理由
「私、何故生きてるの?」
幾度そんなことを問い掛けただろうか。
そんなことを言っても、答えてくれる人は誰もいない。
でも、その問いかけをしている自分自身に気付いた瞬間から、
私の中に埋めることの出来ない隙間が生まれた.
――いや、それがあることに気付いた。
過去を知らない女。
過去をなくした女。
――過去を無くしたかった私。
それは、一体どうしてなのだったか……。
もう、忘れてしまった。
思い出そうとしても思い出せない。
いや、思い出したくないのかもしれない。
どちらにせよ、もう、分からない。
『一つだけ訊きたい』
立ち上がる。
他の人はまだ起きていない。
何事も無く日常に戻ってきた自分。
……日常?
何それ。
……よく、分からない。
変わったことがあるとすれば、
毎日の修練の代わりに高槻の部屋に通うようになったことくらい。
中身は結局一緒。
それが日常?
こっそりと抜け出した。
別に、誰かに呼び出されたわけでもない。
ただ、そうしたかったから。
自然と足がある方向へ向かう。
それこそ、まるで誰かに導かれているかのように。
そして向かった先にあるもの。
重い、鋼鉄の扉。
もう何の感慨も起きない。
嫌悪すら感じない。
ただ、うす白く感じるだけ。
忌まわしき精錬の扉。
そして私はそれに手を掛ける。
ギィっと軋んだ音を立てて、扉は開いた。
私はその中へ入った。
扉は、開く時と同じように重々しく閉まった。
『一つだけ訊きたい』
「……」
部屋の中に遺されていたのはまさしく傷痕。
紅く、黒く床を染め上げている。
コンクリートで出来ているはずの壁は、
なにか恐ろしい力で抉られた様に無残に在る。
ボロボロの内壁、その派手な傷痕に隠れるように在る小さな傷痕。
紅い鋭線。
爪痕。
何かを訴えるように儚く、しかし映えている。
私はそれを見て、声を発することが出来ず……。
ざら……。
おもむろにそこを手でなぞってみる。
見た目どおりにざらっとした手触りはやたら不気味だった。
それなのに、この傷痕は私を惹き付けた。
この感じは、何かに似ている……。
これは……。
「懐か……しい……?」
何故?
いや、まさか……そんな……。
私は……わたしは……。
「わた……し……は……」
そこから先を口に出来ない。
周りには誰もいない、この部屋は私一人だけ。
それでも……出来ない。
わたしは……。
『一つだけ訊きたい』
――私は死んだの?
私は何故、生きているの――?
『キミが不可視の力を欲する訳を』