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転機


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「大体保健室なんていうのは、一階ににあると相場が決まっているものだよ」
「そうなんでしょうか……」
どんな根拠で少年がそんなことを断言しているのか、郁美にはよく分からなかった。
校舎の中に入って、とりあえず少年はそこらをうろうろし始める。
「お、あった」
幾分もしないうちにそれは見つかった。
視線の先には、保健室とかかれた表札がある。

「じゃあここで待っているといい。僕は電気系統とかをちょっと見てくるよ」
部屋の中に入って荷物を置き、
郁美をベッドに座らせた少年はそういって立ち上がった。
「あと薬は飲んでおくんだ。多分ここの水道は生きて……、ほらほら」
部屋の中にあった流しを見つけた少年は、きゅっと蛇口をひねって見せた。
さーーーーっ。
水道は無事通っていた。
「それから食料も確保しないといけないからね。
 この鞄の中身だけではちょっと不安だから」
少年は鞄を肩に背負いなおした。
「じゃあいってくるよ」
彼はそう言って保健室を後にしようとした。
「あっ、あの……!?」
郁美は彼に声をかけた。
幾ばくか、切羽詰まったような感じで。

「……なんだい?」
「えっと、その……、ほ、本当にありがとうございました!」
座りながら郁美はぺこりと頭を下げる。
「いいんだよ、困ったときはお互い様って言うじゃないか」
そういって、少年は出て行こうとする。
「そ、それと……」
郁美はまだ追いすがった。
「えっと、し、死なないで下さい!」
「…………」
さすがの少年も、ちょっと目を丸くした。
「大丈夫、まだ僕は死なないよ」
諭すように、やさしい口調で彼は言った。
「じゃあ、行くよ。
 大丈夫、すぐ戻ってくるからそんなに心配しなくていいよ」
三度、少年は部屋を出ようとする。
「あ、あの!」
「…………なんだい」
笑顔で振り返る。
なんとなくもう一回ぐらい呼ばれるような気がしないでもなかったのだ。
「そ、そのっ、あのっ」
しどろもどろになりながら、それでも何かを郁美は言おうとしていた。
「えと、えと、……なまえ!? そう名前を教えてください!!」
少年は意表を疲れたような、そんな感じの笑みを浮かべた。
「わ、私は立川郁美って言いますっ」
郁美ちゃんか。
そうつぶやいたあと、少年は嘆息していった。
「……変な格好をした黒尽くめのお人良し。そう、覚えてくれればいいよ」

少年は部屋を出た。
とりあえず屋上から調べてみよう。
電気系統なら、屋上に中枢がある可能性が高い。
少年はそういう思惑で屋上に向かった。

ここは四階建ての校舎だったので、屋上には四階から上がることになる。
少年は一目散に四階を目指す。
しかし、三階に入ったところで立ち止まった。

意味不明の不和感、とでも言えばいいのだろうか?
だが少年は確実にそのようなものを感じていた。
言葉に表しにくいが、それでも端的に表現するなら……、

ここに人がいたのではないか?

無人のはずの校舎に人がいたかも知れない事実、
意味不明の不和感、
それらは少年にほんの少し危険を感じさせるのに十分足りるものだった。

少年は急いで屋上を目指した。
階段を一気に駆け上る。
そして屋上と中を隔てるドアの前に立つ。
鍵は……掛かっていない。

ぎぃぃぃぃぃぃぃぃ……。

屋上には誰もいなかった。
配電室を調べようと、少年は歩みを進めた。

配電室は鍵が掛かっており、簡単には開けられそうに無かった。
「仕方ないな……」
懐から拳銃を取り出す。
往人から渡された、ベレッタ92Fを。

安全装置をはずして、鍵を銃で破壊しようとしたその時、
視線の先に何か引っかかるものがあった。
屋上の淵、なのだがそこだけ何かがこすれたような後が見えた気がしたのだ。

不審に思い、鍵を破壊するのをおいておいて底へ接近してみる。
するとそこにあったのは何かのあとなどという生温いものではなかった。

血。
血がこすれついた跡だった。
少年はその下を確かめようとする。しかし、

ドクン!!

直感とでも言えるその鼓動は、彼の命を助けた。
彼は一気に体勢を崩して転がった。
そしてその一瞬後、

ひゅっっ!

ボーガンの矢が彼の体の上を通り過ぎていった。
「チッッ!」
舌打ちが聞こえる。撃ったのは……、

77番、藤田浩之!

「くっ!」
少年はそのまま反対方向へと転がった。
安全装置を外していた幸運に感謝しつつ、
激鉄を起こしトリガーに指をかける。

ダンンッッッッ!

一発だけ発砲する。
しかしそれは浩之にはあたらない。

装填の遅いボーガンでは、拳銃に対抗できない。
浩之も、そして少年もその事実に気付いていた。

「ちきしょう!」

捨てゼリフを残し逃げる浩之。
少年はそれを見て、一瞬気を吐く。

だが次の瞬間、

「まずいっ!」
下には何も知らない郁美が待っているのだ!
もしあいつと鉢合わせにでもなったら……、


少年は駆けた。疾く早く駆けた。


保健室まで全力で駆けた。


そしてそこに辿り着く。

「郁美ちゃんっっ!?」


沈黙。


郁美はベッドに横たわっていた。

腹部から大量に出血し、

白いシーツを赤く染めて。

「い、郁美ちゃん……」

呼びかけると、かすかな反応があった。

「あ……、黒い……お兄さん」

「あ……ああ、そうだよ。黒い兄さんだよ」

「……ごめんな……さい、わたしっ……やっぱり、どじです……ね」

「そんなことないっ、……そんなこと絶対に無いよ!」

「私っ、わた……し」

「もうしゃべらなくていい! いいんだ……」

「気持ちよかったです……よ。あなたに抱っこして……もらって
 風を……感じられて……」

「何度でも抱っこしてあげるよ! だから……だから……」

ぎりっ。

奥歯を強くかみ締める。

けして泣き出さないように。

けして叫ばないように。

「ごめんなさい……もう……むり……みたい……」

少年は郁美の手を握り締めた。

郁美も、ほんのわずかな力でその手を握り返した。

「和樹さんの新刊……、読みたかったな……」

郁美はてへっと、笑うそぶりを見せた。

とても小さい、とても小さいものではあったが……。

「ありがとう……。わたし、最後に……あなたみたいな人に――」

どさっ。

かろうじてこちらに傾いていた首が、反対へ倒れた。

手を握るわずかな力も消えていた。

少年は、郁美の手――もう握り返してくることの無い――を両手で握り、
ほんの少しの時間、震えていた。高槻の他に、もうひとり殺さなければならない奴が出来てしまったな。
彼は思った。少年は押入れから布団を引っ張り出してきた。
そしてそれを郁美を覆うようにかけた。

「……これで、もう寒くない」

置き去りになった郁美の荷物を彼は手にした。

「郁美ちゃん、君の代わりに持っていくよ」

少年は彼女にそう言った。彼は学校を後にした。
浩之はどこへ行ったのだろうか。どこまででも追う、既にその覚悟はできていた。郁美が残した鞄を持って、
再び、少年は歩き出した。
――最後に、あなたみたいな人に会えて、良かった。

056立川郁美  死亡
【残り 87人】

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