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血。


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長森瑞佳(065番)は駆けた。駆けた。駆けた――。
暗い森の中を、建物が見えなくなる位まで走り抜けると、漸く瑞佳は一息吐いて、
柔らかい草の上に座り込んだ。
殺されるのが、あまりに怖かったから。
ずっと遠くまで離れないと、すぐにでも殺されてしまうような気がしたから。
――浩平に逢いたい。浩平。こうへい、こうへいっ……
自分より三十分近く先に出ていってしまった浩平が、まさか自分を待っていてくれるとは思いもしなかった。
ここまで走ってきて、漸く、浩平が待っていたのかも知れないという可能性に気付いたのだ。
もしもそうだとしたら、自分は、浩平と行動できるかも知れない最後の機会を逃した事になるのかも知れないっ……
だが、瑞佳は出来る限り楽観的に考える事にした。もし浩平が待っていてくれたのなら、
わたしが建物から出てきた時に声を掛けてくれた筈だ。
もし掛けられていたなら、瑞佳は絶対にそれを聞き逃さない自信はあった。
そんな事を考えながら、一人瑞佳は待つ事にした。
誰かが通りかかるのを待ち。知り合いが、――浩平が通りかかるのを待ち。それが、一番安全。
受け身過ぎるとは判っているが、それでも怖いから――怖いから。瞼を閉じて、顔を膝に埋めた、
――その刹那。
ぱらぱら……という、軽い音が、すぐ自分の裏で聞こえたような気がした。
びくりとして振り返ると、二人の人間が対峙しているのが。
――正確には対峙してはいない。
一方が銃で襲いかかるのをもう一方が逃げている構図だった。

「やめろっ、何処の誰だか知らないけどっ」
七瀬彰(068番)は、必死で逃げ回りながら、目の前の見知らぬ、眼鏡を掛けた少女を説得しようとしていた。
だが、まるで聞く様子もなくマシンガンの引き金を引く少女。
慣れていないためか狙いはまるでバラバラだが、当たってしまえば自分は間違いなく、死ぬ。
息切れしてきた――、くそっ、もっと運動しておくべきだった。
ミステリーばかり読んでるから体力つかないんだよっ、という冬弥の言葉が思い出される。
「ほんとだよ、冬弥っ」
目の前の少女を止める方法は、取り敢えず今の自分にはない。どう説得しても止むまい。
せめてもう少しでもまともな武器を持っていれば――
右手に握るフォークがきらり。
くぁんッ! という音を立て、弾丸が右足の太股に食い込んだ。
叫び声をあげ、彰は土の上に崩れ落ちた。
歩けない事はないが、動くたび激痛が走る。
「畜生っ」
美咲さんにも逢えないで、こんなところで死ねるかっ!
彰は力を振り絞り、フォークを女の子に向かって投げた。
だが、漫画やミステリーで投げられるダーツのように上手く飛ぶはずもなく、
ただ女の子の胸に柄の部分がころんと当たっただけに過ぎなかった。
駄目だっ、殺されるっ!
――しかし、追撃がない。響くのはカチャン、カチャンという音。
弾丸が切れたっ! しめた、とばかりに彰は足を引きずりながら森の闇に消えた。
予備の弾がある事は充分に考えられるから、早く逃げないと――。
混乱する神経。身体の痛みと相まって、彰の心は恐怖に侵されていく。
痛み。痛み。痛み。血が――血が――、死ぬ、死ぬ――
眩暈を覚えて、彰は再び土に突っ伏し、そのまま意識を失った。

藍原瑞穂(002番)は、試行錯誤しながら、なんとか弾丸を補充した。
生き残るんだ、生き残るんだ――
マシンガンが当たったんだ。香奈子ちゃんと一緒に逃げられるかも知れない。
みんなころして、わたしたちがいきのこるんだいきのこるんだいきのこるんだ。
さっきの男の人は遠くに行ってしまった。
殺し損ねた。だがまあ、しかたない。
香奈子ちゃんは何処だろう。何処に行っちゃったんだろう。
逢いたいよ香奈子ちゃん香奈子ちゃん香奈子ちゃん。
がさりという音。
「誰!」
瑞穂はマシンガンを音が聞こえた方向に向け、弾丸を雨のように降らせる。
「死んだかなあ」
確かめるために茂みに近付く。
「やめてぇ! 近付かないで!」
綺麗な少女。傷一つない綺麗な顔。自分よりずっとずっと綺麗。
ぶるぶると震えている。そんなに怖いの? あはは、そんなに綺麗なのに怖いんだ。
あはははははっはははははっははははは、殺してあげるよ殺してあげる、
香奈子ちゃんと逃げ出すんだからみんなじゃまなのじゃまなのじゃま

その瞬間、走ったのが壮絶な違和感。

背中に走る鋭い痛み。
何度も何度も何度も何度も何度も、痛み。
痛い。

香奈子ちゃん。かなこちゃんいたいかなこちゃんいたいかなこちゃん
痛いよう。
痛いよう。痛いよう――。
そしてマシンガンを取り落とした。
マシンガンがないと、香奈子ちゃんと帰れない。
必死でマシンガンを取ろうとして、地面に突っ伏して、そのまま意識が途切れた。

殺される。わたしは、ここで殺されるんだ。
瑞佳は震えながら、死を覚悟して目を閉じた。
死ぬってどんなに痛いんだろう。どんなに苦しいんだろう。
怖い、怖いよ浩平。浩平、浩平、浩平、浩平。
――だが、何も起きなかった。
女の子の叫び声が何度も聞こえた。
頬に暖かなものがふれた。何だろう。
「長森、さん?」
震える子猫を抱くような優しい、聞き覚えがある声が。
「住井、くん?」
返事をすると、へたり込んだ自分を上から見下ろした住井護(051番)は、
右手に血染めのバタフライナイフを持って、
「危ないところ、だったね」
と、血塗れの顔で、安堵の表情を見せた。いつもみたいに優しい顔。優しい顔なのに。
そして、身体中から血を流して倒れている娘の姿が、見えて。
そして自分の制服に真っ赤な血が付いているのが見えて。

瑞佳は卒倒した。

002 藍原瑞穂 死亡
【残り094人】

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