死の舞踏
----------眩しい。
生身の人間が、ここに足を踏み出すのは冒涜なのではないか。
そう考えさせられるほど、世界は神々しく光に包まれていた。
(……彰は?)
目を細め、頭を巡らせてさがす。
戦闘の音は聞こえる。
しかし、その姿は見当たらない。
(視界が…狭いんだ)
目を慣らしながら、音を頼りに進む。
一方的な銃撃音が続いている。
音が聞こえる限り、勝負は続行中なのだろうが…異常だった。
いくらなんでも、声だけの銃撃を-----
『耕一さん!あっちです!!』
-----叫びに、振り向く。繭の声だ。
自分が降りてきた方向とは逆の、むしろ通気口側。
音の共鳴が位置取りを誤らせていたのだろう。
遠く光の中、二人の影がさながら踊るように舞っている。
(彰-----勝手に、死ぬなよっ!!)
耕一は心の中で祈りながら、走り出した。
「……ち…千鶴さんっ!」
「嘘……」
あゆと、目を覚ましたマナが死体にすがり付いている。七瀬と晴香は無言で立ち尽くしている。
さんざん泣いたあたしが言えた立場じゃないけれど-----急がなきゃいけない。
「あゆ、行こう」
「うぐぅ……」
盛大に鼻水までたらして、あゆは泣いている。レースの上等そうなハンカチーフをとりだして、鼻をかんでやる。
「しょうがないな…ほら…」
あゆの鼻をぐりぐりしながら、全員の様子を見る。あたしは脚に裂傷。繭は左手に被弾したが傷は浅そうだ。
晴香と七瀬は腹に貫通傷。マナは出血こそ派手だったが、肋骨の上を滑っていただけのようだ。むしろ打撲が酷い。
あゆは無事だが、戦力として期待するのは間違っている。
あたしと繭を除けば、肩を組み気力で立っているような、七瀬と晴香に期待するしかない。
足を引き摺って、二人の前に立つ。
「お互い、ぼろぼろだね」
「そうね。でも、これで最後なら-----」
「-----根性、見せないでもないわよ」
そこは乙女の意地でしょう、と七瀬が修正する。
……悪いけどあたしは、乙女って柄じゃない。
たぶん、ここにいる誰も柄じゃない。
『耕一さん!あっちです!!』
繭が叫んでいる。神奈を発見したのだろう。
「繭!どっちだ!?」
そう言いながら、あたしたちは各々の可能な限りの速さで走りだしていた。
「あそこです!ああっ!」
「な----------!!」
銃声がやんだ。
音さえ吸い込むように、光が強くなっていたが-----そのためではない。
「彰ああああああああああ!!」
耕一の叫びが響き渡る。そして叫びの余韻の中、施設から梓達が駆けつけてくる。
ひとつの勝負が、ついていた。
そのシルエットは、祝杯をあげるように高らかに右手を上げている。
左手を腰に当て、誇らしげに胸を張り、そして掲げるそれは-----
「……彰」
-----彰、だった。
神奈は首を掴んで、軽がると持ち上げている。一方の彰は、無事なところなど見当たらない。
「耕一…遅いじゃないか」
「……済まん」
「初音ちゃんのこと…頼むよ」
「……ああ…任せておけ」
初音の死体のことなのか。
-----それとも、まさか。彰の記憶はもはや狂ってしまっているのか。
むしろそのほうが、幸せなのかもしれないが-----真実は最期までわからずじまいだった。
ごきり
銃声すら掻き消す光の中で、全員がその音を聞いたという。
続いてひゅう、と擦れた吸気音のようなものが一回。
祝杯は、砕かれた。
支えを失いだらりと垂れ下がった彰の首に、鬱陶しげな一瞥をくれると、神奈は無造作にそれを捨てた。
そしてパートナーを導く踊り子のように、優しげとさえ言える滑らかな仕草で手を差し伸べる。
「次は、どいつじゃ?」
耕一を、七瀬を、晴香を見て、上機嫌に言い放った神奈は、ついと片眉を吊り上げる。
「…また、小細工か。ご苦労なことじゃの」
(……小細工?)
耕一たち三人は、お互いの顔を見た。可能な限りの努力は、小細工だって何だってするつもりだった。
しかし、心当たりがない。俺たちに何か共通点が…?
(そうか-----刀か!?)
三人同時に、理解の色が拡がった。刀の外見は、どれもほとんど違わないのだ。
無言のまま、三人のリズムが同調しはじめた。
自然と神奈を囲むように、等間隔で立っていた。
しかし、どうにもならない問題がひとつある。
観鈴を斬らずに、神奈を斬れるのだろうか。
(やはり-----不可能なのか)
七瀬と晴香の刀は、ただの刀だ。神奈を倒す事ができない以上、本気で切り込むことはできないだろう。
しかし耕一の刀は、神奈を倒せるものだ。
唯一その手段を有した自分が躊躇えば、三人全員倒されてしまうかもしれない。
(-----不可能、なのか-----)
握り締めた手に汗が伝う。三人同時に、ちゃきりと刃音を鳴らして刀を構える。
もしもこれが舞踏なら。
いま高らかに、天空の歌が流れていることだろう。
「……どうした? 立って居るだけか?」
神奈が挑発する。梓たちが銃を構えているが、飛び込む耕一たちのことを考え発砲できないでいた。
(くそっ!)
七瀬たちが、耕一を見ている。
何かきっかけがあれば-----例えば耕一が目で合図すれば、二人は飛び込むだろう。
(くそう!!)
迷いに割ける時間は、間違いなく限界に達しようとしていた。
そのとき-----ばさりと羽音を立て、神奈の真上から何かが降ってきた。
光りをさえぎるような、真っ黒な何かが降ってきた。
「何-----烏じゃと!?」
いままで何者も触れる事すらかなわなかった神奈の肩に、一度だけ羽音を響かせて烏がとまった。
神奈は驚きと怒りをぶつけるように、右手を振り回し中空の剣を叩きつける。
ぱん、というその音は破裂音と表現するのが一番近い。
生物を殺戮するというよりも、風船を割ったような音がして-----烏が-----闇が、拡がった。
「何じゃ!? これは!!」
叫ぶ神奈の姿が、闇の中で観鈴に重なるように浮かんでくる。
闇の中で輝くのは、神奈の翼と-----ひとつの、人形。
「烏!!貴様は一体!?」
殺されたはずの烏が、いまだに神奈の肩にとまっている。
そう、観鈴の肩ではなく-----神奈の、肩だ。
みるみるうちに、神奈の姿が観鈴から引き剥がされ、人形へと移っていく。
-----今だ!
三人は誰からともなく、踏み込んだ。
狙うは-----人形。
「うおおおおおおおおおお!!」
「小癪な!!」
耕一の雄叫び。そして剥がされながらも観鈴を操る神奈の叫び。
一瞬にして七瀬を吹き飛ばし、晴香の刀を両断する。
剣は勢いを増して、そのまま耕一の胴を両断する-----
ざんっ
-----肉と骨を、瞬時に両断する音。ざあ、と流れる血。
「観鈴ちゃん……」
「にはは……」
耕一が膝をつく。そして神奈が振り上げた右手を、胸を押さえるようにしまい込んだ観鈴が膝をつく。
神奈の剣は、軌道を変え観鈴の身体を両断していた。
そして耕一の刀は-----人形に、突き立っている。
「みんな、ありがとね……」
「観鈴ちゃん-----!」
「おかあさんも、”ようやった”って…言ってるよ」
「観鈴ちゃん!!」
最期に意志を取り戻した観鈴が、剣の軌道に干渉したのだ。
観鈴の肩を抱く耕一から逃れるように、その下半身がぼとりと落ちた。
「……ありがとうって……なんだよ…」
耕一は地に伏した。
そして、光が収束する。
死の舞踏は、終焉の時を迎えたのだ。
【七瀬彰 死亡】
【そら 消滅】
【神尾観鈴 死亡】
【神奈備命 刀に封印】
【残り 7人】