コップの中の嵐


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――00:02――東京新宿地下施設――

地下とは思われないほど広大で豪奢な空間。そこでは様々な男女が
カクテルグラスを片手に談笑している。彼らの共通点は顔に奇妙な仮面をつけている事。
そして会場の雰囲気を壊さぬよう計算し尽くされた配置で並べられた机の上には、
まさに山海の珍味の数々が並べられていた。そのどれもが尽きることなく
運びこまれている。部屋の四方の壁、天井、はては床までがモニターになっており、
逐次なにやら映し出していた。


「そろそろ決着のようですなぁ」
「マダモアゼル、あなたのどの駒にお賭けになったので?」
「おほほ、私は七瀬留美に」
「さすがはお目が高い。私の賭けた柳川祐也なんぞは開始早々消えてしまいまして。
 まったく役に立たない男だ」
「まあまあ、その賭け金も見物料だと思えば安いものではないですか」


そう、この奇怪な仮面舞踏会の正体……それはFARGO――否、その実態は
長瀬一族なのだが彼等にとってはそんなことはどうでもいい――主催の
狂気の宴。とある島で100人の人間達が殺し合い、そこから生きて
脱出する者は誰であるかを見定めるギャンブル。


この宴に集まった者達は皆、政財界で名を成しこの世の至福を勝ち取った人間。
その至福に飽き足りなくなり、最後に行き着いた先がこの命を賭けた椅子取りゲーム。
もちろん参加するのではない。自分達は絶対安全な場所、遥かな高みから
命のやり取り――そう、どんなに最高の俳優でも虚構のドラマである限り
決して演じきれない現実のドラマ――それを眺める……それは特権階級たる彼等の権利。

残酷?? なにを言っているんだ。古代ローマ帝国では、奴隷剣士同士の決闘を見物し、
そしてそれに賭ける事はなによりの娯楽かつ神聖な行為であったではないか……。



「しかしモニターの修理はまだ終わらないのですかな? これでは折角の彼等の舞台を
 十分に楽しぬ」
「まあまあそう言われますな、ご老体。彼等の体内センサーはまだ生きていますゆえ、
 死人が出ればすぐわかる。その瞬間を今か今かと待ち続けるのも一興では
 ありませんか」


彼等は実に楽しげだ。数年に一度行われるこのパーティー。ここに来ることが
出来るのはある種のステータスシンボル。裏の、そして闇の社会に地位を得た証。
同じ穴のむじな達があるまるこの会場。同類の親しみ。彼等はここで様々な人間と
縁を結ぶ。いまそこにいる男も……



「いかがですかな、今回のゲームは?」
 彼は、一人テーブルに座る男に声をかけた。相手はタバコを口にくわえて無造作に
 足を組んでいる。――賭けた駒が全滅したんだろう――彼はそう好意的に
 解釈することにした。
「今回の主催者の試み――ジョーカーでといいましたかな?――少々作為的ではあるが
 私はかなりおもしろかったと……」
「くだらねえな……」
「…………確かにそういう意見もありましょうが……」

 ピリリッ、ピリリッ……

 突如電子音が鳴る。相手の男は彼にはなにも言わず懐から携帯電話を取り出して、
 なにやら話はじめた。

「ああ俺だ……、そうか……」

 まったく、礼儀をしらん男だ。品性のかけらもない。

「……うん……用意は……」

 それにこんなところで携帯だと? これだから成り上がりものは……携帯っ!?



 ここは東京新宿地下施設。誰も知らない筈の場所。電波が届く筈はない。なにか
 細工をしていなければ。こいつは……


  バアァァン………


 パーティー会場に一発の銃声が鳴り響き、次の瞬間全てのドアから完全武装の兵士が
 突入してきた。



――00:07 中国 天安門地下会場――
「異常事態発生、異常事態発生。本部、指示を願います!!」


――20:07 ロシア シベリア平原施設――
「FARGO本部、FARGO本部、応答願います!!。現在所属不明の部隊と交戦中。
 このままでは……うわぁっ………」


――18:07 スイス スイス銀行連盟特別施設――
「なにがどうなっているのだ!?」
「わかりませんっ。現在最終防衛ラインで交戦中っ!! FARGO本部とも
 連絡がとれませんっ」
「なんだとっ!?」


――17:07 英国 ロンドン郊外大庭園
「我救援請う、救援請う!! ……何故だっ!? 何故通信が通じないっ!!?」


――12:07 アメリカ ワシントン地下400メートル
「こちらアルファ。奇襲に成功。現在ブラボー及びチャーリーが交戦中。
 20分以内に制圧可能です」


――01:37 日本 東京新宿地下施設(FARGO本部)――
「だめです!! 状況判明しませんっ!!」
「なんだっ?、なにが起こっているというのだ!? この世界に我等に
 刃向かえる組織など既に存在しない筈だぞっ」
「しかし現にっ!!」
「くっ!! 仕方があるまい。長瀬老にご連絡申し上げろ」
「それが……夕刻過ぎに通信が途絶えて以来、長瀬様との通信回線が開かないのです」
「なんだと……」
「まあ、あんたらの負けってこった」
 飄々とした声と共に男が部屋に入ってきた。口にはタバコ。先程の
 パーティー会場の男だ。
「既に世界各地のFARGO及び長瀬関連施設は我々の制圧下にはいった」
「なんだと……そんな馬鹿な!?」
「悪いが事実でな。今回の作戦は民族、宗教、国家を越えて全てが一つ
 になっているのさ」
「………おのれぇぇっ! 貴様……貴様一体何者だ!?」
「内閣特別執行委員会直属 特務機関CLANNAD司令 古河秋生……」



「秋生さん……」
 男――古河秋生のもとに長いポニーテールの女性が歩み寄る。
「早苗か……」
「当施設の制圧は完了しました。現在「島」に関する資料の探索を行っています」
「そうか」
「それとハクオロ様から通信が入っていますが」
「分かった。出よう」


 通信室。モニターには仮面をつけた男の姿があった。
「ミスター古河。そちらの首尾は?」
「今終わったとこだ。ハクオロ殿、今回の作戦への協力を感謝する」
「礼など必要はない。今回の作戦はステイツ(合衆国)のためでもある。我々や
 他の国の連中もFARGOや長瀬には頭を痛めていたからな」
「そうはいってもあなたたちの協力がなければこうはうまくいかなかった。
 あらためて礼をいわせてもらう。……それと例の「島」の件だが…………」
「贄、羽根、封印、結界……。わかっているのはこれだけだ。
 こちらではアルルゥ、エルルゥ、ユズハが解析を行っているがまだ全然
 判明していない。そちらは?」
「現在、岡崎 朋也、春原 陽平 両名が全力をもって解析を行っていますが
 ………こちらもまだ……」
 ハクオロの問いかけに早苗が答える。
「そうか……。せめて場所だけでもわかるといいのだが」



 二人は通信を終え屋上に向かう。窓から外を覗くと星がきらめいていた。
大都市東京とはいえこの時間にもなるとそれなりに星が夜空に姿を現している。

 秋生は忌々しげに、吸ってたタバコを投げ捨てる。
「水瀬秋子特別調査官からの通信が途絶えて4日……、あの様な悪夢を阻止するために
 皆で作り上げたこの組織なのにな……」
「秋生さん……」
「国を超え、民族を超え、宗教を超え……。折角ここまで来たっていうのに……」
「ですが、FARGO及び長瀬は押さえました。このような悪夢は今回で最後の筈です」
「ああ……だが…………我々に密かにご尽力して下さった来栖川老にも申し訳が
 たたない……」
「秋生さん……。我々はやれるだけのことはしました。そしてまだやることは
 あります。後悔するのはそれからでも遅くはありません……」
 早苗がうつむき加減で答える。肩が小刻みに震えていた。
 ……そうだったな、おまえと水瀬秋子は本当に仲のよい友人……
 親友だったんだよな……。多分お前は俺よりも……
「まだ生存者がいる筈です。私達も渚と合流してデータの解析、「島」の場所の特定に
 全力を尽くしましょう」
「……そうだな」
「それが彼女の……そしてみんなの願いだと思います。今は後悔することより
 先に進むことを考えましょう」



――お互い分かっていた。もはや俺達は遅い、遅すぎたのだということを。
  もうこれ以上この腐れゲームに干渉をすることは不可能だ。
  だけれど………今、生き残っている奴くらいは助けてやりたい。だから


「いきましょう。秋生さん」


 二人は待機していたヘリに乗り込む。

――今、昔の友人達が必死に高槻をどうにかしようと必死で動き回っているわ――

確かに彼等、水瀬秋子の古くからの友人たる古河秋生、早苗達は死力を尽くしていた。
そしてその結果

――往人さん。高槻という人の後ろにはとある人がいるのよ。私はその人達と
  争いたくないから、最後はこの子を生き残らせるために辛い選択をする時が
  来るとおもうの――

彼女、水瀬秋子ですら躊躇した相手、その長瀬の組織すらも壊滅に追い込むことが
出来た。だが、彼らに出来たのはそれだけ……それだけだった。


彼等は知る由もない。島での出来事、真実、そして結末を……。



【組織壊滅】
【しかし彼等は情報を得られず】
【そして彼等はエキストラ】

【この作品は第139話内での水瀬秋子の台詞及び囁き続けられていた観客の存在に
関する話にリンクしています】

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