「相沢君!」
住宅街の路地裏を走っていた相沢祐一(001)は、聞き覚えのある声に足を止めた。
「香里……栞……」
振り向いた先には美坂香里(085)、美坂栞(086)姉妹が寄り添うように立っていた。
「祐一さん、会いたかったです」
涙声で栞が言う。
「二人とも無事だったみたいだな。よかった……」
祐一は先程既に刃物で刺された死体を見てきたところだった。
ひょっとしたら、自分の知り合いも既に殺されているかもしれない。
そんな気がしていたので、二人の姿を見られたことは喜ばしいことだった。
「相沢君、私達、どうなっちゃうのかしらね」
聞いたことがなかった。
この少女が、こんなに弱々しい声で喋るところなんか。
だが、こんな状況で、裏打ちもなしに元気づけることもまたできなかった。
無力な自分が悔しくて、
「そんなの、わからない……」
それでも、こんなことしか言えなかった。
「そうね。ごめんなさい」
「いや、俺の方こそ、悪い……」
沈黙が支配する。
口を開いたのは栞だった。
「祐一さん、一緒にいてくれますよね?
一人でも味方が多ければ、なんとか逃げ出すことも、出来ますよね?」
栞の頼みに、しかし祐一は、悲痛な顔しか見せなかった。
できるものなら、一緒にいてやりたい。
一緒にいるだけで、二人の気が楽になるなら。
だけど、俺には――
「すまない。それは、出来ない。
探さないといけない人がいるんだ。
探さないといけない人が。
だから、一緒にいられない」
栞は何を言われたのかわからなかった。
きっと「あぁ、俺でよければ」なんて、いつもの調子で言ってくれると思っていた。
隣にいる香里も同じように思っていたのだろう。
明らかに動揺していた。
「そんな……そんなこと言うひと……」
「嫌われてもいい。それでも、一緒に行けない」
「……どうしてですか、誰なんですか、その人って!
あゆさんですか!? 名雪さんですか!? 答えて下さい!!
答えて!!」
「……っ、栞、落ち着きなさい!!」
完全に取り乱していた栞を、なんとかなだめようとする香里。
だが栞は構いもせず、泣きわめくだけだった。
「……昔の知り合いがいたんだ。
もう会うこともないと思ってたのに、こんな所で。
今度こそ最後になるから。言っておきたいことがあるから」
そうだ、その人に会うためなら、例え誰を哀しませても、止まるわけにはいかない。
いとこの少女も。
身元不明で記憶喪失の少女も。
夜の学校で会った不思議な先輩も。
日溜まりの街で会った子供っぽい女の子も。
哀しませることになっても、止まれなかった。
「そんな……嫌、祐一さんっ!
どうして……どうしてっ!!」
「栞っ!」
パンッ!
香里は栞の頬を叩いた。
今までそんなことをしたのは、一度もなかった。
手も、心も、痛かった。
栞はしばし呆然として、
「う………うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
香里の胸に飛びつき、泣きじゃくった。
香里は優しく抱きとめ、そして、まだ突っ立っていた祐一に言った。
「ごめんなさい。辛い思いをさせて……
行っていいよ、もう……」
あの少女に会うためなら、どんなことにも耐える。
決意はあったが、実際は、想像よりも辛かった。
目の前の光景に、心が押しつぶされそうだった。
「……ごめん」
早く離れたかった。
それだけ言い、走る。
栞の泣き声が、いつまでも、耳から離れなかった。
祐一がその少女に出会ったのは、中学校の入学式。
その日は朝から雨が降っていた。
そして、雨の空き地に、少女はいた。
学校で少女が同じクラスであることを知った。
朝の光景も頭にあったので、思わず声をかけていた。
(君、朝、あの空き地で、何をしてたんだ?)
(…………)
(こんな雨の中で、ラジオ体操でもしてたわけじゃないだろ)
(ラジオ体操です)
それが出会いだった。
あゆとの記憶をなくした祐一の、初恋だった。
その後、祐一と少女はある程度は話すようになった。
だが一年後、祐一は親の転勤で遠くへ引っ越すこととなった。
臆病なまま、少女に気持ちを伝えられず。
だから、俺は今走っている。
今度こそ、伝えたいから。
手持ちの武器は、見た目は昔遊んだエアーウォーターガン。
だが中に入っているのは水じゃない、濃硫酸だ。
化学反応を起こさないよう、材質も特殊なものを使用しているらしい。
替えのボトルは大量にある。
どこまでこの武器で乗り切れるかわからないが、とにかく、会わなければいけなかった。
茜……どこにいるんだ。
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