木霊する嘆き
「……っ!?」
「今のは……?」
「えっ!?」
「!」
スフィー、千鶴、あゆ、そして彰が空を見上げる。この場所は通称・施設前。
光の柱が立ちのぼった瞬間、彼女たちはまず信じられないと言った表情を浮かべた。
「……あの、邪悪な気配が……消えた?」
「えっ、えっ、どうして? 刀はここにあるんだよっ?」
スフィーが空をくるりと見渡すと、厚い雲がだんだんと晴れていくのが目に入った。
あゆがあわてて、抱えたままの刀を目の前に持ってきて確かめる。
だが間違いなく巨大な邪悪であったところの神奈の気配は消え、刀は変わらずそこにあった。
「……どうやら……他の誰かが、何らかの手段であの精神体を滅ぼしたようです……ね」
千鶴がそう呟くと、彰が目を見開いたままその場に崩れ落ちた。
がくりと項垂れて地面に右腕をばしゃり、と思い切り叩きつける。
それを何度か繰り返すと、彰は肩をぶるぶると震わせてその場で俯いたまま絶叫した。
「それじゃ……それじゃ、僕は何のためにっ……! 僕は、どうやって償えっていうんだっ!!」
畜生ッ! と、もう一度地面に腕を叩きつけると、彰はぴくりとも動かなくなった。
いや、よくよく見れば細かく震えているのが解る。
哭きたくても哭けない。
彼の心が、安易に涙を流すことを許容しようとしない。
その様子には千鶴も、そしてスフィーもあゆも、かける言葉が見つからなかった。
ツグナヒ。
……そう。この島で死んだ、全ての人々に。
生き残った罪深い私たちは、どうやって償えばいいのだろう。
そう、私たちは……。
「……ちょっと、待ってよ!」
スフィーが驚いたように叫ぶ。
「これで全てが終わるなら……どうして私は『魔法がまだ使えない』のよ!?」
その言葉の意味をその場にいる全員が理解する前に。
大きな音が、響きわたった。
「なぁぁんじゃとぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
コントロール室内に、グレート長瀬の声が響きわたる。
芹香を伴って施設に入った北川は、真っ先にその絶叫を聞くハメになってしまった。
「うるせーっ!」
「うるさいわよっ!」
「みゅーっ!」
「………………(こくこく)」
「センサーが壊れてしまいますぅ」
(動物たちも一斉にそれぞれの聴覚器官をガードした)
その場にいる全員からの総スカンを受け、疑似人格は慌ててスピーカーのボリュームを落とした。
それからぜぇ、ぜぇ、といかにも驚愕の余韻を残すように息切れの真似などしてみる。
こうして見ると、本当にどうでもいいところに凝った疑似人格といえる。
「……すると、何かね?」
その場にいる全員を前に、グレート長瀬はぶつくさと愚痴るように尋ねた。
「ここにいるメンバーは、そこの青年以外は皆、生命感知用のセンサーを吐き出している、と?」
「そーゆー事だな。俺も出来れば吐きたいが、あいにくと自分で吐き捨てる勇気がない」
「よーするに、おくびょーものってことじゃない」
北川と詠美の視線がばちっと交差する。
「……で、じーさん。俺達が持ってきたCDの解析も頼めるか?」
「うむ、任せてもらおうか。なに、ばーっちりばっちり調べ尽くしてやるわい」
「なるべく早く、頼む」
「なによあんた、せっかちさん? カルシウムたりないんじゃないの?」
北川と詠美の視線が再度ぱちっと交錯する。
「……おい、そこのバカっぽい女」
「呼んでるわよ、まゆまゆ」
「みゅー?」
北川が詠美を呼び、詠美が繭を呼び、動物達と戯れている繭が返事をする。
「違う、お前だ」
「あ、マルチだったの? 呼んでるわよマルチ〜?」
「はーい、何かご用でしょうか?」
北川が詠美を呼び、詠美がマルチを呼び、茶菓子を用意しているマルチがやってくる。
「……違うって言ってるだろ」
「ええ!? それじゃ……」
言うに事欠いて芹香を呼ぼうとする詠美の頭を抑えつけ、北川が無理矢理に詠美と向き合う。
そして、普段の軽い調子からは考えられないほど、低い声で、言葉を叩きつけた。
「あのCDはな……俺の、この島で過ごした全てが詰まってるみたいなモンなんだよ」
「なーんだ、ただの記念写真……」
「茶化してるんじゃねぇ!!」
絶叫。
詠美が。
繭が。
マルチが。
動物達が。
グレート長瀬が。
芹香が。
一度に沈黙することで、部屋の中には電子音だけが鈍く響いている。
「俺はな……いいや、俺だけじゃねぇ。レミィや住井、相沢や美坂たちだってそうだ!
ここにいる連中だってそうだろう! こんな島で殺し合いなんてしたくなかったんだよっ!
けどな! 巻き込まれて! 傷ついて! みんな死んじまった! いいかっ! このCDはなっ!」
そこで一度、言葉を切る。言葉を切って、息をつく。
一息に。
「このCDはこのふざけた殺し合いを終わらせることが出来るってそう信じて俺はここに来たんだよ」
重い。
言葉が重い。
空気が重い。
あまりの重さに、誰もそれ以上口を開くことが出来ない。
この狂ったゲームを終わらせる。
本当にそれができるのなら、あのCDはつまり、犠牲者たちの血で出来ているようなものだ。
詠美は思い出す。
自分をかばってくれた由宇を。自分を抱きしめてくれた和樹を。自分と一緒に歩いてくれた御堂を。
芹香は思い出す。
合流して、そして別れて、二度は会えなかった妹を。元気な微笑みを向けてくれた結花を。
繭は思い出す。
優しいお姉さんだった真琴を。だらしなくても憎めなかった祐一を。自分を守ってくれた御堂を。
動物たちも、それぞれがそれぞれに過去になってしまったものを思い出していた。
「……だから、なるべく早くしてくれ」
「……わかった」
重い沈黙。
その重さが、彼らの感じている逃れ得ぬ罪の重さ。
木霊する死者の嘆き声といえるものであった。
【結界、いまだ解除されず】
【CDついに到着。キノコパーティーは次回?】
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