三郎、柏木千鶴の装備を回収し、柏木梓と月宮あゆの追跡を開始 】

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