黒の交差


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静かな森を行く影が一つ。
黒を基調とした、どこと無く変な服装の男。
いや……少年といったほうがふさわしいだろう。

(やれやれ……、高槻もつまらないことをしてくれたな)

少年(048)は心の中で一人ごちる。
森を突き抜けて移動している。
足取りはいささかも重くない。
彼の様子は至って平静で、いつもどおりだった。
支給されたものには手をつけず、袋ごと肩に背負っている。
まるで、どこかにピクニックにでも行くかのように……。


がさり。


物音がした。
敵かもしれない。
いや、この状態では味方を探すほうが難しい。
それなのに、少しも警戒しない。
確信でもあるような、余裕で満ちた笑顔。

「僕はまだ死なない」

その言葉に反応したかのごとく、人影が木々の隙間から現れる。
長身に銀髪を備えた男――、
33番、国崎往人。
少年はその男を見据えていた。
往人の表情に変化は無い。

「ほら、死ななかった」
笑顔で言う少年。
既に歩みはとまっており、二人は対峙する格好になっていた。

「どうして、そう思う」
往人は問う。
少年のセリフを裏打ちする、不気味な確信のようなものをいぶかしんで。
「俺がいまから殺そうとするとは思わないのか?」
「思わないね」

「みんなとりあえず生きる目的で殺すんだけどね。
 そのうち見失うよ、その目的を」
「……そんな話を」
往人が口を開く。
「そんな話を俺にしてどうなる、殺さなければ殺される。
 なら殺すしかないだろう?」
「じゃあ君はなぜ僕を殺さなかったの?」
笑顔でたずねる少年。
「……」
沈黙する往人。

「ほら、そういうものさ」
予想していた通りの反応。
少年は当たり前だと言わんばかりにそう言った。

「君はほかの人とは違う。むしろ僕よりなんじゃないかな?
「意味が……分からないな」
「じゃあ聞き流してもいいよ、でもここで僕と会ったことを
 単なる偶然と思ってもらいたくないな。殺しあうために
 殺しあうようになったらもう取り返しがつかなくなるよ」

「お前は違うとでも言うのか?」
往人は静かに問い掛ける。
「この狂った環境で、そんな理想を貫けると思っているのか?」
「思ってないよ」
あっさりとした回答。だが不思議と軽薄な印象を受けない。

「殺すことも否定しない、でもそれをやるべき相手は既に決まっているんだ
 君もそうだろ?」
「……」
往人は答えない。
変わりに懐から何かを取り出す。
薄く黒光りする、見た目に重量がありそうな物体。
デザート・イーグル。

「目的はある……。そして、それをなすために躊躇するつもりも無い」
スチャッっと音を立てて往人はそれを構える。
目標は――少年に向かってか。

ドギュウゥゥゥン!!

銃声が一発。
そしてそのあとにがさりという物音。
何かが茂みに倒れる。

銃弾を受けたのは……少年ではない。
67番名倉友里だった。
一撃で眉間を貫通されている。即死だ。


「ほら、まだ死なないでしょ」
笑顔、崩すことの無い笑顔で彼は言った。

往人は少年に近づき、そのまま通り過ぎてその後ろの友里の死骸を調べた。
そして、彼女の体につぶされていた何かを取り出す。

それは、安全装置の外されていないピストルだった。

「彼女か、僕を追ってきたのかな」
死人に対する言、死体を目の前にしても彼の口調は変わらない。

拾い上げたピストルを、往人は少年に投げ渡す。
「やるならやれ、大方支給された武器が下らんものだったんだろう」
少年は右手でピストルを受け取る。
「武器を装備している風には見えんからな」
「いいのかい?」
「お前の目的と俺の目的は交差しない。
 なら、お前の行動は俺の知るところではない」
「そう。なら遠慮なくもらっておくよ」
少年はピストルを懐にしまう。
「それと人を探しているんだ。もし敵として現れなかったら
 伝えて欲しいことがある」
少年は往人に向かっていった。
往人は返事をしない、だが少年はかまわずに言い続ける。
「名前は天沢郁未。僕のことは……黒い変な格好をしたやつとでも
 説明してくれればいい。
 僕が高槻だけは始末するってさ」

「ゲームの管理人……、それが目的か」
「うん、ちょっと私怨もあってね。君たちにとっても利益になることじゃないかな」
あはは、と少年は無邪気に笑った。

「下らん時間を過ごした、俺はもう行く」
往人は少年に背を向けた。
「悪かったね、引きとめた形になって」
既に歩き出していた往人に言った。

「そうだ、君の名前を教えてくれないかな? せっかくあったことだし」
馴れ合う趣味は無い、往人はそう思っていた。
しかし、なぜだか自分の口は勝手にその名前を発していた。

「国崎、国崎往人だ」

「僕のことは、黒い変な名無しとでも覚えてくれていればいいよ。
 じゃあまたどこかで会えるといいね」

往人は後ろを振り返ることをしなかった。
しかしその言葉はしっかりと耳に刻まれていた。

そして少年も、再び自分の進路へと向き直る。
何事も無かったような軽い足取り。


少年が笑顔を崩すことは、とうとう無かった。

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