森の中で、観鈴は立ち止まる。
「もう、嫌だよ。
私がいると、おかあさんや往人さんに迷惑かけちゃう。
私なんかといると、死んじゃうよ。
もう……ゴールしてもいいよね」
自分の手元には、投げナイフがあと2つ。
だが観鈴には自ら命を断つという選択は出来なかった。
今まで生きてきた人生の中で、どんなことにも耐えきるという『強さ』がついてしまっていた。
このままどこかに行こう、おかあさんにも、往人さんにも見つからないところへ。
そう思い一歩踏み出す。
「何を思っていたんだい?」
声が響いた。
声の主は、今まさに観鈴が歩こうとしていた方からやってきた。
「誰……ですか?」
「大丈夫、危害を加えるつもりはないよ。もっとも、信用はできないだろうけどね。
で、君は今、何を考えていたんだい。
よければ教えてくれるかな」
喋ってもいい気がした、この少年の雰囲気がそうさせたのだろうか。
「おかあさんが探してるの。
でも、私といたら、私泣いちゃうから。
目立っちゃうから、危ないの。
だから、一緒にはいられないの」
「そう。
だけど君のおかあさんは、それでも君と一緒にいたいんじゃないかな。
こんな中で、全てを受け入れて最後まで、君と一緒にいたいんじゃないかな。
君のことが好きだったら、そうしたいはずだよ」
「私もおかあさん大好き。
だから、一緒にいちゃいけないの……」
泣き出したかった。
本当は一緒にいたかった。
自分の中のどこかが、頑にそれを拒んでいた。
「そう。
でも、人にはそれぞれに幸せがある。
自分の本当の気持ちと、おかあさんの気持ちが一緒なら、それでいいじゃないか」
少年の言葉が心に染みる。
いいのだろうか。本当にいいのだろうか。
「一度眠るといい。目が覚めたらきっと、君にとっていいことが待っている」
どうしてだろう、眠くなってきた。
力を失い倒れかけた観鈴を、彼は支えた。
そのまま木にもたれかけてやる。
そして自分もその横に座り、その人の到着を待っていた。
「観鈴っ!」
「来たみたいですね。大丈夫、眠っているだけです」
「あんた何者や。観鈴に何かしたんか?
もし何かやってたら、あんたのこと絶対に許さへん!」
言って少年を睨み付ける。
少年は全く動じなかった。
「この子は人との愛情に餓えています。
あなたが優しく包み込んで、声をかけてあげて下さい。
そうすれば、全てがうまくいくはずです」
そう言い、少年は立ち上がり、歩いて行こうとした。
晴子はぽかんとしながらも、訊ねた。
「あんたは誰や。名前ぐらい、教えんかい」
「――氷上シュンといいます。それでは」
それだけを言い、氷上シュン(072)は姿を消した。
目を覚ます、誰かに抱かれていた。
「おかあさん……」
「もう大丈夫や、観鈴。うちはずっと、あんたと一緒や……」