別地点での始まり
自分にも聞こえないほど小さく呟いてみる。――なんとも不思議な状況だ。
折原浩平(014番)は、頭をぽりぽり掻きながら薄暗い森の中で一人ぽけっとしていた。
配られたデイバックの中身も確かめないまま、自分が置かれた状況に首を傾げるばかり。
溜息を吐いてみたが、果たしてその溜息が時期の割に白いという程度しか判らぬくらい働かぬ頭。
こんなにも動揺したのは、あの時――自分が消えていく事を悟った瞬間の、あれ以来である。
――煙草、あったっけ、と小さく呟いて、持ってきた鞄の中を探ると、
幸運にも数本入っている潰れた煙草箱を見つけた。
早速しゃぶろうと思ったのだが、浩平は少しばかり躊躇した。
――仮に運良く生き残っていったとしたら、まあ、戦いはなかなか終わらんだろう。と思う。
生き残る、という言葉を反芻してみて、少しぞっとした。
そう云う状況に放り込まれたんだなあ、と、暢気に呟いてみた。
「つーか、長森がうるさいしな」
仮にも長森を待ってるわけだから、煙草を吸ってるのはまずいだろ。
浩平は、十年来の友人である友人である長森瑞佳(065番)を待っていた。
出入り口が見渡せ、且つ森の中で陰になっている、割と安全な場所で。
最初集められたホールからだいぶ離れた場所に、自分たち十数人は移された。
中には長森と七瀬の姿もあったので多少なりは安心したが、後は知らぬ人ばかり。
その中で一番最初に名前を呼ばれた「お」の折原浩平は、こうして一人草の上に座っているのである。
ちょうど今、小柄な少女――変な鞄を背負った娘がとことこと駆けていくのが見えた。
確か月宮なんとかという娘の筈だ。
「つ」だから、もうすぐだろう。
七瀬も同じ「な」だから近い。三人で行動をするのがベストだと思う。
里村やみさき先輩、椎名や澪もすごく良い奴だし、信頼できる女の子達だとは思う。
だが、団体で行動した場合、少数で行動した時にはないメリットは確かに多くあるものの、
代わりに仲間割れなどのデメリットが非常に大きい。
自分は皆を信頼しているが、皆が他の女の子を信頼しきれるとは限らない。
こんな状況の中で、彼女たちが発狂し、皆で殺し合いの可能性だって考えられなくはない。
そもそも、彼女たちとどうやって合流するというのだろう、という問題もある。
だから、長森、七瀬と、三人で行動するのが良い。それが一番バランスが良いとも思う。
人数が多すぎると破滅を招くかもしれない、三人くらいなら問題ないだろう。
長森と七瀬はそこそこ仲が良かったから、仲間割れもないだろうとも思う。
何より、七瀬に背中を預けたいのである。
長森や七瀬が足手まといになる可能性は高いが、それを云うなら自分だって似たようなもんである。
運動神経こそ浩平の方が遙かに上だが、長森の方がずっと頭が良いし、七瀬の強い決断力も頼りになる。
一人で行動するよりずっと効率が良いし、最後に抜け出す時に長森や七瀬は必ず力になる。と思う。
――本音は、瑞佳を、七瀬を、二人を護ってやらなければいけないという、
そんな責任感は、確かにあったのかも知れない。
それに、戦闘に関して云えば、武器を持てば皆同じだ――
ふと思いついてデイバックを開けてみた。
男女が同じ条件で殺し合いをするというのは、明らかに力に劣る女子にとって不利である。
オレと長森が格闘してオレが負ける道理はない。だから、武器には差がある。
云っていたじゃないか、あの嫌みったらしい顔をしたおっさんが。
ごそごそと音を立てて取り出したのは。
「――拳銃」
心臓の音が少し高くなる。
アタリ武器と云えるかも知れぬ。
震える手でその黒い物を握った。
「割と軽いんだな」
初めて持った漆黒の鋼は、浩平の手に収まる程度の小さなものだった。
小型拳銃を持って、手のひらの上でくるくると回してみた。
こんな事してる内に引き金が引かれちゃったら、どきゅうううん。
「そんな風に暴発して死んだら面白いかも知れん」
面白くない。
浩平は自覚していなかったのだが、こうやって武器を手に取る事で、何人かの参加者は確実に昂ぶっていた。
拳銃を――アタリの武器を手に取った参加者は、これで生き残れる可能性が増えた、と、少なからず思っていた。
生き残るというのが相手を殺す事なのだと云う事を、明瞭には理解しないまま――。
「しかし、拳銃なんて使えるのかしら」
浩平は銃をベルトに引っかけると、そんな事を呟きながら草の上に寝転がった。
長森はまだだろうか、と暢気に寝転がりながら浩平は独り言を云っていた。
煙草も勿体なくて吸えないから、独り言でもしてる他ないのである。
「拳銃ねえ……使いこなせなければ打楽器にもならん」
打楽器になって何の意味があるというのか。
「いや、というか、オレは人を殺せるのかしら」
結構あっさり殺してしまえそうだが、逆に引き金なんか引ける気がしない。
知り合いならともかく、面識もない奴なら、こんな状況でも殺してしまえそうではあるのだが、
自分は案外臆病である。無理っぽい気がする。
「まあ、出来る限り逃げまどっていく方が安全だろうしなあ」
拳銃対拳銃とか、拳銃対ナイフならともかく、拳銃対マシンガンとかだったら勝てる見込みはない。それに、
「あの七瀬なら、素手でもオレの拳銃に勝つような気がする」
「んなわけあるかっ、どアホッ!」
「うわっ!」
目を瞑って考え事をしていた為、上から声が聞こえた瞬間驚きで心臓が止まりそうになった。
聞いた事のある声で本気で良かった。しかし、その声にはいつもの張りがない。
いつもよりずっと不安そうな、弱そうな――か弱い女の子の顔をした七瀬留美(069番)が。
いつものような黄色の制服を纏いながら、体を震わせていた。
「七瀬か……びっくりさせるな、アホっ」
浩平は身体を起こし、鞄を抱えて立っている七瀬に文句を言うと、
「ご、ごめん」
本当にらしくない表情をする。
いや、七瀬が本当はこういう娘である事くらいは知っているし、
本当はか弱い、ただの女の子であると、判ってはいるのだが、それでも、
「拳で熊だって殺せると思うんだよな、七瀬は」
「そんなわけあるかっ、どアホッ!」
また口に出してしまった。――まったく、口は災いの元である。
――待て。「ながもり」「ななせ」……
「長森は?」
「――あれ? 一緒じゃないの? あたしのすぐ前に出てったはずだけど」
七瀬は怪訝な顔をして、見てなかったの、と呟いた。
浩平は歯軋りしながら頬を歪めた。
……オレはバカか――?